火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

毎日モーツアルト

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「モーツアルトは生まれながらの天才。でも若い頃から晩年まで年を重ねるごとに音楽性が深まり、最後は「レクイエム」<ラクリモサ>(涙の日)に結晶して死んで行った。凄いと思います。創作力が高まり、完成度も高い。若い頃にはなかったものが晩年には感じられる。私生活では借金とか苦労を重ね、才能をすり減らしても不思議ではないのに、むしろ音楽を書く栄養に変えた。好んでそうしたわけではない。でもその辛さが、後年聴く人の幸せに変わる。若い頃から苦労を重ね、死を意識していた。だから残したと思わせるものがこの曲にはあります」――。

本日のゲストは小説家の赤川次郎。話題は本日も「レクイエム」<セクエンツィア>(続唱)――。

1791年12月4日、モーツアルトはすでにベッドに身を起こすこともできなかった。全身の熱は下がらず、カラダの腫れも引かない。モーツアルトはコンスタンツェの妹ゾフィーに次のように言ったという。「舌の上に、もう死人の味がする」――。モーツアルトは瀕死の病の床にあっても作曲途中の「レクイエム」のことが頭から離れなかった。この12月4日午後、見舞いに来た親しい歌手たちと「レクイエム」の完成部分を歌った。そして最後の<ラクリモサ>(涙の日)まで来ると、モーツアルトは人目も憚らず泣き崩れたという。

「コンスタンツェの妹ゾフィーの回想(1825)によれば、12月3日にはいくぶん調子が良かったが、この日の晩から再び容態が悪化し、12月4日に見舞った際には、モーツアルト本人から、自分の最後を看取り、残されたコンスタンツェを助けてくれるよう頼まれたという。またゾフィーは同じ日に、モーツアルトが弟子ジュスマイヤーに向かって、自分の死後<レクイエム>をどのように仕上げたらよいかを説明していた、とも述べている。夜になって呼ばれたクロセット医師(主治医)は、モーツアルトの高熱を発している頭を冷やすよう指示したが、この冷罨法が大きなショックを与え、二度と意識は戻らなかったという」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・199頁)。

「1791年12月5日、午前零時55分、愛する者に見守られながら、一人の天才音楽家が息を引き取った。ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト。35年と10ヶ月の人生だった」とBSのナレーション。
「臨終の床でも<レクイエム>を口ずさんでいたように思います。私にはそれが<レクイエム>のティンパニーの音のように聴こえました」。モーツアルトの死を看取ったゾフィーはそう回想したとBS――。

「葬儀はおそらく12月6日に執り行われた。モーツアルトの亡骸を納めた棺は、最後の住居となった旧市街ラウエンシュタイン通りのクラインカイザーハウスから、聖シュテファン大聖堂に運ばれ、ここで最後の祝福を受けた。参列者は親族のほか、ヴァン・スヴィーテン男爵、サリエリ、宮廷オルガニストのアルブレヒツベルガー、弟子のジュスマイヤーとフラインシュテットラー、シカネーダー一座のジャックとゲルルなどであった」(西川・199頁)。

スヴィーテン男爵は宮廷図書館長、モーツアルトの最大の理解者。生涯を通じ、モーツアルトを応援した。サリエリはよくモーツアルトの最大のライバルといわれるが、身分の高い宮廷楽師長。モーツアルトの2倍以上の年俸を得ていた。大先輩だ。シカネーダー一座はウィーン城外のヴィーテン劇場で「魔笛」を好評上演中の仲間――。だが火山がNHKラジオでドイツ語を学んだ田辺秀樹(一橋大大学院教授)は<怒りに震え>次のように書いている。

「モーツアルトの葬送――。それは後世の人間から見れば余りにも無残で慰めのないものだった。葬儀は第三等。聖マルクス墓地までだれひとりとして見送る者もなく、遺骸は共同の墓地に埋葬された。墓標はおろか十字架の一本も立てられなかった。亡骸が眠る正確な場所はだれも知らない。なんという痛恨の処遇だろうか」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮文庫・172頁)。

田辺秀樹教授の痛憤は続く。「現に4年前に死んだグルックは、盛大な葬儀の末に立派な個墓に埋葬されているのだ。たしかに遺族の経済的負担を軽くする必要はあったろう。しかしそれなら、ヴァン・スヴィーテン男爵は自腹を切ってでも、もう少し故人にふさわしい処置を指示すべきではなかったのか……」(同)。

「要するに周囲の人々はモーツアルトのことをその程度にしかみていなかったということである。コンスタンツェも、ジュスマイヤーも、ヴァン・スヴィーテンも、リヒノフスキー侯爵も……。そしておそらくただひとりモーツアルトの真の偉大さを知っていたハイドンは遠いロンドンでこの若き友人の死を知らされたのだ」(田辺・174頁)。

テレビにモーツアルトの立派な<墓碑>が映った。現在、聖マルクス墓地にある。生花が華やかに手向けられている。妻のコンスタンツェはモーツアルトが愛用していたノートに次のように書き残したという。「愛しい夫よ。忘れることのできないモーツアルト。8年もの間、優しい絆で愛情を尽くしてくれましたね。やがて来る永遠の世界でも再びあなたと結ばれる日が参りますように―――」。
(平成18年12月22日)

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