|
「スタンダールはアレグロ・コン・ブリオの画家である。ベートーヴェンはジェリコーの馬のように疾駆する」――。これは昨日、火山が女子美で聞いた「市民大学」のタイトル。「恋愛論」は火山が若き日に愛読したスタンダールの“文芸”作品。新婚早々の火山“夫婦”のお祝いに来た若いお嬢さんが、書棚にズラリ並んだ「恋愛指南書」を眺めて“感”に堪えたようにウナった。「あっちゃん(家内の愛称)、これで、ヤラレたのね」――。
「恋は一瞬にして成就する」――。火山の最も好きなスタンダールの言葉。そんな火山が最愛の女性を“ヤル”だろうか。火山、家内の美しい親友の言葉に、大笑いした。あれからやがて<半世紀>――。火山夫婦もやがて「金婚式」を迎える。火山の知っているスタンダールは小説家、文学者…。いつの間にか<画家>になってしまったのか――。もちろんこれ、「悪い冗談」。でもなぜ、画家にアレグロ・コン・ブリオが似合うのか。
「絵画は音楽と文学といつも拮抗しながら対話する〜せめぎあう心的表象」――。これが毎年ご婦人受講者を熱狂させる女子美“名物”教授の2012年度の<講座>タイトル。「スタンダールはアレグロ・コン・ブリオの画家である」まさに「音楽と文学と絵画の対話」を<絵>に描いたような心的表象だ」…。火山の洞察力、表現力も“さ・す・が”でしょう。エッヘーン!だがお立合い!<allegro con brio>とは何のこと?ご存知か――。
5分遅れていつものカブリツキに席を占めた火山。名物教授が連発する“アレグロ・コン・ブリオ”を聞きながら、真っ先に連想したのが、ベートーヴェンの「交響曲第5番ハ短調<運命>」だ。「運命は、このようにドアを叩く…」。あの“ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン”の<テンポ指定>がアレグロ・コン・ブリオ。火山が日本語に翻訳すると「キビキビ、快活に」となる。「速いテンポで、しかも活発に」…。だが名物教授。なぜかいつまでたっても、このイタリア語を翻訳しない。いわゆる<専門バカ>の典型…。<独り合点>のこと。
<allegro>を「伊英辞書」で引くと<cheerful, happy, merry>ですと。<con>とは火山の予想通り<with, by>…。<brio>は「音楽用語」で<活発>!<active, lively>のこと。「輝きをもって速く」と音楽用語辞書。速度<Allegro>は「速く 快速に 陽気に 急速に」…。曲想<con brio>は「生き生きと、活気をもって、生気に満ちて」――。火山は「キビキビ、快活に」にこだわる。だが名物教授の講義は意外な展開…。
スタンダール(1783〜1842)(本名アンリ・ベール)は「ナポレオン遠征軍に陸軍経理将校として従軍。ミラノに入場して熱烈なイタリア賛美者に転向した」という。晩年の名作「パルムの僧院」(1839年)は、イタリアの大貴族デル・ドンゴ男爵の16歳の次男ファブリスが主人公。「幸福の追求」に生命を賭ける情熱的な青年。ナポレオンを崇拝、ウァルテルローの戦場に駆けつける。あるやんごとなき美少女との恋。純真な青年の生き方がアレグロ・コン・ブリオ――。そして当時の北イタリアの精神もアレグロ・コン・ブリオだった。
ベートーヴェン(1770〜1827)もまたナポレオン(1769〜1821)に憧れ交響曲を捧げようとした。「第3番変ホ長調<英雄>」――。そしてこれがアレグロ・コン・ブリオ…。名物教授によれば「ベートーヴェンは終生<アレグロ・コン・ブリオ>と縁が深かった」。「ピアノ奏鳴曲」第21番ハ長調<ワルトシュタイン>も、「ピアノ奏鳴曲」第23番ヘ短調<熱情>も“アレグロ・コン・ブリオ”――。だが<待てど暮らせ>ど「運命」が出てこない。どうなってんだ。やっぱり<美術>教授はしょせん“美術”だけか…。
若き日のベートーヴェンは、ボンの大学で学びながら「フランス革命」(1789年)の<自由・平等・博愛>に憧れ続けた。「フランス革命は<封建的特権>の無償廃止=封建制度の撤廃。人々に“アレグロ・コン・ブリオ”の夢を与えた」と名物教授。ベートーヴェンの作品中、「ピアノ協奏曲」第2番、第3番も“アレグロ・コン・ブリオ”――。「ピアノ奏鳴曲」第3番、第4番、第5番、第8番<悲愴>、第11番も“アレグロ・コン・ブリオ”――。
ベートーヴェンは1804年5月、ナポレオンが<皇帝>を戴冠すると痛く失望。草稿の表紙にあった「ボナパルテ」の<銘>を破り去った。「彼もまた単なる野心家だったのか」――。そして書き添えた。「エロイカ。ある偉人の思い出を祝して作曲」と…。
ヘーゲル(1770〜1831)はナポレオンを目撃、「歴史が馬に乗って行進している」と評した。「国立銀行創設」「ルイジアナの米国への売却(ムダ排除=戦費調達)」「教皇との和解」「ナポレオン法典(民法典)発布」(私有財産の絶対化。個人の意思の自由。家族の尊重)――。これらをすべて“アレグロ・コン・ブリオ”と、ヘーゲルは高く評価した。凄い!
「当時の<北イタリア>の精神もアレグロ・コン・ブリオだった」と名物教授。だが北イタリアと言われても火山、ピンとこない。これも「専門バカ」の「独り合点」ではないか。調べて唖然!「水の都ベネチア、モードの街ミラノ、そしてエレガントな食の都トリノ、活気ある港町ジェノバなど個性豊かな都市」――。ベネチア、ミラノ…。2回も行った。そう、言ってくれてたら、もっと興味津々で聞けたのに…。名物の“名物”が泣くぞ。
ショパン(1810〜1847)の肖像を描いたドラクロワ(1798〜1863)は「ロマン主義の巨匠。アレグロ・コン・ブリオで<野蛮性>を描いた。クールベ(1819年〜1877)は写実主義の領袖。アレグロ・コン・ブリオで<現実>を描いた」と名物教授――。面白い!半世紀前の火山、“恋の成就”を願って「フランス美術」をアレグロ・コン・ブリオで猛勉強した。
(平成25年1月18日)
|