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不比等は「大宝令」を制定、天皇を中心とした<法と制度>の<律令国家>を築き、しかもその天皇を<象徴化>して<宗教的>存在に祭りあげ、自分が専制を振るえる体制を整えた。古代史<最大の政治家>と言われるのは当然だ。
だがその不比等にも自由にできないことがあった。自分が操れる天皇に恵まれなかった。自分が舎人として使えた草壁は即位前に27歳で早世。その遺児7歳の<軽>が成長するまで<中継ぎ>の女帝(持統)を立てた。その軽を文武天皇にしたものの、その天皇も25歳で世を去る。その遺児も7歳。<首(おびと)>だ。また女帝(元明)を立てた。ライバルの長屋王の即位を阻止するためだ。その元明は長屋王を<娘婿>にしていた。知ってはいたが、他に選択肢がなかった。
その元明、長屋王と不比等の権力闘争に巻き込まれ、疲れきって皇位を投げ出す。不比等は14歳になっていた首を即位させようと画策したが、長屋王は元明と組み、妻の姉妹(氷高内親王)を即位させてしまう。元正<女帝>だ。実質的な長屋王政権。大山教授は「聖徳太子の誕生」(吉川弘文館)で「事実上のクーデター」(120頁)と書いた。
不比等はそれでも諦めなかった。「日本書記」を編纂させ、<聖徳太子>という儒教・仏教に通暁した中国的な聖天子が「憲法17条」を定めたと描き、<首>皇子が即位した場合の「<王権>の<権威>の確立」(134頁)を図った。具体的には「和を以て尊し」など<君臣>関係の規定だ。「それがあって初めて、不比等が自在に権力をふるうことが可能になるからである」(134頁)。つまり「憲法17条」、特に<儒教>的精神は重要だった。それでこそ自分と藤原一族が<栄華>を極められるのだ。
だが既に<高齢>で<晩年>を迎えつつあった不比等。いかに執念を燃やしても限界があった。「日本書記」に描かれた中国的<聖天子>の<聖徳太子>像が長屋王の影響で歪められてしまったのだ。大山教授はその関連を次のように説明する。
長屋王は天武の血筋で神仙を夢見、道教を論じるのが好きだった。佐保の別邸に文人を集め、夜を徹して老荘を語らっていた。不比等と長屋王の意向を受けて聖徳太子は描かれたのだが、「中国思想といえば儒仏道の三教であるが、この2人(不比等と長屋王)だけでは、仏教が欠けている。『日本書紀』の文章を直接執筆するとなると、不比等は、既に相当衰えていて無理だったと思われる。事実、養老4年(720年)5月に『日本書紀』が完成すると、まもなくの8月になくなった。また長屋王の方は、そのような素養そのものに欠けていたであろう」(123頁)と大山教授。
大山教授はその上で「釈門の秀」と称された<道慈>なる人物の存在を指摘する。道慈は「『宋史』日本伝の『粟田真人を遣わし、唐に入り書籍を求めしめ、律師道慈に経を求めしむ』」と記録された僧侶。養老2年(718年)に唐から帰国した。「日本で最初の本格的な学識をもった僧侶」という。
道慈は留学中、「西遊記」で有名な三蔵法師がインドから持ち帰った経典の翻訳を行った西明寺に学び、<道宣>という高僧に師事した。道宣は戒律を研究、中国の戒壇の基礎を固めた人物。道慈はその道宣に日本の戒律が遅れていることを伝え、<受戒の師>を日本に派遣することを<献策>した。それが鑑真が幾多の苦難を乗り越え、来日する伏線になったという。
道宣は仏教の普及に努めたが、神力霊威に強い関心を持っており、仏教以外の神仙・陰陽・懺緯の思想に興味を示していた。要するに仏教を基本としつつも、神仙思想や道教思想を積極的に取り入れた人物だ。
その道宣の思想に著しく影響を受けたのが<道慈>。道慈はさらに世俗的な権力にも敏感だった。中国では仏教の高僧や道教の道士が皇帝の信任を受け、国政に参与する例が少なくなく、道慈も充分意識していたという。
道慈は「『懐風藻』に『唐に在りて本国の皇太子に奉る』」という詩を作ったと記録があり、帰国を前に皇太子<首>に強い関心があったことを示している。
その道慈が不比等に接近、文才を見込まれて「日本書記」の執筆者に選ばれた。だが日本の政界の第一人者の不比等も帰国してみたら衰えが目立った。その上、元正<女帝>の即位で<首>皇子の即位も定かではなかった。
これに対し「今をときめいているのが長屋王の方で、現天皇の元正も長屋王側の人物と知れる。おまけに道慈は、大の儒家嫌いで、道教好きだった。となれば最初は不比等の意向の上で行動していても、次第に長屋王との親交を深めることになる」(127頁)のは<理の当然>だった。かくて不比等の<儒教>精神は<道教>の影響で強く歪んで行く。大山教授は「道慈の長屋王に対する迎合」(161頁)と書く。
「『日本書紀』完成後2ヶ月あまりで生涯を閉じる不比等が、推古紀に記された聖徳太子像を見て暗然とした姿が目に浮かぶ」(167頁)と大山教授。不比等が夢見た聖徳太子像は道教で汚されてしまったのだ。
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