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あかねさす 紫野(むらさきの)行き 漂野(しめの)行き 野守(ぬもり)は見ずや 君が袖振る(額田王)
万葉集巻1の歌。季節は盛夏。夏草の生い茂る野のあちこちに宮廷人が駆け巡る。兄に奪われたかつての恋人の姿を遠くに見て、近づくことはできないが、恋しさのあまり袖を振って切ない胸の内を伝える男。女は胸を弾ませながらも夫に見つかったら大変と心を痛める。兄とは中大兄皇子(天智)、男は後に天武となる大海人皇子。女は額田王34歳。有名な三角関係です。
恋の恨みを果たしたわけではないが、後に兄・天智を暗殺、その子・大友皇子を殺して天皇になったのが天武。「逆説の日本史」の井沢元彦は天武を異母兄、弟ではないと新説。 中大兄(天智)が企てた蘇我入鹿暗殺と大化改新。入鹿を参内させた女帝・皇極は中大兄の母。朝鮮3国(高句麗・百済・新羅)の使者が大和朝廷へ臣従を誓う儀式の席で惨劇は起こった。場所は飛鳥板蓋宮。今も遺跡が残る。暗殺は6月12日。
クーデターの結果、豪族連合の上に載る形だった天皇家が覇権を確立、古代国家(律令体制)成立へ第一歩が切られた。母・皇極は息子の中大兄に皇位を譲ろうとしたが、中大兄の盟友・中臣鎌足が時期尚早と進言、皇極女帝の弟の軽皇子が即位する。孝徳天皇です。 だが本命とされていたのが女帝の従兄弟の古人大兄。入鹿が後押し。聖徳太子の遺児・山背大兄はこのため入鹿に一族とともに滅亡させられた。入鹿暗殺を見た古人大兄は震え上がって皇位継承は辞退した。せっかく女帝の後、皇位についた孝徳だが、彼を見捨て、遷都して実権を握ったのが中大兄(天智)だから恐ろしい。孝徳の遺児が有馬皇子。中大兄が謀反の汚名を着せ、殺してしまう。
逮捕・尋問された有馬皇子は「天と赤兄に聞け、吾は知らず」と答えたという。この赤兄とは蘇我の一族、有馬を騙したのだ。入鹿を騙すのに一役買った石川麻呂はこの赤兄の兄。この兄弟は蘇我入鹿の従兄弟だから権力争いとは恐ろしい。
天智は弟を警戒、娘を3人も弟の大海人の后にした。後に持統となる鵜野皇女もその一人。鵜野は大海人(天武)との間に生まれた草壁皇子を天皇にしたいと願い、実姉・太田皇女が天武との間にもうけた大津皇子に謀反の罪を着せ、殺してしまう。 父・天智の遺児・大友皇子を殺すのも我が子・草壁を天皇にするため。壬申の乱。もっとも、この乱には大友の側にも後ろめたいところがあった。しかし覇権を握った天皇家の内紛は大変でした。
黒岩重吾の古代小説を愛読した私ですが、今は皆捨てて手元にない。記憶が怪しいが、中大兄の母・皇極は素敵な女性だったらしい。額田も鵜野も太田も素晴らしい女性。彼女らの息子・大津皇子、大友皇子も万葉集に悲劇の記録を残した文武に優れた英才だった。有間・草壁を追悼する歌人がいた。柿本人麻呂だ。古代史のロマンは尽きない。
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