火山の独り言

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山本五十六アラカルト

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昭和11年の<2・26事件>は歴史の大きな分岐点でした。「4日間帝都を恐怖の底に叩き込み、日本の政治を完全に混乱させたクーデターは終わりを告げた。しかし日本のファシズムにとって、きわめて重大な意味を持っていた。陸軍では皇道派が完全に追われたからである。

代わって陸相寺内寿一が出てきたが、ロボットに過ぎず、実権は武藤章、参謀本部の石原莞爾らが握るようになった。彼らは新統制派を形づくり、粛軍に名を借りて反対派を次々追放していく。陸軍が一体となって政策遂行に当たる体制が急速に固められていく」(大内力「ファシズムへの道」420頁)。

2・26事件で岡田啓介内閣が総辞職すると、天皇は元老・西園寺公望に後継首班を下問した。「西園寺が望んでいた政治の方向は、国内的には立憲君主制をとり、国際的には列強、特にイギリス、アメリカと協調して、日本を温和な形で発展させることであった。

彼はこのような考えで天皇を補佐し、天皇もまた彼を信頼していた。しかし、この西園寺の望みは満州事変(昭和6年)以後、軍部を中軸として力を得てきたファッショ的勢力に踏みにじられつつあった」(中央公論社「日本の歴史」第25巻・林茂「太平洋戦争」3頁)。

山本五十六は2・26事件の昭和11年の暮れ、海軍次官に就任した。司馬遼太郎が「街道をゆく・三浦半島記」に書いている。「2・26事件当時の横須賀鎮守府司令長官は米内光政(中将)で、参謀長は井上成美(少将)だった。この2人に当時航空本部長だった山本五十六(中将)を加えると、この当時の海軍における最も戦闘的な良識派がそろう」。

彼らが望んだのは陸軍の暴走を止め、日独伊三国同盟の締結を阻止することだった。「海燃ゆ」の工藤美代子はいう。「五十六の軍人としての真価が最も問われたのは、2年7ヶ月に及ぶ次官の時代の戦いなのである。『常在戦場』を座右の銘とする軍人の五十六が、平和のために最も精力を傾けたのがこの時代だった」(221頁)。
昭和12年2月に成立した林銑十郎内閣は4ヶ月足らずの短命、次に近衛文麿の第一次内閣が発足した。米内(海相)と五十六(次官)は留任した。

米内は明治34年(1901年)に海軍兵学校を卒業、五十六の3年先輩。明治44年頃、五十六と一緒に海軍砲術学校の教官を務めている。当時は同僚で同じ部屋で生活をした。米内もアンチ<艦隊派>。いわば気心の知れた仲。二人の名コンビぶりは長く語り草となった。

2・26事件の時、海軍は大先輩の鈴木貫太郎、斉藤実、岡田啓介が襲撃されたのに憤激、鎮圧説だった。軍令部長の伏見宮は幹部を海軍省に集め、天皇の意思を伝えた。横須賀鎮守府司令長官の米内は軽巡洋艦「那珂」に陸戦隊をのせて芝浦に回航。場合によっては陸軍と一戦を交える覚悟。土佐沖で演習中の第一艦隊も東京湾に集結させた。旗艦「長門」以下40隻の軍艦は、27日午後に早くもお台場沖に着き、艦砲射撃を加える態勢に入った。野砲や機関砲を備えた陸戦隊も上陸した。命令一下、国会に艦砲を集中する作戦だったという。「米内は、こうした判断のできる男」と工藤美代子(「海燃ゆ」224頁)。

昭和12年7月7日、盧溝橋事件。日本は泥沼の日中戦争に引きずりこまれる。当時の米内の手記。「陸軍大臣は出兵の声明のみにて問題は直ちに解決すべしと思考したるが如きも、海軍大臣(自分)は諸般の情勢を観察し、陸軍の出兵は全面的対支作戦の動機となるべきを懸念し、再三和平解決の促進を要望せり」。(225頁)。

陸軍は「出兵」を求め、海軍は「和平解決」を望む。「天皇の発言禄を見ると、中国大陸の戦争の終結を強く求めていたのがわかる。その意思に反して、戦火がどんどん広がっていくので、天皇のいら立ちは募っていた」(262頁)。
昭和13年1月頃、ドイツと日本の軍事同盟案が浮上した。ヒトラーはポーランド侵略の野望を持ち、イギリス、アメリカに対する抑止力として日本を利用しようとした。徹底した人種差別でユダヤ人を迫害したナチス。黄色人種の日本人と手を結ぶなどはご都合主義。だが陸軍は気がつかず、同盟締結に積極的だった。

海軍トリオと呼ばれる米内、五十六、井上成美の3人は結束、最初から反対だった。アメリカが最も忌み嫌っているドイツと手を組んで、日本側が得るものは何もない。
昭和13年8月、五十六ははっきりと反対の意見を述べた。「世論に阿らず、流されず、自己の信じる道を進む強靭さが五十六にあった」(263頁)。だが五十六の反対は軍部と右翼の憎むところとなる。暗殺の標的となったのだ。

「常に冷徹な目で現実を見ている五十六にとって、世界は英米主体の秩序で成立しているのであって、それはドイツが簡単に壊せるものではないと、よく承知していたのである。五十六は、このままではアメリカと戦争になると、公言してはばからなかった。それを避けようという気持ちは、米内も井上も同じだった」(261頁)。

「勝てる見込みはありません。大体日本の海軍は米英二国を一度に敵に回して戦争するようにはできていません。独伊の海軍の力など余りに貧弱で問題でありません」(同)。平沼内閣の石渡荘太郎蔵相から勝算を聞かれた米内海相の当時の見解―――。

「山本五十六」は連載。過去ログは同名の<書庫>にあります。

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