火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

山本五十六アラカルト

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2・26事件の直前、ロンドン条約は決裂。無条約時代に突入した。日本は巨大戦艦「大和」「武蔵」の建造に邁進する。五十六は必死に反対したが、大艦巨砲主義の<艦隊派>に押し切られた。それでも五十六の提唱で新型高速空母「翔鶴」「瑞鶴」の建造は決まった。

五十六の「航空第一」主義の構想を仮想敵国のアメリカ、イギリスが、当時どう見ていたか面白い記録がある。ジョン・ポッターの「太平洋の提督」。

「ある日、五十六の航空第一主義を苦々しく思う将官の一人が質問した。『戦艦なしでどうして敵の戦艦を沈められるのか』『雷撃機でやれます。一匹の大蛇もアリの大群に食い殺されるのです』。五十六の正しさは、後に真珠湾攻撃で証明される。だが当時は誰にも理解されなかった。それでも『アリの大群』を製造する計画は着実に実行に移していた」。

「五十六は太平洋を制圧しようとすれば、南洋信託領を基地とする長距離飛行が必要と考えた。そこで誕
生したのが二千ポンドの爆弾または魚雷を積んで、八千マイル(1万キロ)を飛ぶ97式飛行艇だった。その存在が世界に知られるのは昭和13年。実際の戦闘にこの飛行艇が使用されたからである。九州を飛び立った20機の96式陸上攻撃機が上海を空襲、無着陸で基地に帰って来た。まさに画期的な出来事であり、西欧諸国の海軍は驚愕した」(「海燃ゆ」256頁)。

「零式艦上戦闘機(ゼロ戦)も同じ頃に製造された。『この戦闘機は世界航空史上に特記すべき傑作。太平洋戦争においては、2年間にわたって完全に太平洋の空を支配した』とポッターは書く」(「海燃ゆ」)。この頃、五十六は「遺書」を書いた。戦死後、親友の堀悌吉(中将)を通じ遺族に見せられた。
―――「悠久なるかな皇国。思わざるべからず君国百年の計。一身の栄辱生死、あに論ずる閑あらんや」とはその一節だ。

「五十六は生命を賭しても三国同盟を阻止したかった。『君国百年の計』とはまさに至言だ」「ドイツやイタリアと手を結べば、やがてアメリカ、イギリス、ソ連を敵にまわす日が来る。そうなれば日本帝国の明日はない。実際、五十六の予言は的中した」(「海燃ゆ」271頁)。

「人間山本五十六」の著者・反町栄一は旧制長岡中学と海軍兵学校で五十六の後輩だ。「その日、反町栄一は新潟の古志郡にある竹沢村の学校で講演をした。昭和14年8月30日のことである。講演が終わり、夕刻となって反町は山の頂上にある旧家に案内され、手打ちそばをふるまわれていた。そこへ『講師さんへ急報だ』と村の役人が飛び込んできた。『海軍次官山本五十六閣下が連合艦隊司令長官に任ぜられた』という知らせだった。その場に列席していた村長をはじめ一同、思わず万歳三唱をした」(「海燃ゆ」273頁)。

五十六は反町を信頼していた。次官の頃、彼に国家の重大機密を語っている。「日中戦争は一日も早く解決しなければいけない。このままいくと日中両国が共倒れになってしまう。残されている手段は、頭山満に飛行機で重慶に行ってもらい、蒋介石と直接会って、誠意をもって話し合えば、日中の平和が訪れるのではないか。今、その努力をしている」(工藤美代子「海燃ゆ」279頁)。五十六の努力は実を結ばなかった。

五十六が連合艦隊司令長官に任命されたのは自然の成行ではないと工藤美代子は書く。五十六は三国同盟に反対。米内も同じなのだが、五十六は突出していた。陸軍と海軍の壮絶な対立となった。陸軍の中には「敵は海軍なり」と公言する者もいて一触即発。海軍の有志がトラックに鉄板を張り、装甲車にして陸戦隊を乗せ、護衛に出ようとした。

「米内光政は昭和14年7月20日の閣議で『最近世間では海軍が弱いとかけしからんとかいうようなことを言い、自分と次官に辞職を強要する書類まで突きつける者がいる。これは陰でそうしたことをさせている者があるからであり、その事実を自分は知っている。どうかここに列席される各位においても十分ご反省願いたい』と述べた」(「海燃ゆ」)。

昭和14年8月、平沼騏一郎内閣は総辞職をした。三国同盟で態度をはっきりさせない日本。ヒトラーは<業を煮やし>「独ソ不可侵条約」を結ぶ。三国同盟はソ連の脅威に日独伊が手を結んで対抗しようというもの。平沼は「欧州の天地に複雑怪奇なる新情勢を生じた」と有名な言葉を吐いて総辞職。

政変直後、天皇は侍従武官の平田昇中将に「平田、さきほど米内が来たから、よくお礼を言っておいたよ」と言ったという。三国同盟を生命を賭して阻止した米内への天皇の感謝。

天皇は当時<聖上>。臣下にお礼など前代未聞。だがその米内・山本が辞任する日が来る。何があったか想像に難くない。五十六は次官の留任を望んだが、米内は<暗殺の噂>を理由に「今回は<海軍大臣>には推薦しないで連合艦隊司令長官にした。しばらくは安全な海上暮らしをするさ…」(283頁)と述べたという。五十六は言葉を返せなかった。この米内の配慮が正しかったかどうか。実はこの人事、歴史的には重大な岐路だった。

「山本五十六」は連載。工藤美代子さんの「海燃ゆ」(新潮社)をベースに毎日、独自の調査、見解を加えお届けします。今の時代に通じるヒントを満載する決意です。ぜひご愛読ください。

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