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2・26事件の朝、「陸軍首脳部は大将が何人も首を並べながら、まったく混乱を極めていた」(大内力「ファシズムへの道」409頁)。反乱軍は野中四郎・安藤輝三・香田清貞ら中尉・少尉22名、下士官・兵1400名。凄い規模だ。
朝6時過ぎ、陸相官邸を占領した香田清貞大尉らは川島義之陸相に面会、「決起趣意書」を読みあげた。川島は要望に答えず押し問答が続いた。前教育総監の真崎甚三郎大将が現れた。「お前らの心はヨオックわかっとる」と英雄気取りだったという。真崎は川島陸相に「至急参内して要望事項の実施を天皇に奏上せよ」と迫った。
9時半、川島陸相は天皇に拝謁。自分の意見は言わず、状況を説明、決起趣意書を伝えた。だが「反乱軍は速やかに鎮圧するように」と言い渡され、青年将校の望む内閣を奏上するつもりだったらしいが、天皇の強い意思に言葉も無く退出。だがその後も鎮圧に踏み切れず、うろうろするばかり。
参謀本部(次長・杉山元中将)は強硬鎮圧論が強かった。杉山は参内、川島と協議したが、結論がでない。午後2時、軍事参事官会議が開かれた。川島は帰還命令、聞かなければ戒厳令と主張したが、荒木貞夫前陸相の主張と真崎の賛同で「大臣告諭」に決まった。
告諭は「青年将校の真意はよく分かった。自分たちも賛成、努力するから原隊に帰れ」という趣旨。青年将校が『陸軍大臣は自分らの行動を是認し、昭和維新がなった』と考えたのも無理はなかった。真崎はこうしておいて自分が政権を握ろうという野心だったらしい。
「川島以下の各大将はまったく不見識もはなはだしい」と大内力(「ファシズムへの道」)。
政府は夜7時、宮中で閣議を開き、戒厳令を決定した。夜半の枢密院でも審議され、27日午前2時、緊急勅令が出された。戒厳司令官は香椎浩平中将だった。彼はもともと反乱軍に同情的。この頃、海軍は既に鎮圧を決め、陸戦隊を芝浦に上陸させ、第一艦隊を東京湾に急派していた。
反乱軍は真崎甚三郎大将を総理にして収拾を一任したいと要求。真崎は大正末から士官学校に長く在職、最後は校長を務め、青年将校の信望を集めていた。「野心家で巧みに若い連中にとりいり、ひきつけておく術に長けていた」(大内力)。計画の進む中、青年将校らは陸軍首脳部、川島陸相や真崎に会い、自分たちが立てば首脳部はついてくるという自信を得た。
真崎は政友会の久原房之助の子分から26日朝4時に反乱を聞いた。真崎はすぐ右翼の弁護士鵜沢総明を訪ねるよう命じた。彼を通じ自分への大命降下を西園寺に働きかける手はず。陸相官邸に行く前に伏見宮にも会った。「真崎が(事件と)まったく無関係だったとはいえないだろう」(「ファシズムへの道」)。
「27日には既に反乱軍にも真崎にも不利な情勢になっていた。天皇は26日には数十分ごとに本庄繁武官長(大将)を呼び、鎮圧を督促されていたが、27日早朝、杉山(参謀本部次長)は奉勅命令の允裁を仰いでいた。天皇は至極満足気にただちに裁可された」(416頁)。
しかし、午前中に一騒動があった。戒厳司令部に荒木貞夫・林銑十郎両大将が現われ、「皇軍相撃を避けよ」と申し入れた。2人とも前陸相だ。石原莞爾作戦課長(参謀本部)が「責任者でない軍事参事官は干渉すべからず」と強く反対、追い返した。だが次には戒厳司令官の香椎中将が「自分は彼らの行動を否認するものではない」とごねた。今度は杉山参謀本部次長が「断然、不同意」とつっぱねた。香椎は数分、苦渋に満ちた表情で沈思した。
4日間で鎮圧されたが、2・26事件は重大な結果をもたらした。<皇道派>と呼ばれた荒木・真崎・川島・林・香椎らが退役させられ、代わって梅津美次郎陸軍次官、武藤章、参謀本部の石原莞爾らが新<統制派>を形成、<粛軍>に名を借り反対派を次々追放。陸軍が一体となって政策遂行する体制が急速に固まる。次の広田弘毅内閣は彼らの横槍で組閣に大幅な譲歩を求められた。日本は陸軍の意のままに動き始める。
五十六は広田内閣の時、永田修身海相(大将)に請われて海軍次官に就任、次の林銑十郎内閣で米内海相とコンビを組む。2年7ヶ月の次官時代、五十六は新聞記者を相手に、常々三国同盟反対を明言していた。当然、陸軍やドイツ、イタリア信奉者の耳に伝わる。
同盟が締結できない元凶は山本五十六。五十六さえいなければ…。暗殺を真剣に考える連中が出てくるのは当然だった。
開戦時の駐米大使となる野村吉三郎が次官の五十六を訪ねた。次官室に入ると新しく制定された軍刀がでんと置いてある。偉いものがあると驚く野村に五十六は「暗殺にやってくる無礼者がおりましたら、何人でも切って切りまくり、徹底的にやっつけます」と大笑したという。
山本次官暗殺計画の情報が流れ、海軍から派遣された兵士が家に機関銃をすえつけた。4,5人が暴徒を迎え撃つために待機。五十六には数十通の脅迫状も舞い込んだ。五十六を<国賊>と書いた雑誌もあった。五十六は泰然としていただけでなく、丁寧に脅迫状や雑誌に目を通した。何か汲むべき意見があるかと思っていたのだという。
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ウァッ!次官の自家に機関銃、大砲よりは小さいとは言えそんな
こともあったんですネ。今まで考えもしなかったことです。
火山さん、次官室に軍刀を置いてまで勤めなければならなかった
山本元帥の心底は?
それにしても「国賊」は私の見た映画の中の「非国民」と同じで
当時の国内情勢を垣間見るようです。
2008/4/6(日) 午前 9:05
2・26事件の鎮圧に動こうとしない陸軍の幹部。海軍部内には連合艦隊を派遣、鎮圧しようという動きがありました。艦砲射撃や陸戦隊を上陸させようという意見まであった。そう、国賊は非国民です。狂気の暴走です。
2008/4/6(日) 午前 9:17 [ kom*_19*7 ]