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「おお、あのレポート読んだよ。論旨がしっかりしているし、筋も通っている。気に入った。君にこの建物を全部あげる。全部任せる」。大手<J社>から来たナンバー2の専務と廊下ですれ違った瞬間でした。左遷され、冷や飯だった私には身に余る光栄でした。
大手<J>の<狂気>のような企業文化の洗礼を受け会社は大きく変化しました。傘下に入って1年半。研究所棟という名の5階建ての白亜のビルが眩しく落成しました。最新技術を駆使したプレゼンテーションホール。研修室や大会議室がズラリと並んでいました。
この建物をどう活用するか、レポートを書けと指示され、提出していたのです。ホームエレクトロニクスの夢を売る会社に変身しようという狙いは分かっていました。そこで<新しい販路>を開拓すべく販売店と営業部隊に提供する<情報と仕組み>=<戦略>を提案したのです。
業界最大手のトップ企業から順番に本社に招き、美女軍団<ブルーベレーチーム>がプレゼンテーションと接待をする。社長が先頭に立ち、製販の役員を従え、練り上げたシナリオで商談。以降、幹部以下<組織ぐるみ>でフォローする。バラバラだった個別の<戦術>に新しいコンセプトと役割を与え、体系的に整理しただけでしたが、<戦略>として新しい発想があると見抜いたのでしょう。
マーケティング本部に新設された新しいポスト。研修部長に抜擢されたのです。50歳の早春でした。A4版たった3枚の紙。それが私の運命を変えた。不振が続いていた国内営業。マーケティング戦略を駆使、<集中と選別>で販路を<再構築><拡販>する以外に生き残る道はない。その作戦指導に新設された研修部。全社の熱い視線を集めました。
「戦略型セールスマンを目指して」というのが私の研修コンセプト。<戦略>の意味を理解し、商談という<戦術>レベルを超えた<店作り>というシナリオを描ける営業マンを育てたい。営業キャンペーン(企業戦略)と一体となった<必勝>パターンの<研修>を進めるという提案でした。幸い<初代>だから<前例>がない。トップ(専務)の威光をバックに思い切った活動を展開しました。<店作り>「事例研究」にはマーケティング本部の幹部を<総動員>しました。彼らも<現場>で起きていることが理解でき、その場で手を打てるので好評でした。
店作りには小売業界の知識・体験が不可欠。若き日、<生協>運動で体得した高成長、高速回転の手法が生きました。世界一の小売業、ウォルマートの事例研究、コンビニのPOS販売管理システムの紹介。研修部長として全国で熱弁を奮いました。家電量販の世界に一足遅れの<流通革命>が訪れたのも幸運でした。
大手<J>は狂気のように働く企業。同時に知識・理論を尊重する<企業文化>も併せて持っていました。ナンバー2の専務(現会長)は<J>の総合企画出身。本をよく読む勉強家でした。
頭でっかちで本の虫、<空理空論家>とレッテルを貼られ、蔑まれてきた私を、初めて理解してくれた。まさに福沢諭吉の<ペンは剣よりも強し>。でも「経験主義」に骨の髄まで毒されていた営業部隊。溶け込み、<企業文化>を<変革>するのは容易ではありませんでした。まさに「古い<習慣や価値観>からの<脱皮>」との戦い。抵抗勢力もいた。既得権益の壁もありました。
幸い、専務(後に社長)の強い信任を得ていたからでしょう。やがて全社の羨望の中、憧れの美女軍団<ブルーベレーチーム>も私の指揮下に入りました。黄金時代の幕開けです。
この「戦略との出会い」シリーズ。連載中です。
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