火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

クラシック音楽

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「ピアノの歴史」は<みなとみらいホール>主催のレクチャー・コンサートのタイトルだ。モーツアルト<生誕250年>の昨年、BSで「毎日モーツアルト」を見て感激。このブログに「毎日モーツアルト」195編を書き残した火山だが、6月から「ピアノの歴史」を学び始めて、さらにモーツアルトとベートーヴェンのピアノ曲が好きになった。

モーツアルトの時代、<クラヴィーア>といえばチェンバロのこと。だがベートーヴェンの時代になると<ハンマークラヴィーア>が登場する。チェンバロは弦を引っ掻いて音を出すが、ハンマークラヴィーアはハンマーで弦を叩いて音を出す。<フォルテピアノ>と呼ばれるピアノの前身。これが産業革命の技術革新を経て現代の<ピアノ>になる。

モーツアルトもベートーヴェンもウィーンで<ピアニスト>として楽壇にデビュー。あっという間に即興演奏で名だたるピアニストたちを打ち負かし、当代随一の名声を獲得する。モーツアルトはクラヴィーアが大好きだった。モーツアルトの「ピアノ協奏曲」は全部、自分が独奏者、聴衆の拍手喝采を狙って作曲されている。名ピアニストとして自分の腕を存分に発揮できるよう組み立てられている。その工夫が随所に見える。

だがモーツアルトの演奏を聴いたベートーヴェンは、後に弟子だったツェルニーに「モーツアルトの演奏は見事であったが、ポツポツと音を刻むようでレガートではなかった」(平野昭「ベートーヴェン」新潮文庫・23頁)と批判的に述べていたという。ツェルニーはあの「ピアノ教則本」で有名。リストにピアノを教え、彼自身も当代隋一の<名ピアニスト>として名声を博した。そういう意味で聞き捨てならない。

だが「ピアノの歴史」を考えると、まず楽器が違う。また楽風も違う。モーツアルト(1756〜1791)はチェンバロが基本。ベートーヴェン(1770〜1827)はピアノフォルテが基本。チェンバロは構造上、キータッチで音の強弱を表現できない。一方、ピアノフォルテは文字通りフォルテ(強音)とピアノ<弱音)を表現できる。ただベートーヴェンの時代、まだ発展途上、様々な楽器職人が改良に取り組んでいた。

ベートーヴェンは自分の使うピアノを生涯に何度か取り替えた。ボン時代のアウグスブルクのシュタイン社(1773年製)に始まり、パリのエラール(1803製)、ウィーンのシュトライヒャー(1819製)、グラーフ(1825製)まで15種類。当時のメカニズムはウィーンで支配的な<跳ね返り式>とロンドンやパリで盛んな<突き上げ式>があった。跳ね返り式はタッチが軽く、速いパッセージに素早く対応できた。一方、突き上げ式はダイナミックレンジが広く、特に低音が豊かで力強い響きを出せた。

ベートーヴェンは14歳年長のモーツアルトをどう見ていたか。近衛秀麿(指揮者)には「ベートーヴェンの人間像」(音楽之友社・昭和45年刊)という素晴らしい著書がある。「戦前から探求に憂き身をやつし、暇さえあればウィーンに足を運んで、ウィーン生まれの音楽家ヒューブナー兄弟たちを案内に立てて、主としてベートーヴェンやシューベルトの旧跡を行脚したものである」(1頁)。以下は近衛文麿の調査結果だ。

「1787年、彼は初めてウィーンに旅をしている。モーツアルトの前で即興演奏したのもこの時である。初め、頭から問題にしていなかったモーツアルトは、演奏を聴き終わるとすっかり驚いて『この若者にみな注目しなさい(Auf den geb Acht)、いまに世界中の話題をさらうような者になるに違いない』という有名な言葉を発した。それから5年後、彼は意を決してウィーンに移り住んだ。その時モーツアルトはもうこの世にいなかった。ここでベートーヴェン本来の生涯が始まる」(8頁)。

「モーツアルトこそは彼のあとを受けて音楽の世界を背負って立つ若者ベートーヴェンにとって最大の教師であった。事実ベートーヴェン自身、彼の修行の初めからモーツアルト音楽の熱烈な崇拝者であった。ボンで、親たちの膝元で育った頃、既に一家はモーツアルトのことばかり語り合っていたという。彼の中のモーツアルトに対する理解と尊敬は年とともに深まってゆき、その賞賛の度合は、ついに留まるところを知らなかった」(168頁)。

日本最初のオーケストラの指揮者といわれた近衛秀麿。モーツアルトとベートーヴェンの違いをどう見ていたのだろうか。「ベートーヴェンの人間像」(音楽之友社)にある。「モーツアルトもベートーヴェンも、それぞれの時代の最も勝れたピアニストと呼んでも誰しも異論をさしはさむ者はなかった。しかし、両者の演奏ほど対照的なものはなかった。モーツアルトのピアノの優雅さは全く古今に比類がなかった。一方のベートーヴェンは、往々にして何者をも焼き尽くさずにはおかない烈火のような峻厳さがあった」(175頁)。

モーツアルトは幼時から郷里ザルツブルグの大司教コロレドと25歳で喧嘩別れした後、ウィーン市井の自由人となったが、楽風や演奏スタイルは宮廷風。生涯、変わらなかった。一方、ベートーヴェンはモーツアルトの死と前後するフランス革命の甚大な影響を受け、「人類のかち得た自由、解放の歓喜を大衆の前で弾きまくった。力強い演奏に耐ええるためにピアノの構造上の改良が促され、ベートーヴェンの出現によってピアノの先祖であるハンマークラヴィーアの開発に、ピアノ製造業者たちを刺激する結果となった」(176頁)。

「ベートーヴェンとナネッテ・シュトライヒャー(1769〜1833)の関係はピアノの歴史における作曲家と楽器作者の協力関係で最も独特で濃密なものであった」(伊東・105頁)。
(平成19年8月23日)

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