火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

「60年安保」の1960年(昭和35年)3月、大卒同期350名から選ばれ、たった独り、労務管理の<人気>部署<人事部勤労課>配属の呼び出しを受け、1カ月早く出社した火山。その日から<徹夜>勤務…。週末まで自宅に帰れなかった。皇太子ご成婚ミッチーブームもあり、三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)が飛ぶように売れる<家電>ブームだった。

ゼミで「資本論」を学び、卒論が「資本主義における窮乏化法則とプロレタリア革命」という火山、おりからの「全学連<安保>反対<国会>デモ」にも参加していた。何しろ「慶大三田キャンパス・平和の会」委員長…。1959年(昭和34年)秋、<就活>では火山、名門企業からは軒並み<門前払い>…。やっと三次社長面接に呼ばれたのが中堅電機のわが社。松下幸之助と並ぶ<創業>社長。「どうしたら<景気>がよくなるか」とご下問…。火山、即座に応えた。「簡単です。<労働者>の賃金を上げてください」。相手は<資本家>――。

「君は<思想>は大丈夫か」…。陪席の人事課長が、廊下まで追ってきた。「大丈夫です」とウソ…。でも人事課長、「よし、合格」と叫び火山、38年後に<定年>を迎えた――。「お久しぶりです。風林火山です。おととい3月30日が誕生日、81歳となりました。わが社の<定年>退職から<21年>、ふた昔が過ぎた。自分でも信じられません。昭和35年(1960年)3月1日<初>出勤。同期より1カ月早く『出社』。彼らの入社式4月1日を勤労課(事務局)の一員として迎えた。その情景・感動は今も忘れない」(明4月1日・OB会)。

「人生100年時代」といいます。今年は「明治150年」ともいう。NHK大河ドラマは「西郷どん」。朝ドラは「わろてんか」――。楽しみに観ていますが、♪若き血に燃える「慶応ボーイ」だった昭和30年台を懐かしく思うことが多くなりました。次女の次女が、この春、<中2>となりました。私が68年前、通った「新制中学」…。「大島中学」といいますが、この中華街から徒歩3分。目と鼻の先にありました。「次女の次女」は13歳。私は「異人さんみたいな青い目の美少女」に<初恋>…。「若きヴェルテルの悩み」を読んでいました。

その彼女と再会したのは「大島中・卒業<50年>記念」の同期会。2003年(平成15年)3月、それから既に15年が過ぎた。これも信じられません――。<中2>の「次女の次女」を含む「次女」一家とは今度の日曜(4月8日)、この中華街「横浜大飯店」で会食、「マリンタワー」に上り、その後「遊覧船」で「横浜東口」へ異動。「そごう」デパート8階で「オードリー・ヘップバーン写真展」を観る予定…。なぜ「オードリー・ヘップバーン」か。実は家内、72歳ですが、若き日、「オードリー・ヘップバーン」そっくりさんと評判でした。

ところで「最後の恋のはじめ方」というアメリカ映画があったのを、ご存知でしょうか。2005年(平成17年)に製作されたアメリカ映画。 ウィル・スミス主演のロマンティック・コメディ。「恋愛」指南が仕事のプロが、逆に若い女性記者に<恋>をしてしまう――。ヒーローはもう若くない。だから「最後の恋のはじめ方」…。実は私、おととしからジャスト1年。「最後の恋」をしてしまった。相手は横浜中区「間門小」時代の同級生。「夫の27回忌も済ませました。思えば長い人生を歩いてきました」とハガキがきた――。

間門小は地元の名門。明治の豪商<原三渓>が残した名園<三渓園>の裏側にある。小2の時、ひと夏を過ごした茅ヶ崎小から転校した。茅ヶ崎で私の後ろにハンサムボーイが座っていて、自慢じゃないが、私とクラスの人気を分け合っていた。彼・池端直亮は、後に<加山雄三>となった。彼とは慶応高校の同期でもあった。「逢いたい」と伝言が来たが、ウッカリ断ってしまった。大失敗――。間門小では3年先輩に「いつだって青春」が自叙伝のホリプロ<堀威夫>がいる。間門の仲間と作ったバンドが大当たり。今も間門卒が自慢――。

「最後の恋」の彼女、有名デパート書道教室<講師>…。<娘>は自宅で「ピアノ教室」講師――。一昨年10月、寡婦となって28年の彼女と初めてデート。彼女が選んだ「ランデブー」場所がナント「アルテリーベ」(昔の恋人)という喫茶店。「横浜大通り」にある。いつも「昼下がり」…。お茶を飲むだけ。いつも割り勘。でも帰りは私がタクシーで送る。明治の豪商「原三渓」が残した「三渓園」の手前まで。約1800円。ある時、彼女が姿を消した途端、運転手がポツリ。「美人ですね」…。そう、彼女、昔と全然、変わらない――。

だが<娘>が曲者。「奥さんのいる人と逢うなんて…」と彼女に、告げたという。ピアノ教師のこの娘とコンサートで席を並べたことがある。当方は<家内>同伴、相手は彼女と娘(親子)。私が自己紹介を始めた途端、娘が遮った。「あの〜、火山さんは我が家では有名人ですから」…。後日、彼女が教えてくれた。「夫は酔うと、いつも火山さんの悪口を言っていました。散々、聴かされました」「えっ」――。「早稲田」に進学、1級建築士となり、ゼネコン大手で出世した彼氏。実は私の「元親友」。2人でヨットを海に浮かべて遊んだ――。

「ある企業戦士の死」――。約30年前、こんな見出しの「日経」コラムがあった。栃木に「単身赴任」していた彼氏、仕事が終わると居酒屋通い…。人気者だったらしい。飲み仲間だった「日経」記者が書いた彼氏の<生き様>と<訃報>…。週末になると彼女、いつも栃木へ通っていたらしい。50歳前後で<寡婦>となった彼女。喪服姿がまぶしった――。

「言弁に火を二つ書くのよ」…。1948年(昭和23年)「小4」の「国語」テスト。相談の<談>を思い出せないでいる<級長>の私に、後ろから囁く声…。これが<副級長>だった彼女。今も、忘れない。しかもこれ、彼女に出した<最初>のラブレターの書き出し――。そう、思えば60年も前――。そして「最後の恋」はいつも喫茶店「アルテリーベ」…。「江の島とか曽我の梅林、北鎌倉でも行きませんか」と誘っても彼女、クビを振る――。

昨年9月、ついに破局が来た。「私は何とも思っていない」と彼女。「ボクだって…」と言いかけたが、グッとこらえた。これ、彼女の<深謀遠慮>に違いない。<逢瀬>を重ねて1年。いわば「区切り」――。「生きていて良かった。生まれてきて良かった。有難うございました」とアタマを下げ、彼女をタクシーで送った。「また<立ち飲み>ですか」と彼女…。「そう、今日は浴びるほど飲むつもりです」――。こうして「最後の恋」「昼下がりの情事」は終わった。彼女に2度<失恋>!でも「生きていて良かった。生まれてきて良かった」――。
(平成30年3月31日)

「時事放談」書庫の記事一覧


.
kom*_19*7
kom*_19*7
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
友だち(24)
  • boss
  • 土佐文旦
  • masa
  • 竹田征司
  • zentokare2
  • けんた
友だち一覧

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事