火山の独り言

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新編「聖徳太子は実在しない」

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「<聖徳太子>は『日本書記』の中で生まれた。これは、もはや、ほとんど間違いないであろう」(大山誠一「聖徳太子の誕生」108頁)。火山もまったく同感。

既に「聖徳太子は実在しない・6」で述べたように聖徳太子の関連史料は「日本書紀」と法隆寺系(「三経義疎」・薬師像光背銘文・天寿国繍帳銘文など)の2系統。どちらも「<最古>の<伝承>を伝えている」とされてきた。
しかし、大山教授は検証した。法隆寺系のものは「日本書記」より後に作成されたのに「日本書紀」の記述と合致しない。後世、何者かが「日本書紀」の記述を否定したいために書いた。<史料的>価値はない。

ただ大山教授はいう。「一つだけ気になる史料がある。和銅5年(712年)に成立した『古事記』である。周知のように『古事記』は推古天皇で終っている。系譜をもつ最後の天皇が用明で、そこに厩戸王が『上宮之厩戸豊聡耳命』と見える。実名は『厩戸』だけのはずだから、それ以外の部分(文字)は後から付加されたものということになる。そこに信仰の対象となるべき<聖徳太子>の成立を考える必要が生ずるかも知れない」(83頁)。

<上宮>は奈良県桜井市に<上之宮>の地名があり、宮殿跡も発見されている。「日本書紀」の記事からそこにあった<南の宮の上殿>と思われる。<豊聡耳>の<豊>は神名や王族名によく使われる美称。<聡耳>はあらゆることを聞き分ける天耳に等しい聡い耳のこと。美称の<豊>と合わせ、明らかに厩戸王に特別な能力と人格を付与しているという。

<命>も重要。「古事記」には王族に<命>と<王>があるが、仁徳以降では両者は明確に区別され、天皇に即位する皇子は<命>と呼ばれ、<王>と呼ばれる皇子の中からは天皇は出ていない。唯一の例外が<厩戸王>。「古事記」から<神格化>が始まったことになる。
しかし「古事記」には厩戸王の人物像はまったく記されていない。「日本書記」への布石だけ。「古事記」編纂は明らかに<意図的>に中断され、すべて「日本書紀」に委ねられたことになる。

「日本書紀」は歴代天皇ごとに、その時代の出来事を記している。聖徳太子に関しては<敏達天皇から舒明天皇>の巻にかけ<22条>ある。他の史料との照合で<歴史的事実>と確認できるのは「系譜関係・生年(年齢)・斑鳩宮の造営程度で、いずれも厩戸王に関するものである。法隆寺を建立したことを加えてもよいと思うが、『日本書記』にはなぜか記されていない」と大山教授(68頁)。

この後、大山教授は厩戸王に関する上記の<歴史的事実>を除き、厩戸王でなく<聖徳太子>に関する「日本書紀」の記述が聖徳太子の<実在>を<証明>できるかを検討する。
聖徳太子が活躍したとされる時代は推古天皇の時代(593年―628年)。日本の歴史の中で最も重要な時期。蘇我氏を中心とした<豪族>中心の政治から<天皇(当時は大王)>中心=<中央集権>国家へ大きく転換しようとした時代。

この改革の中で<遣唐使>が派遣され、<冠位12階>が制定された。これはいずれも<歴史的事実>。これらは聖徳太子の功績とされてきた。だが大山教授は「日本書紀」を<よく読んだ>結果、<そうとはいえない>ことを発見した。
「推古11年(603年)12月壬申(5日)条」「推古15年(607年)秋7月庚戌(3日)条」
だ。前者は<冠位12階>、後者は<遣唐使>の記述。いずれにも<皇太子>の文字が見えない。「日本書紀」の<推古紀>では聖徳太子は原則として<皇太子>と記されている。推古女帝を<皇太子>として<補佐>したことが重要なのだ。

だが、これら<歴史的事実>の部分には、なぜか<皇太子>の文字は見えない。それどころか「推古16年(608年)に隋から来日した<使節>を歓迎する記事」また「推古18年(610年)に<新羅使>が来日した記事。いずれも詳細な<描写>があるのに<皇太子>の<語>は見えない。<皇子・諸王・諸臣><天皇・大臣・太夫>という記載があるだけ。

これに反し「<曖昧で具体性に欠ける話>や<明らかに史実でない記事>にだけ<皇太子>(聖徳太子)が登場する。たとえば<三宝(仏法僧)興隆>とか<憲法17条>」の場合
と大山教授は分析する。「憲法17条」はこの連載で<検証>したように、厩戸王の生きた時代の日本の<中国理解>には合致していない。つまり一世紀以上後の「『日本書紀』の知識で書かれている。後世の創作」なのだ。

この連載で指摘したが、厩戸王(574―622年)の時代、<皇太子>制度は日本に存在していない。最初の皇太子は<軽>皇子の立太子(697年)だ。―――これが<歴史的事実>。
「つまり、皇太子(聖徳太子)は確実な<史実>には一切登場せず、不確かか事実でない場合に限って登場する。それ故、推古紀の聖徳太子はまったく<虚構>の存在と称せざるを得ないのである」(71頁)と大山誠一「聖徳太子の誕生」(吉川弘文館)。

つまり聖徳太子は<架空>の存在と認めざるを得ない。

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