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「全国各地から花便りが届く頃となった。ニュースを見聞する度に、私の心は逸(はや)る。刻々と時が過ぎてゆくのが体感され、脳裏には桜の開花の高速度撮影された映像が現れる。早く見に行かなくちゃ、散ってしまう。ほとんど強迫観念だ。咲いて嬉しいというより、散ってしまうことの儚さばかりを想い、焦る」と「日経」コラム<あすへの話題>(4月2日)…。筆者は<美女>作詞家<阿木耀子>!タイトルは「花便り」――。
「例年、花の季節は早朝に起き、青山墓地か千鳥ヶ淵に行く。どちらも東京の桜の名所だ。日中は花見客で混み合い、ゆっくり花を愛でることが出来ない。通勤時間にはまだ早い時刻、人影もまばらな並木道を歩きながら、私は桜に話しかける。まずは挨拶から。お早う、今年も咲いてくれてありがとうと」と、コラムは続く。ウーン!美女から、ニッコリ挨拶されたら<桜>もさぞ嬉しいことだろう。火山も<千鳥ヶ淵>の<桜>になろうか。
<阿木耀子>――。美女だ。見事な姿態!テレビで初めて見た時から<一目惚れ>――。忘れ得ぬ存在となった。「詩人」などとは知らなかった。ただ一人の<異性>!ひたすら恋しい…。ナンチャッテ、でもウソでもない。探し求めて、テレビのチャンネルを回す――。でもいない。見当たらない。そのうち『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』が1975年(昭和50年)に大ヒット!彼女の<作詞>と思い知った。次にジュディ・オングの大ヒット「魅せられて」も<阿木耀子>作詞と知って、二度ビックリ。なかなかやる!と惚れ直した。
ジュディ・オングもなかなか魅力的。阿木耀子とともに相当な強いセックス・アピール…。最近、インターネット情報で知った。<山口百恵>のヒット曲の多くも彼女・阿木耀子の作詞という。<女性>の魅力を<武器>にできるとは…「おぬし、なかなか、やるじゃん」!
「それにしても日本人は桜が好きだ。桜をテーマにした歌がどれほどあるだろうか。昨今は若いシンガーソングライターが桜をモチーフに曲を作り、歌っている。森山直太朗さんの『さくら』がその良い例だろう。私にも1曲、桜をテーマにした曲がある。タイトルは『若桜』」と、阿木耀子のコラムは続く。ナルホド…。<若桜>か――。
だがお立合い!この<美女>!意外と火山の近くにいた。火山の実家は東横線「反町」…。14歳で引っ越し、36歳まで22年住んだ。だが彼女、火山の実家から至近距離の<捜真>女学校に「小学校入学から高校卒業まで」<12年間>通学。火山の「23歳から36歳」までの<若桜>時代、彼女と駅前で「すれ違って」いた可能性が大きい…。ウーン!
「タイトルは『若桜』――。この曲は歌手の鳥羽一郎さんからのご依頼で書いた。鳥羽さんはライフワークで『きけ わだつみのこえ』の朗読をなさっていらっしゃるが、そのための曲だ。『きけ わだつみのこえ』は太平洋戦争で特攻隊として闘った、若い兵士達の遺言集だ。その中にいくつか若桜という言葉を見つけ、それを歌にした」と美女は続ける…。
東(ひむがし)の空 しばし拝(おろが)む 兵のあり 椰子の葉陰に 蛍飛ぶ夜は(湖月)――。亡き父が戦地ラバウルで詠んだ。東の空の下には愛する妻子が暮らしていた。
川崎で被災。焼け出された火山らは信州・飯山に疎開。茅ヶ崎にもひと夏を暮した…。
「いつの日か<大山>の麓に住みたい」――。結婚して8年、横浜・反町の実家に暮した。
<捜真>女学院に通う<阿木耀子>とすれ違った。だが家内の願いで引っ越したのが県央は「田名」…。相模川に近く、丹沢山塊と大山の雄姿が美しい土地。5年で再び転居…。今も<県央>だが、やはり丹沢・大山を臨む地で、昨秋「永遠の0」の読書会と出会った。
主人公は「宮部久蔵」――。大正8年生まれ。昭和9年、海軍に入隊。昭和20年、南西諸島沖で戦死』。1行で書けば、祖父の人生はそういうことだ。最初は海兵団に入り兵器員となり、次に操縦練習生となってパイロットとなり、昭和12年に支那事変に参加、昭和16年に空母に乗り真珠湾攻撃に参加、その後南方の島々を転戦し、20年に内地に戻り、終戦の数日前に神風特別攻撃隊員として戦死」(百田尚樹「永遠の0」講談社文庫・22頁)――。
「『臆病者だったらしい。いつも戦場から逃げていた人だった、って――』。それから自虐気味につけ加えた。『ぼくにガッツがないのも。久蔵じいさんの血が入っているせいかもしれないね』。ぼく(健太郎)はちょっと躊躇したが、祖父に正直に言った。『馬鹿なことをっ!』。祖父は叱りつけるように言った」(百田尚樹「永遠の0」講談社文庫・59頁)――。
「『清子は小さい時から頑張り屋だった。どんな時にも弱音を吐いたことがない。夫(お前の父だが)を亡くしてから、女手一つで会計事務所を切り盛りし、お前たちを育て上げた。姉の慶子もその血を受け継いで頑張り屋だ。お前の血の中には、臆病者の血なんか入っていない』『ごめんよ。そんな意味で言ったんじゃない』。しょげたぼくを見て、祖父は優しく言った。『健太郎、お前は自分が思っているよりずっと素晴らしい男だ。いつかそれに気づく日がくるよ』」(59頁)――。短い文章!でも、「永遠の0」の謎を、解くカギを秘める。
宮部久蔵は素晴らしい男。名パイロットだった。彼もまた<若桜>の一人――。「お国のためにと散って行った彼等は、自分達を若い桜に見立てた。それなりに切ない歌が出来上がった。そう言えば『姥桜』(うばざくら)という曲が無いのに気づく。姥桜こそ、立派な桜。しかし、タイトルとしては地味で、やっぱり姥が付くと難しいかなと思ったり…」とコラムは結ぶ。ウーン。反町<捜真>の<若桜>もついに<姥桜>?火山も<喜寿>を迎えた。
(平成26年4月2日)
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