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「危険性を訴え続けて40年、“不屈の研究者”が警告する原発の恐怖」――。小出裕章は京都大学原子炉研究所<助教>!「私はかつて原子力に夢を持ち、研究に足を踏み入れた人間です。でも、原子力のことを学んで、その危険性を知り、自分の考え方を180度変えました。原子力のメリットは電気を起こすこと。しかし、メリットよりもリスクの方が大きいのです。しかも、私たちは原子力以外にエネルギーを得る選択肢をたくさんもっています」(「原発のウソ」の<帯>の言葉)――。
「大量の二酸化炭素を出す原子力産業」――。意外や意外!原発は「二酸化炭素」の<大量放出>の上に、産業として成立している。原発が出すのは「死の灰」だけではない。実は「二酸化炭素(CO²)」も出す。しかも<大量>に――。げっ!これも「原発のウソ」!
「地球温暖化防止が叫ばれるようになって以来、政府や電力会社は『原子力は二酸化炭素を出さず、環境にやさしい』『地球温暖化防止のために原子力は絶対に必要』と宣伝してきました」(小出裕章「原発のウソ」・113頁)――。だがお立合い!「ところが、どうも最近様子が変わってきました。どうなったかというと『原子力は<発電時>に二酸化炭素を出さない』と表現するようになってきたのです」(小出・114頁)。
「実は、原子力発電も二酸化炭素を出しています。それも、おびただしい量を出しています。そのことは原子力発電がトータルでどういう作業をしているかを見ればすぐ分かります」(114頁)――。だから<発電時>と限定せざるを得ない。官僚お得意の<隠蔽>です。
原発を建てる。電力を大量に使う――。「原発というのは巨大なコンクリートのお化けです。中は鋼鉄のお化け。この莫大なコンクリートや鋼鉄は、大量の二酸化炭素を出しながらでないと作れないし、工事で出す二酸化炭素もおびただしいものがあります」(116頁)――。原発を動かそうとすると<核>燃料が必要。まず<ウラン>をウラン鉱山から採掘する。ウランの運送。そして製錬。使われるエネルギーは、ほとんどが石油など化石燃料――。
「製錬したウランを、今度は原子炉で燃やすことができるように『濃縮』します。一口にウランといっても、その中には燃えるウランと燃えないウランが存在しています。大部分は燃えない=核分裂しない『ウラン238』で燃える=核分裂する『ウラン235』は全体のわずか0.7%しかありません。そこで燃えるウランを集める作業が必要になります。『ウラン濃縮』。さらにそのウランを『加工』して燃料ペレットにし、それから燃料棒の形にしなくてはなりません。ようやくここにきて原子炉の中で使える燃料ができ上がります」(114頁)。
「それぞれの工程で実に莫大な資材やエネルギーが投入されています」(115頁)――。これらに使われるエネルギーのほとんどが<化石燃料>――。「原子力発電所が動くまでに、既にたくさんの化石燃料を燃やして二酸化炭素を出してしまっている」(116頁)。
このような明白な事実があるから、国も電力会社も「原発は二酸化炭素を出さない」と言い続けることが許されなくなった。それが「<発電時>に出さない」という霞が関文学。だが「これでもまだウソです。科学的に正しく言うならば、『ウランの核分裂は二酸化炭素を出しません』とだけ言わなければなりません」(116頁)。そう、原発の内部では莫大な電力が消費されている。原子炉や核燃料の<冷却>は電力で行われている。福島第2原発はブラックアウト(所内全停電)から<空焚き>→「水素爆発」→「炉心溶融」となった。
「JAROの裁定を無視して続けられた『エコ』CM」(「原発のウソ」・116頁)――。「核分裂反応は二酸化炭素のかわりに『死の灰』を毎日生み出し続けます。『発電時に二酸化炭素を生まない』という点だけを強調して、二酸化炭素よりもはるかに直接的に私たちの生命を脅かす『死の灰』の危険性に目をつぶるような議論は、根本から間違っていると思います」(116頁)。原子力は「クリーン」とか「エコ」――。マスコミ、ミニコミは四六時中、騒ぐ。多くの日本人が、それを信じてしまった。ところが、「勇気ある若者」がいた――。
「このような宣伝に違和感を持ったある一人の若者が、日本広告審査機構(JARO)に宣伝の正当性に審査を求めました。JAROは専門家による審査委員会をつくって検討し、2008年11月に次のような裁定を下しました」(117頁。さあ、お立合い!どうする?JAROは公益社団法人。内閣府(公正取引委員会)と経産省の許可を受けて設立。広告に関する苦情や疑問(ウソ・誇大・紛らわしいなど)を受け付け、審査するのが業務。
「今回の雑誌広告においては、原子力発電あるいは放射性降下物等の安全性について一切の説明なしに、発電の際に二酸化炭素を出さないことだけを捉えて『クリーン』と表現しているため、疑念を持つ一般の消費者も少なくないと考えられる。今後は原子力発電の地球環境に及ぼす影響や安全性について十分な説明なしに、発電の際に二酸化炭素を出さないことだけを限定的に捉えて『クリーン』とすべきでないと考える」(117頁)と裁定した。
だがJAROの裁定には「強制力」がない。政府と電力会社は、この裁定を無視して、今日に至っている。ウーン、参った。ご立派という以外ない。だがお立合い!「原発が生み出した『死の灰』は広島原爆の80万発分」(小出裕章「原発のウソ」・98頁)というのです。「政府や電力会社は福島の事故が『想定外』だったと強調しています。しかし彼らは原子力発電所が事故を起こせば大惨事になることを知っていました。だから東電は自社の給電範囲に火力発電所は建てても、原子力発電所は絶対に建てませんでした」(100頁)。げっ!
(平成23年7月23日)
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