火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

ピアノの歴史

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「ハイドンは<退屈>か。それは小林秀雄に始まる<偉大な誤解>」―――。これは連載「ピアノの歴史」前回(3)のタイトル。小林秀雄、もちろん「モオツアルト」の著者。独創的な批評活動で1967年、文化勲章を受章している。
だが「ピアノはいつピアノになったのか」(大阪大学出版会・2007年3月刊)の編者・伊東信宏(大阪大学・準教授)は「ハイドンは<退屈>」という評論に疑問を呈した。

「私自身も、ある時ハイドンのクラヴィーア・ソナタをまとめて聴いてみて愕然とした。こういう音楽を聴いて<退屈>だなんて言ってしまうというのは、いったいどういう神経だろう。こんなに驚きに満ちていて、多彩で、粋な音楽を<表面的>だとかなんとかいって、まともに取り合わない、というのは間違っているのではないか」(前記・61頁)。

<驚き><多彩><粋>―――。これがハイドンの音楽と伊東信宏。ハイドンが生きた時代、ウィーンではハプスブルグ王家の女帝マリア・テレジアが君臨していた。
ハプスブルグ帝国は始祖ルドルフ一世(1218〜1291)から最後のカール一世(1833〜1896)まで六百数十年も続いたヨーロッパ最大の帝国であり、一時は世界帝国であった。近代では中欧の大帝国であり、ハプスブルグの家長は神聖ローマ帝国の皇帝であった。だからヨーロッパで最も由緒のある王朝であった」(倉田稔「ハプスブルグ歴史物語」NHKブックス)。

平成3年(1991年)、ウィーンを家内と二人初めて訪れた火山、真っ先に「美しく青きドナウ」を見に行った。地下鉄に乗ったと思う。だが滞在数日、ウィーンを観光、夫婦とも驚愕した。あまりに素晴らしい都市。そして「ハプスブルグ歴史物語」を読んで納得した。
女帝マリア・テレジアが君臨した当時のウィーンもギリシャ古代世界、ローマ・カトリック、ゲルマン的プロテスタント、東欧の正教圏など異なる世界観の交錯する十字路だった。
「一時は世界帝国だった」―――。そんな歴史がウィーンの文化、芸術、音楽を育てた。

ハイドンが宮廷音楽家として仕えたエステルハージ家は、マリア・テレジア支配下のハンガリー系貴族の中でも破格に裕福だった。ハイドンの契約は50年に及び、1766年に楽長に昇進してから1790年まで<超多忙>を極めたという。特に1776年からの15年、ハイドンは70近いオペラを初演、1000公演以上の再演を行った。

「(オペラ上演は)楽長にとっては、作品を選び、作品を彼の楽団にふさわしい形にアレンジ、楽譜を手配、歌手に練習をつけ、オーケストラの練習もやり、楽員に気を配り、その上、本番ではチェンバロを弾きながら指揮をするといったすべての仕事を引き受けることを意味している。それ以外に彼は新作のオペラを毎年のように新たに作曲している。さらに彼は恒常的に様々な儀礼や式典のための音楽も作曲せねばならなかった」(67頁)。
ハイドンが1761年に副楽長として採用された時の契約書には次のような規定があった。

「毎日、正午前後に次の間に来て、侯爵閣下が音楽の演奏を所望されるかどうかをたずねなければならない。現われる時には白の靴下、白のリンネルを身に付け、粉おしろいをつけ、弁髪かかつらをつけること。副楽長は恒久的な義務として、侯爵閣下が求められる作品を作曲し、決して新作を他の者に供することなく、あるいは筆写を許さず、もっぱら閣下だけがご使用になるようにせねばならない」(伊東・61頁)。

「だからハイドンという作曲家を近代的な<芸術家>、つまり自由な意思をもって創造活動に没頭する天才というイメージでとらえることは相当な無理がある。彼には時間がなかった。自分の作品を納得いくまで練り上げてゆくだけの余裕がなかった」(68頁)―――。
伊東信宏の凄いところ。「しかし、このように言ったからといって、彼の作品が手抜きであったり、雑だったりする、ということを言いたいわけではない。彼の作品を演奏したり、聴いたりする時、評価の観点を多少ズラす必要がある」(69頁)という点にある。

新鮮な魚の料理などの場合、じっくり時間をかけ、手間ひまかけて、ということをやっていては素材の良さを殺してしまう。鮮魚の調理では入念な作業や仕込みというより、むしろ趣向と手際とタイミング、バランスが勝負というところがある。いつも三日三晩じっくり煮込めばよいというものでない―――と。面白い。

ハイドンの「クラヴィーア・ソナタ」第50番の第3楽章は第2楽章の荘重で古風な音楽と打って変わって軽快で賑やかな舞曲。当時「ハンガリー風」と言われた音楽に近いという。
ハイドンの「クラヴィーア協奏曲」や「クラヴィーア三重奏曲」には「ハンガリー風」と記されている終楽章もある。長調と短調がコロコロ入れ替わったり、f(フォルテ)とp(ピアノ)も入れ替わる。一六分音符で忙しく駆け回る遊戯的で装飾的な旋律という。―――こう書くと、火山はモーツアルトの「トルコ行進曲」のエキゾチックな旋律を思い出す。

ハイドンの「ハンガリー風」は「ジプシー風」とも呼ばれていた。ハイドンが仕えたエステルハージ家はウィーンの東方、ハンガリーとの国境に近い所に宮殿があった。
ハイドンの仕事場「エステルハーザ」宮殿を描いた絵にはジプシー・バンドが登場する。ツィンバロム、フィドルを弾く人物が、貴婦人や騎兵に混じって描かれている。ハイドンは許されて宮殿に入り、ジプシーの生演奏に接したのではないか。ハイドンの弦楽四重奏<皇帝>には「デューヴェー」と呼ばれる特殊な運弓方法がある。これはジプシーの模倣。

第2楽章は正調バロック。第3楽章は「ジプシー風」!ハイドンとは一体、誰だったのか。
(平成19年8月10日)

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