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「火山<第二>ブログ」で、空前の大ヒット。ナント一昼夜で<651人>!「『その国は<英語>だけが足りない』。米倉涼子の『スピード・ラーニング』が気になる」が大ブレーク。
突如の大ブレーク。しかも日々「ビジター<40人>前後」の小さなブログ。毎日<300人>前後の<第一>とはダンチが常識。なぜ?恐らく、「スピード・ラーニング」を話題に記事を書いたブロガーに、この記事を紹介する「掲示板」があるのだろう。以前にも一度あったが、米倉涼子も人気があるのだろう。
その米倉涼子が「悪女伝説を訪ねて〜モーツアルトの妻の足跡をたどる」(4月6日・19:00.BSフジ)を見た。モーツアルトが愛したコンスタンツェはナント、トルストイの妻ソフィア・トルストイ、ソクラテスの妻クサンティッペとともに「世界三大悪妻」という。火山、「コンスタンツェ悪妻説」は百も承知。だが旅人に米倉涼子を選ぶとは――。
「モーツアルトの知られざる素顔と生涯」――。数年前、ドイツ文化研究会OB会で講演した火山、終わってから会場の国際文化会館のウエイター、ウエイトレス全員も聞き惚れていたと知らされた。モーツアルトの初恋はアロイジア・ウェーバー。マンハイム宮廷歌劇場のソプラノ歌手。当時17歳。故郷ザルツブルグの大司教コロレドと衝突したモーツアルトは1777年9月、コロレドに宮廷楽団への辞職願を提出、新天地を求めて母と連れ立ち、マンハイムに来ていた。モーツアルトは21歳。
アロイジアに惚れ込んだモーツアルトは、歌のレッスンを引き受けただけでなく、プロモーター役も買って出た。ウェーバー家と親しくなったモーツアルト、彼女を連れてイタリアに行き、新作オペラに彼女を出演させる計画まで立てた。驚いたのは父レオポルト。「他人の幸福よりもまず自分自身のことを考えること。本来の目的地パリへ行け」と指示した。「お前が平凡な音楽家として世間から忘れられてしまうか。有名な楽長として後世の人々から書物で読んでもらえるようになるか。お前の理性と生き方次第」と厳しく諭した。
モーツアルトの天才を開花させてくれた大恩ある父の命令、従うしかない。モーツアルトは泣く泣くパリへ行く。だがパリも「昔の神童」には冷たかった。職を得ることはできず、母の病死という不運にも泣かされ、モーツアルトは再び郷里へ向かう。途中、夢にまで見たアロイジアにミュンヘンで再会するが、歌劇場のプリマドンナに出世していたアロイジアは<無職・無名>のモーツアルトには冷たかった。失恋だ。
ザルツブルグに戻ったモーツアルト。いくつものオペラを書き、「イドメネオ」をヒットさせ、不満ながらも音楽家として大成していく。だが再び大司教と決裂。ウィーンへ出て独立の道を選ぶ。ウィーンでピアニストとしても作曲家としても大成功の道を歩み始めたモーツアルト。ウィーンへ引っ越し、下宿屋で生計を立てていたウェーバー一家と再会。
そこで恋に落ちたのがナント、アロイジアの妹コンスタンツェ。母親は大酒飲み。有名人となったモーツアルトに娘を高く売りつけようとしているとの悪評が立っていた。
再び仰天した父レオポルト。二人の交際や結婚を許すはずがない。それでも2人は結婚してしまう。最後まで反対したレオポルト。コンスタンツェには冷たかった。「悪妻」伝説は、この父が残した多くの手紙が原因と「旅人が米倉涼子」のテレビは報じていた。現在も悪妻説は根強いが、モーツアルトの楽譜や手紙を大切に保存し、世に広めたのがコンスタンツェ。彼女も実はオペラ歌手。火山は「悪妻」説はとらない。
ソクラテスは古代ギリシァの哲学者。妻は悪妻として知られるクサンティッペ。ソクラテスが語ったとされる言葉…。「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」――。「そんな酷い妻なら別れたらいいじゃないか」と言った人にソクラテスは語った。「この人とうまくやっていけるようなら、他の誰とでもうまくやっていけるだろうからね」。クサンティッペとはギリシア語で「黄色い馬」の意味。
作家の佐藤愛子(彼女自身も元夫に頭から水を浴びせたエピソードで有名とか…)は「ソクラテスの妻」という小説を発表。後に「ソクラテスのような男と結婚すれば、女はみんな悪妻になってしまう」と述べているらしい。
トルストイは帝政ロシアの小説家・思想家。ドストエフスキー、ツルゲーネフと並んで19世紀ロシア文学を代表する文豪。代表作に『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など。文学に限らず政治・社会にも大きな影響を与えた。非暴力主義者としても知られる。
デール・カーネギーは「人を動かす」で「トルストイが臨終の直前『妻を近づけるな』と遺言したこと、また死の床で妻のソフィアが『お父さんが死んだのは自分のせいである』と自責の言葉を述べたが、子どもたちは誰も反論しなかった」エピソードを紹介している。
しかし「2人の対立はトルストイが宗教や社会活動に傾倒して家庭を顧みなかったこと。晩年のトルストイが印税や地代の受け取りを拒否しようとしたこと。著作権その他の遺産を『ロシア国民に移譲する』とする遺言状を作成しようとしたこと。一方のソフィアは十数人の子どもたちを養い、生活を守るために現実的に生きざるを得なかったためとみることもできる。映画『終着駅 トルストイ最後の旅』では、トルストイを深く愛しながらも、彼と対立していくソフィアの報われない愛が描かれている」とインターネット情報――。
モーツアルトも生涯、妻を愛していた。コンスタンツェも「幸福だった」と語っている。
(平成25年4月8日)
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トルストイが障害を過ごしたヤースナヤパリヤーナはモスクワ郊外にあるのですが3回行きました。驚いたのはトルストイのお墓です。これだけの有名人なのに生涯を過ごした家のすぐそばに土盛りしたみすぼらしいお墓でした。協会から破門されていたのでそのようなお墓になったと聞いています。それでもトルストイがこよなく愛した白樺並木は見事に並んでいました。
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2014/2/28(金) 午前 10:01
<ノンちゃん>様、ようこそ!
「名作選・トルストイの大地。辻井喬の巡礼」を今、BSプレミアムで見終わった。2月4日(火)午前9時からのNHK。自慢じゃないが火山、トルストイを読んだことがない。…というより、読みたいと思ったこともない。ただ長く、難解で、ひたすら退屈。そんなイメージしかない。
ただ映画「戦争と平和」は憧れのオードリー・ヘップバーンが貴婦人ナターシャを演じるというので、観たような気がする。松井須磨子が演じた「復活」がどれだけの感動を残したか、いくら聞かされても、心は動かなかった。だが…。
これはこの日の日記。貴兄がトラックバックというお気持ちは分かります・この日、火山もトルストイの墓を見、バイカル湖も見ました。
2014/2/28(金) 午後 3:34 [ 火山 ]