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「永禄6年(1563年)、明智光秀と妻・煕子の間に三女として越前国で生まれる。天正6年(1578年)、15歳の時、父の主君<織田信長>の勧めで細川藤孝の嫡男・忠興に嫁いだ。珠は美女で忠興と仲のよい夫婦であり、天正7年(1579年)には長女が、同8年(1580年)には長男(細川忠隆、後の長岡休無)が2人の間に生まれた。明治期にキリスト教徒らが彼女を讃えて『細川ガラシャ』と呼ぶようになり、現在も広くこのように呼ばれる場合が多い」と「ウィキペディア」…。火山、3月25日(金)夜、TBSテレビ「歴史列伝」を観た――。 |
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「建久元年(1190年)旧暦2月16日、西行は73歳の生涯を終えた。長年の友だった歌人・藤原俊成は歌集「長秋詠藻」に西行をしのんで次のように記した。 |
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「モーツアルトの交響曲は大好きです。4,5年前だったと思いますが、第1番から始めて順番に「交響曲」全曲を演奏したことがある。30年ぐらい前でしたか、一晩で39番、40番、41番をいっぺんに弾いたら<嘲笑われた>こともあります。でも後で調べたらベームとか、外国では<3曲まとめて>演奏するのは珍しくない。皆やっているのです」――。本日のゲストは指揮者の岩城宏之。 |
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感じのよい和風レストラン。食事を終わって上機嫌で出てきた火山夫婦。家内が伝票をレジに差し出したところ…「あの、お勘定はご一緒でよろしいでしょうか」とレジの女性。家内はキョトン。火山は吹き出した。意味を察したレジの若い彼女、大慌て――。「もちろん、よろしいですよね。決まってますよね…」。火山夫婦は<夫婦>に見えなかったらしい。4月5日、その日は火山夫婦の41回目の<結婚記念日>だった。げっ! |
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「西行ほど桜の歌を数多く、しかも生涯、歌い続けた歌人はいない。吉野の桜だけでも、六十余首を数えるが、古典和歌をざっと調べてみても、実際に吉野の山に踏み入り、そこに咲く桜を目のあたりにして詠んだ歌人は、西行以外にはほとんど無かったといってよいのではないか」(河野裕子<西行と桜花>・小松和彦ほか「西行と兼好」ウエッジ・53頁)。 |






