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「一昔前、いや二昔前。居酒屋はサラリーマンのオアシスだった。会社帰り、彼等は居酒屋に立ち寄り、上司の悪口や新入社員の品定めなどをして、憂さを晴らしていた。いつしか女性たちが足を踏み入れるようになった。初めの頃こそ、OLのおじさん化などと揶揄されたが、今や珍しいことではなくなっている。そして、ついに家族連れ。時代は変われば変わるものものだと思いつつも、この光景に私は少々違和感を感じる」と<美女>作詞家<阿木耀子>――。「日経」コラム<あすへの話題>(5月31日)だ。
「気になる<美女>が『日経』コラム<あすへの話題>に現れた。作詞家<阿木耀子>…。テレビで<一目惚れ>!妖艶の<姿態>を求めてテレビ画面を<逍遥>したが、容易に発見できない<無念>をしたたか味わった記憶がある。ところが昨<1月4日・土>!『日経』夕刊で<ご尊名>を発見した」――。これはナント、火山が2014年1月5日、我がブログに投稿した記事「<阿木耀子>が『学びの年』(「『日経』<あすへの話題>)登場!火山、カブリツキ志願だ」の<書き出し>――。
「<昔の恋人>に再会したような気分。さっそく『ウィキペディア』で<故事来歴>を調べた。でも仰天!ナ・ナヌッ!『1945年5月1日生まれ』…。<68歳>!げっ。ビックリ…。何ともはや、ウーン。だが…」と続く――。何が<だが…>か。
「捜真女学校の小・中・高を卒業後の1964年、明治大学文学部史学地理学科に入学、軽音楽クラブに入部。そこで、後に夫となる同学年の宇崎竜童(法学部)と出会う。作詞家としてのキャリアスタートは1969年、グループサウンズのジュリーとバロンのデビュー曲『ブルー・ロンサム・ドリーム』(作曲は宇崎竜童)」――。えっ<捜真>!ナントいう「<運命>の出会い」!火山、昭和27年(1952)から昭和50年(1975)までほぼ毎朝<捜真>の女学生との<邂逅>を重ねてきた。なぜか…。<捜真>最寄駅は東横線「反町」――。
何を隠そう!火山の実家は東横線<反町>――。<中2>(14歳)の時、有名な中区本牧「三溪園」の近くから神奈川区反町へ引っ越した。でも中区<吉浜橋>の中学へ学区外通学。<高1>(16歳)から東横線「日吉」<慶應高校>への通学、大学もいわゆる<予科>は日吉。サラリーマンとなった<23歳>からも南武線「武蔵新城」への通勤で<毎朝>「反町」駅まで歩く。嫌でも<捜真>の女学生らと顔を合わせていた。その中に<青春>真っ盛りの<阿木耀子>もいた――。ウーン。知らなかった。
「1971年12月に宇崎と結婚。宇崎竜童が率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンドに書いた『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』は1975年の大ヒット曲になった。その後、多くは宇崎が作曲し阿木が作詞するというコンビで多数のヒット曲を世に出す。特に山口百恵の全盛期から引退までのヒット曲の多くは、このコンビによるものである」――。ウーン!
「先日、テレビのニュース番組でこんな特集をやっていた。今、居酒屋を利用する家族連れが増えているという。その名も<いざか族>。画面では生ビールを美味しそうの飲み干す両親の横で、子供たちが無心にオムライスやポテトサラダを頬張っていた。親たち曰く、ここはメニューが豊富なので、いろいろ選べて助かると。子供たちも嬉しそうだ。居酒屋はいざか族たちにとって、居心地のいい場所らしい。店の方でも歓迎ムードで、あの手この手でサービスに努めている」と阿木耀子のコラム「少々の違和感」(5月31日)は続く。
「外食産業の売り上げが下降線を辿る中、思わぬところに、金脈を発見した感じなのだろうか」とコラムは続く――。それにしても<美女>阿木耀子が居酒屋<いざか族>とは…。
自慢じゃないが火山、<居酒屋>を利用できたのは<独身貴族>の時代だけ。結婚してからはずっと貧乏。もっぱら<立ち飲み>ばかり…。だが今や居酒屋は<OL>だけでなく、「新しい<金脈>の発見」と<阿木耀子>――。
「そして、ついに家族連れ。時代は変われば変わるものだなとおもいつつも、この光景に私は少々違和感を感じる。そもそも居酒屋のメニューは家庭料理が元になっている。肉じゃが、冷や奴、おひたし、煮物、コロッケなどなど。子供のうちはこういう料理は、家で食べてこそ、という気がする」と続く――。面白い!いや火山、ビックリ!さらにいえば<少々違和感>を覚えてしまう。ウーン、なぜか――。<古風>な感じ…。火山にとっての阿木耀子は、いわば<モガ>!ピチピチの<モガ>のはず、だが…。
<家庭料理>へのコダワリ…。きっと親密な<家族>関係の中で成長した。<捜真>を選んだのも、そんな<家庭>の延長なのかも知れない。母親手作りの<料理>…。ホカホカを満喫しながら、小学生から中学生、高校生に成長…。反町駅前を歩いていた。まだ<アラフォー>か、と思っていたが、とんでもない。実年齢を知って仰天した――。ただ面白いのが文章。<年齢>を感じさせる。<古風>なのだ。やっぱり<時代>は争えない。
たとえば上記の引用の<子供たち>――。火山なら<子ども>と書く。また彼女、先月までは<達>だった。現役時代、火山は「社内報」編集で<表記>に、ずいぶん気を使った。だから自分では<古風>ではなく<現代風>と信じている。でも<阿木耀子>…。作詞家だから<漢字仮名表記>には気を使っていると思っていたが、意外と<自由>!ビックリ。
そして今回、特に<愛らしい>と思ったのが、<家庭料理>へのこだわり。<いざか族>への関心は<モガ>!でも<料理>には育った<家庭>が見えるような気がした。ウーン。
(平成26年6月1日)
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