火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「全般に、パリはずいぶん変わりました。15年前のような礼儀正しさをフランス人はもうとっくになくしてしまったのです。今ではほとんど粗野といっていいくらいで、その傲慢さも実に鼻持ちなりません」――。モーツアルトがパリに着いてから父レオポルドに書いた手紙の一節だ。頼りにしてきたグリム男爵もよそよそしかった。「グリム氏は子どもには力も貸してくれるでしょうが、大人には何もしてくれません」。<神童>と騒がれた頃と最近とを比較した皮肉だ。

「毎日モーツアルト」(3月31日)に登場したのは指揮者の大野和士。モーツアルトがパリ滞在中に作曲した「交響曲」第31番ニ長調を紹介した。「壮大に始まる華麗な曲」という。「まずグランディオーソ(荘重に)。そして(音階が)上がっていく。そしてこれもモーツアルトの特徴の一つだが、上がると必ず下がる」と解説。確かにそうだ。面白い。「葉っぱが落ちるように下がる。<対照>の妙、洒落ている。茶目っ気たっぷり。そしてトランペットとティンパニーが荘厳に響く――」。指揮者らしい親切な解説が続く。

モーツアルトは就職活動に追われながらもチュイルリー公園によく足を運んでいた。公園の一郭にある宮殿では<コンセール・スピリチュエル>という18世紀に始まった新しいスタイルの演奏会が開かれていた。ヨーロッパ中から演奏家が集まり、競い合っていた。パリには当時の最大規模57人のオーケストラがあり、音楽監督のルグローがモーツアルトに「オーケストラの性能をフルに発揮できる交響曲を作曲して欲しい」と依頼してきた。

モーツアルトは飛び上がった。久しぶりの大仕事。「10種類の楽器のための交響曲」――。ヴァイオリンやチェロなど弦楽の他に、木管や金管を駆使した壮大な曲を計画した。モーツアルトには珍しく、何回も推敲を重ねた。実際、モーツアルトが大きく<×印>を書いた自筆の楽譜がテレビに何回も写し出された。びっくり。天才モーツアルトは「泉のように湧き出す音楽をひたすら書きなぐるだけ」。そう信じていただけに、火山も仰天。

1778年6月、演奏会当日。聴衆の反応が気になったモーツアルトは客席に座ってワクワクしていた。だがナレーション。モーツアルトの言葉だ。「第一楽章の途中で、ここは必ず<ウケルに違いない>と思っていたところが来ると、聴衆は大喜び、拍手喝采をした」。嬉しくなったモーツアルトは演奏会場を飛び出し、カフエやレストランが当時、たくさん集まっていた広場、パレ・ロワイアルへ行った。そして大好物のアイスクリームを買って舌鼓を打ったという。パレ・ロワイアルの夜景が映った。凄い。

この「交響曲」(K297)は<パリ交響曲>という愛称で親しまれている。モーツアルトはこの<大成功>で久しぶりに<自信>を取り戻した。

しかし、その喜びは長くは続かなかった。母・アンナ・マルアの死が迫っていたのだ。有頂天のモーツアルト。まだそれを知らなかった。

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