火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

万葉の世界

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昨日、投稿した<逝く秋の やもとの国の 薬師寺の…>―――。奈良を愛した会津八一をこよなく愛した日本史の大学教授が教えてくれた歌。火山、薬師寺がこよなく好きだった。

悲劇の皇子・有馬皇子を思い出した。奈良・薬師寺を創建した天武・持統両天皇と深い関係があり、19歳の若さで殺された。死後43年たってからも、あの柿本人麻呂が人々の同情を察して追悼の歌を残している。有名な<有馬>温泉にはよく遊びにいっていたらしい。

歴史書の多くは有「間」皇子と表記しているが、「大化の改新」を起こした中大兄皇子(19歳。後の天智天皇)の従兄弟。蘇我氏が滅亡した時、皇極女帝は皇位を子供の中大兄に譲ろうとしたが固辞されたため亡き夫(舒明天皇)の弟を立てた。孝徳天皇(有間の父)だ。
皇太子となった中大兄はこの孝徳天皇と対立、天皇を置き去りにして、群臣を引き連れ都を難波から飛鳥へ移してしまう。実権は既に27歳の中大兄が握っていたのだ。

大化の改新は蘇我を筆頭とする豪族を押さえ、天皇家の中央集権を確立するクーデターだ。覇権を握った天皇家、各地への行幸、大宮殿の造成などを断行した。厳しい徭役、徴税への反発も強かった。孝徳天皇は遺児・有間皇子に思いを残しながら寂しく死んだ。

権力闘争の渦中にあった中大兄の謀臣、蘇我臣赤兄。有間皇子(19歳)はこの赤兄と陰謀を語ったとされる。だがたちまち発覚。捕らえられた有間は和歌山の岩代村で絞首されてしまう。だが皇子は騙されたのだ。死を予感して詠んだ有馬の歌がある。

盤代(いわしろ)の浜松が枝を引き結び、真幸(まさき)くあらばまた還り見む
(もし無事に戻れたら、この枝をまた見たい)というもの。

有力なライバルを排除、中大兄は実権を握ったが、群臣の反発を警戒、容易に即位せず、母を再度皇位(斉明天皇)につける。天智天皇になるのは42歳。皇位を譲れる子供がなかったため、弟の大海人(後の天武天皇)を皇太子にした。そして僅か3年後にこの世を去る。

遺されたのが大友皇子だった。だが母が采女という低い身分だったため、人心を掌握できず壬申の乱が起こる。
大友は父・天智が残した近江朝を守れず天武(天智の弟)とその妻(後の持統)に覇権を奪われてしまう。大友皇子は自殺。
天武の妻とは何と天智の娘。大友にとっては腹違いの姉だった。天武を恐れた父・天智は娘を彼に3人も与えている。

あかねさす 紫野(むらさきの)行き 漂野(しめの)行き 野守(ぬもり)は見ずや 君が袖振る(額田王)

有名な額田王の歌。野守とは天智、君とは天武。三角関係の恋の歌―――。権力の確立期にはいつも胸を打つ血みどろのドラマがあるようです。

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