火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「古典落語の人情噺『芝浜』の舞台は東京・JR田町駅周辺だ。大酒飲みでうだつのあがらぬ魚の行商人が大金の入った革財布を拾う海岸は、今の山手線の線路のあたり。漁師の網干し場のすぐ隣には、薩摩藩の江戸上屋敷があった。落とし主は藩の関係者だろうか。▼東京大学史料編纂所が所蔵する『摩藩上屋敷図』を眺めると、そんな空想が浮かぶ。第一京浜と桜田通りに挟まれた東西約800メートル、南北約300メートルの広大な敷地。雄藩にふさわしく庭園の池には橋が架かり、能舞台もあった」と「日経」コラム<春秋>(1月19日)。

「駅に程近いNEC本社ビルの植え込みに置かれた<薩摩>屋敷跡の石碑が、往時をしのばせる。▼幕府側が藩邸を焼き払ったのは、旧暦慶応3年12月25日。新暦では150年前の今日の出来事だ。薩摩藩が幕政への不満を募らす浪士を集め、江戸市中で略奪や放火などのゲリラ活動を指図した黒幕とみて、庄内藩などに武力の行使を命じた。通説によると<幕府>側を<挑発>し朝敵として討つための<西郷隆盛>の<計略>だった」(春秋)──。

「▼これが鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争の導火線になる。『芝浜』では、行商人の女房が拾った財布を役所に届ける。が、持ち主は名乗り出なかった。薩摩藩邸に出入りしていた浪士たちは幕府と取引のある商人の金蔵を襲った。財布は浪士のものだったのか……。空事にふけりつつ幕末維新ゆかりの地の歴史散歩を楽しんだ」(春秋)──。何を隠そう。火山は<慶応>ボーイ。今を去るジャスト60年前の1958年(昭和33年)4月から「慶大・経済」卒業(1960年3月)まで火山、JR「田町」駅に通学、この<薩摩屋敷>跡と付きあった。

マルクス「資本論」Aゼミに所属。卒論は「資本主義経済とプロレタリア革命」──。おりしも「60年安保」で盛り上がる「時代の波」の中、学生運動に心が動き、サークル「平和の会」委員長として「国会」でもにも、よく出かけていた。東大生<樺美智子>の死は、火山の卒業後、すぐ起こった。その時、火山は9000人規模の「中堅電機」(国際企業)人事部に所属。「60年安保」にも絡む<労働争議>に明け暮れる<労組>と対決、会社側の<勤労>課員として<奮闘>していた。「労働運動に生涯を捧げたい」が<夢>だったのに──。

今年「NHK大河ドラマ」は「西郷どん」──。文政⒑年(1827年)、薩摩の下鍛冶屋町で西郷隆盛は生まれた。西郷は幼名を小吉といった。小吉の顔は幼い頃から人を惹きつけて離さない。美男子というのではなかったが、太い眉の下の目は大きく、黒目がちである。瞳はきらきらとしていて、無邪気にこの目で見つめられると、たいていの大人は息を呑む。無口で、じっと相手の目を見てその言葉を聞こうとする。そんな小吉は母から、弟や妹を大切にし、力の弱い者は強い者が守っていかなければならないと、常日頃から教えられていた。

7月18日、下鍛冶屋町の20人ほどの少年達は早朝に集合し、吉野原を目指して歩き始めた。心岳寺参りである。ここにまつられている歳久公は、薩摩の人達の崇拝の的だ。歳久公は島津貴久公の三男で、義久公、義弘公の弟となる。兄達とは違って、歳久公は常に反骨精神を持った人物だった。豊臣秀吉に降伏した義久公とは違い、歳久公は最後まで抵抗を見せた。そんな薩摩での人気が高い武将、歳久公の祥月命日になると、多くの郷中で心岳寺参りを行うのである。吉野山から竜ケ水にかけては非情に険しい山道となる。

9歳の小吉にとってはつらい道のりだ。しかし、幼い者達を励ますように登る。『もうじき平な道に出る。そげんしたら寺はすぐそこじゃ』。そうしてようやく参道にたどり着いた時、少年達は数騎の馬が駆けてくる音を聞いた。皆は一斉に道に膝をつき、頭を垂れる。馬の乗る様な身分の高い武士には、礼を尽くさなくてはならない。近づいてきた馬がぴたりと止まった。『この者たちは』。馬に乗った男がもう一人の者に尋ねている。『は、今日は歳久公のご命日ゆえ、心岳寺に参詣する郷中の者たちでございもす』。

『そうか、歳久さまのご命日であったか・・・』。男の声は、ほんのかすかに薩摩訛りはあるものの、少年たちには耳慣れない江戸の言葉である。『面を上げよ!』。見えない糸に操られる様に小吉は顔を上げた。山中にも関わらず足袋の白いことが、この男が特別の者だという事を示していた。そして小吉はのけぞる様にして、その男の顔を見た。そのとたん、体に衝撃が走った。これほど凛々しく美しい男を見た事が無かった。気品ある顔立ちであった。『どこの郷中だ。構わぬ、答えよ』。『下鍛冶屋町でございもす・・・』

『幼い者たちもいるのに心岳寺参詣とは殊勝な心がけだ。頼もしく思うぞ』。少年たちは、斉彬に平伏した。そして、土煙を上げながら馬は走り去った。『斉彬さまじゃ・・・』。少年たちは、次々と声をあげる。斉彬は27歳であるが、早くも名君の呼び声が高い。将軍、家斉に可愛がられ、その一字をもらって『斉彬(なりあきら)』と改名した事は薩摩の人間なら誰でも知っている。夢心地というのは、この様な事をいうのだろう。

どの様にして家に帰ったのか小吉は、よく憶えていない。家に帰った小吉は、今日の出来事を、母の満佐と祖父の龍右衛門に話した。気が緩んだのか、わっと泣き出してしまった。母の満佐はそれを見て、小吉を叱りつけた。『これ、小吉どん、泣くのは男として一番みっともなかこっじゃ。いつまで泣いちょっとですか!』。満佐はきっと睨んだ。しかし、祖父の龍右衛門は、小吉が話しやすいように優しい目で小吉を見た。

そして、今日の話を龍右衛門に聞かせた。そこで祖父の龍右衛門から、一生懸命剣を習い学問に励めば、斉彬さまのお側に行く事も出来るかもしれぬ。と聞いたのである。それを聞いた小吉の顔は、パっと輝き、黒く光る大きな瞳をうるませていた。
(平成30年3月29日)

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