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「社会保険庁解体に全力を尽くす。それが自分の任務だ。その次は本丸、公務員制度改革だ。就任当日、興奮した当の的場(順三。安倍内閣・事務担当の官房副長官)も、祝福の電話をかけてくる知己にこう宣言して回っている。その言葉を聞いた元新聞記者の1人は、遠からず官僚たちの餌食になるだろう、と嘆いた」(上杉隆「官邸崩壊」新潮社・45頁)。
「2006年9月、支持率70%を誇り華麗なる船出を果たした安倍政権。直後、前任者が果たせなかった中韓への電撃訪問を成し遂げ、輝かしいスタートダッシュを見せていた。その10ヵ月後、支持率が20%台に落ち込む惨状を、誰1人想像していなかった…。機能強化を謳いあげた首相官邸は、いかにして坂道を転げ落ちていったのか。安部政権迷走の一年を検証する」――。「官邸崩壊」の扉。上杉隆はNHK報道局勤務、衆院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局記者を経て、2002年からフリーランスのジャーナリスト。
「なぜ安倍は事務副長官の人事に手を突っ込んだのか。正気の沙汰ではない。霞ヶ関全体に対する宣戦布告か。これで役所は動かなくなるだろう――。当日、的場就任のニュースを聞いた役所での会話である。早速、役人のサボタージュが始まる。事務副長官である的場が仕切る事務次官会議で重要な情報が話し合われることはめっきり減る。そもそも大蔵省時代、的場は主流派ではない。次官にすらなれなかった男が官房副長官になるなど、霞ヶ関のルールではあってはならないことなのだ」(上杉・45頁)。
火山の連載<官僚支配>も第6回となった。「戦後レジームからの脱却」を高らかに謳い上げ、颯爽と登場した安倍政権が、なぜ短命で、しかも実に無様に転落したか。そこに官僚の恐るべき暗躍があったこと、その一端をご紹介してみたい。
「官邸主導」――。「安倍政権は発足当初から首相官邸機能の強化を真っ先に掲げた。米国のホワイトハウスとも連携し、強力な情報システムを構築しようと目論む。的場を含め、政務・事務合わせて3人の官房副長官に加え、首相補佐官を5人並べた」(上杉・47頁)。
だが首相官邸を変えようという安倍の意気込みは、スタートから大きく躓く。皮肉にも、それは安倍が目玉とした<的場順三>の事務副長官への起用だったのだ。
「事務担当の官房副長官は『事務次官の中の事務次官』と言われるように、官僚にとっての最高ポストだ。歴代副長官には、石原信雄(元自治事務次官)、古川貞二郎(元厚生事務次官)、二橋正弘(元自治次官)などの錚々たる顔ぶれが並ぶ。安倍はこの官僚の中の官僚に手を突っ込んだ」(上杉・45頁)。安倍の意図とは逆に<霞ヶ関>全体を<敵>にしてしまった。<裸の王様>――。官邸には情報が来なくなってしまった。
何より、足元の内閣官房関係者が大変な憤りを示した。旧自治省、旧厚生省など旧内務省系の事務次官が歴任してきた聖域を荒らされた霞ヶ関全体に衝撃が走り、その衝撃が怒りに変わり、官僚たちはある<決心>をする。安倍政権<迷走>の原点はここにあった。
2007年3月30日、官邸で的場主催の事務次官会議が開かれた。安倍官邸が推進しようとする「公務員制度改革」が話題。着地点を探る的場副長官が各次官の説得に入った。だが猛然と反発したのが警察庁長官の漆間巌。同席していた他の次官は漆間の態度に戸惑った。
彼は安倍のスパイではないか。ワザと反発して見せ、反対派を炙り出そうとしているのではないか。それほど安倍首相の信任を得ていると周辺は見ていた。なぜか…。
「漆間は、官房長官時代の安倍とともに強い姿勢で北朝鮮に臨んできたメンバーの1人。2007年1月の記者会見で宣言した。北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題の解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げて北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事だ。だから北朝鮮の資金源について事件化し、実態を明らかにしていく。拉致問題一本で首相の座に登り詰めた安部にとって、漆間は頼りになる数少ない側近だった」(上杉・147頁)。
だが漆間は激怒していた。行革担当大臣・渡辺喜美が宮澤政権以来封印してきた<人材バンク>を持ち出したからだ。天下りが規制されて最も困る役所の一つが警察庁。漆間は警察機構への挑戦と受け止めた。天下りOBを多く抱えた組織にとっては死活問題だったのだ。
「4月、渡辺と塩崎(恭久・官房長官)に関する噂が駆け巡る。漆間が部下に対して、渡辺の身辺を洗わせている、という情報が飛び交ったのだ。過去の献金元、さらには政治活動に到るまでを徹底的に調べ上げているというのである」(上杉・149頁)。
渡辺に関する情報提供を受けたある人物は余りに詳細な内容に首を傾げた。だが「中に当局でしか知りえない情報が混ざっていることを知って、背筋を凍らせ」(同)たという。
安倍内閣の閣僚はスキャンダルで次々と辞任、更迭に追い込まれた。松岡利勝農水相に到っては自殺。これらは偶然と言えるだろうか。
「残念ながらチーム安倍の中に、こうした官僚の横暴に対決する政治力を持った人物はいなかった。塩崎や渡辺の着手した公務員制度改革は、小泉政権ですら手をつけられなかった禁断の改革だ。それは郵政の比ではない。霞ヶ関全体が敵となって襲いかかって来る究極の改革に、安倍官邸は立ち向かうだけの充分な準備をしていなかった。的場を官房副長官に据えたことをはじめとする。霞ヶ関の強力な対抗システムは起動していなかったのである」(上杉隆「官邸崩壊」新潮社・149頁)。
(平成20年3月18日)
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なるほど、そんな見方もあるんですね。
2008/3/30(日) 午後 11:20
そんな見方で済むなら、し・あ・わ・せ。
2008/3/30(日) 午後 11:26 [ kom*_19*7 ]