火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

山本五十六

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明治37年(1904年)11月14日、五十六は海軍兵学校を11番の成績で卒業。2月には日露戦争が始まっていた。明治38年1月3日、実戦に参加すべく、装甲巡洋艦日進へ乗り組みを命じられた。日進はアルゼンチンが発注、イタリアで製造された軍艦。

明治36年クリスマスの夜、時のブラジル臨時代理公使・堀口九萬一がアルゼンチンの外務大臣邸を密かに訪ね、もう一隻の春日とともに即金で購入したもの。同じ頃、ロシア政府もこの2隻の軍艦を買うつもりだった。支払方法でトラブルが発生、その隙に日本が買った。堀口九萬一の早業。だがもし逆転していたら日本海海戦に日本は勝てたろうか。

堀口九萬一は詩人堀口大学の父親。五十六と同じ長岡出身。彼の父親も戊辰戦争で命を落とした。九萬一

は五十六より20歳年長。新潟県人会で面識ができ、五十六の葬儀にも参列した。
五十六は明治38年5月27日、バルチック艦隊との海戦に参加、重傷を負う。その時の経緯を自ら筆を執って記している。「本人が書いているのだから、最も正確な記録と言える」と「海燃ゆ」の著者・工藤美代子。

「前夜、五十六は敵艦隊を見る夢を何度も見ていた。初陣で心が勇んでいたのだろう。だから夜半の12時から2時までの見張りを終えて吊り床に入り、うとうとしている時、『敵見ゆ』の声を聞いても、初めは夢か現実かわからなかった。『艦長、敵艦見ゆの無電が入りました』という大声にガバと起きると…」―――。

「午後1時45分、敵の艦影が1隻また1隻と遠く連なって見える…」。戦闘は午後2時10分から約5時間続いた。日進は先頭を切って敵陣に突っ込んだので、被弾約8個、艦内は廃墟の如き凄まじさだった。乗組員700名中死傷者は実に98名に登った。
「時まさに6時50分、夕陽が西に傾いて激戦が終わりを告げようとする時、『巨弾一発轟然として残れる前部インチ左砲に命中』して五十六も『大風に吹き飛ばされし心地して』思わず2,3歩よろめく」―――。

「首にかけていた記録板は飛んでなくなり、左手2本の指はポキっと折れて皮でわずかにつながっているだけ。気が付いてみると右足の肉塊が6寸もそぎとられて鮮血が甲板を染めていた」。
五十六は左腕も負傷していた。入院して手術を受けたが重傷。片腕を切らないと命さえ失う危険があった。「たとえそれが医科学の上から生命とりになろうと問題ではない。初めから生命は捨てて軍人になっているのだ」。片腕を切るとは海軍軍人ではありえなくなる。

五十六は軍医がいくら勧めても切断に同意しなかった。それは戊辰戦争で長岡藩が降伏するにも等しいこと。だから承諾しなかった。五十六の左腕は奇跡的に回復、切断は免れた。

明治42年10月11日、大尉に昇進、練習艦宗谷の分隊長になった。艦長は鈴木貫太郎大将。後に「聖断」を仰ぐあの総理だ。鈴木の言葉が残っている。「若き日の五十六は特別目立ったところはなかった。寡黙、すこぶる真面目だった。指導官会議に出席しても簡単には発言しなかった。しかし、いったん口を開くとその論旨は明快で主張は強固だった。彼の意見はたいていの場合採用された。熟慮の末の発言だと鈴木は思った。この青年こそ『大器晩成他日良将となる人物』だと信じたという」。

日露戦争が終わってから五十六は順調に出世、海外に回航の機会が多くなった。明治42年(1809年)に初めてアメリカの地を踏む。あたかも排日運動ののろしが上がり始めていた。

明治44年、海軍砲術学校と海軍経理学校の教官となった。同僚に後の海軍大臣米内光政がいた。2人は1部屋にベッドを並べて寝起き。五十六は米内を兄のように慕っていたという。後にその2人が海軍大臣、海軍次官となり、長く名コンビと謳われるようになる。

五十六は大正3年(1914年)12月に東京築地の海軍大学校に入学した。学校の往復にムダな時間を使いたくないからと、海軍大学校の近所にある敬覚寺に下宿した。学校から課題が出されると、ほとんどの学生は昼夜を分かたず勉強する。ところが五十六はノンビリ。いざ提出せねばならない前の晩に徹夜して答案を作る。清書は提出当日の教官の講義中。退校時までにはキチンと仕上げて期日内に提出する。

だが見かねた親友が忠告した。「もう少し余裕をもって答案を作成しては…」。五十六の答え―――「我々は艦隊勤務中はよく徹夜があるから強いて修行の必要はないが、今日の如く学生で教育を受けている陸上勤務中には、一旦必要ある場合にはいつでも徹夜して、任務を達成するだけの心身の修養をこの機会にいたしたい」。
これは高野家(山本五十六の実家)の家訓にも等しい「常在戦場」の精神だった。

「山本五十六」は連載。工藤美代子さんの「海燃ゆ」(新潮社)をベースに毎日、独自の調査、見解を加えお届けします。今の時代に通じるヒントを満載する決意です。ぜひご愛読ください。

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閉じる コメント(2)

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火山さん、良く読ませていただきました。
堀口大学詩人の父親が堀口九萬一さんとは初めて知りました。
「常在戦場」精神の一夜漬けも分けがあったんですネ。
片腕を切らないと命さえ失う重傷にも頑固?あって大器晩成の良将と
なり日本の軍神と讃え崇められたと思います。

2008/3/29(土) 午後 2:55 lsk*4*8

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厳しい自己鍛錬が山本五十六のカリスマ性を磨き、育てた。これが海軍部内だけでなく、国民的人気を集めた理由でしょう。
山本五十六が、米軍側の暗号解読により戦死したことが真剣に反省されていたら、太平洋戦争の終結はもっと早く来て、国土や人命の損失もずっと少なく済んでいた。
<無謬性>神話で国民を欺く官僚性。恐ろしいツケは今も私たちが払い続けています。ガソリン税もその一つ。火山、怒り心頭です。

2008/3/29(土) 午後 3:44 [ kom*_19*7 ]


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