火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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みなとみらいの「昼どきクラシック」に行ってきた。神奈川フィルのコンサートマスターも務めた尾花輝代允(おばなきよみつ)の司会。楽しい。だいぶ板についてきた。「このステージは低いし、階段で客席に降りられる。親しみが持てますね。演奏者と一体。一番前が特等席かも知れませんね」…。賛成。火山は今日もカブリツキだ。

ヴィニアフスキーの「モスクワの思い出」のヴァイオリン・ソロから始まった。超絶技巧で一気に弾きまくる。ラフマニノフの「ロマンス」「ハンガリー舞曲」と続く。<特等席>へサービスということで、ここでハープの登場。ハープを弾く女性は全部<美女>に見えてしまう。フルートとの合奏に身を乗り出した。ロッシーニの「アンダンテと変奏」…何でもいいや。ハープなら…。

アンコールはピアソラの「リベルタンゴ」。ハープ、フルート、チェロ、ヴァイオリン、ピアノの五重奏。なかなか素敵。終わりかと思ったら、全員で滝廉太郎の「花」を歌おうという。一人ずつ弾き手を紹介、「花」のメロディを、繰り返し楽器を代えて聴かせてくれた。
火山も思いっきり歌ってきた。

最後が良かった。聴衆が退場する間、最後の一人がホールから消えるまで、ステージでは5人の弾き手が演奏を続けるという―――。延々と「花」の合奏が続く。凄い。

そういえば前回は「シェルブールの雨傘」で送ってくれた。コンサートも競争が厳しい。
尾花輝代允、神フィルだけでなく、京都市響、読売響、札幌響とコンサートマスターを歴任したが、今はフリー。食うためにいろいろ工夫している(?)…。でも偉い。

ランドマークの吹き抜けホールで、ピアノ生演奏を聴いた。ピアノを弾く女性も<美女>に見える(?)。もっとも今日はシラフ。酔ってないと、そうは行かない。でも30分足らず、しっかり聴いてきた。もっとも、聴いたことのある曲とは思うが、曲名が浮かばない。分ったのは「シェルブールの雨傘」ぐらい。火山も老いた。

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「建久元年(1190年)旧暦2月16日、西行は73歳の生涯を終えた。長年の友だった歌人・藤原俊成は歌集「長秋詠藻」に西行をしのんで次のように記した。

「かの上人、先年に桜の歌多くよみけるに〜<願はくば花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃>〜かく詠みたりしを、をかしく見たまへしほどに、つひにきさらぎ十六日、望月(もちのひ)をはりとどけること、いとあはれにありがたく覚えて、物に書きつけ侍る」(ウエッジ社<感じる旅、考える旅>「トランヴェール」3月号・18頁)―――。

人はいずれ死ぬという運命の中に生きている。西行も死期が近いと悟り始めると<出家遁世>の<初心>を自己完結させた姿で死を迎えようと、ひたすら念ずるようになる。そして<釈尊>の<入寂>と同じ日に死ぬことを願った。

旧暦2月16日、望みどおりの満月の夜、今を盛りと咲く桜のもとで西行は寂滅した。歌人たちは驚愕した。そして西行の予告どおりに見えた、死は彼の歌名を不朽のものとした。しかし、仏教者の多くは<数奇者の演技>と冷ややかに見た。いつの世にも嫉妬はある。だが<愚管抄>で知られる天台座主の慈円は、後鳥羽上皇の宮廷で西行とともに歌を詠んでいた。慈円は西行の死を高く評価している。

<愚管抄>――。鎌倉時代初期に天台座主の慈円が書いた歴史書。だが関白・藤原兼実の実弟だった慈円。天皇家と運命を共にし、源平盛衰の歴史の中に生きた。その意味で「愚管抄」は単なる歴史書ではない。慈円は多くの人物にインタビューを試み、自分の歴史観を検証しながら、自らが考える理想を説こうとした。慈円が見た西行、その意味で面白い。実は火山、定年直後から4年間、ある高校の公開講座で原典を読み通した。

西行の俗名は佐藤義清(のりきよ)。鳥羽上皇の宮廷を守る「北面の武士」だった。23歳の保延(ほうえん)6年(1140年)に出家していることが内大臣・藤原頼長の日記「台記」によって知ることができる。
史上最年少の17歳で内大臣になった頼長は「日本一の大学者、和漢の才に富み」と謳われる人物。実は慈円の叔父だ。しかも鎌倉幕府を開いた頼朝の父・源義朝が敗死する原因となった保元・平治の乱を引き起こした<張本人>なのだ。頼長の「台記」の記述。

「そもそも西行は、もと兵衛尉(ひょうゑのじやう)義清なり。重代の勇士をもって法皇に仕え、俗時より心を仏道に入る。家富み、年若く、心に愁いなきに、ついにもって遁世す。人これを歎美する也」――。
内大臣頼長から見ても<家富み>といわせるほど裕福で<重代の勇士>。武勇にも優れていた義清の前途は誰が見ても有望だった。それなのに出家・遁世した。人々が<歎美>して当然と内大臣頼長は書く。

上皇の御所を警護する<北面の武士>は「武芸に秀れ、美貌をそなえ、教養を身に付けていることが、この職を全うする条件であった」(小松和彦ほか「西行と兼好」ウエッジ・29頁)――。歴史のめぐり合わせは面白い。義清の先祖は藤原秀郷。あの平将門を滅ぼした豪族だ。奥州に覇を唱えた藤原秀衡も義清の遠縁にあたる。凄い名門だ。

その義清(西行)が、なぜ出家したのか。諸説があって定説はない。出家とは仏門に入って修行すること。23歳の義清にはすでに妻子がいた。23歳の脱俗は<世の無常>に帰すには早すぎる。面白いのは鳥羽天皇のお后で絶世の美女と謳われた待賢門院璋子(しょうし)に失恋したというもの。だが義清は女性に非常にもてたらしい。「倫(みち)ならぬ恋、恐れ多い恋であっても、これは失恋とは言い難いだろう」(「西行と兼好」30頁)。

「方丈記」で有名な鴨長明の<発心集>に面白い記述がある。義清には20歳前後の弟がいた。その弟に莫大な財産を譲り、妻子の扶養を含め、後事を託したというのだ。「出家しても霞を食べて生きていけるわけではない。まして草庵を結んだりする費用や旅の路銀など、あの時代にしても多額にのぼるはずであるから、出家遁世を企てた段階からその算段はしていたはずである。そのことを本人が口外しないだけである」(「西行と兼好」33頁)。

「西行と兼好」で<西行とは何者か>(27頁)を書いた松永伍一は鋭く分析する。「経済問題を無視して大胆に行動に出るほど無謀な男ではなかった。『妻子はどうする』と質問する人がいても、『世を遁れて生きるのだから、そういう事柄は一切関知しない。そんな世俗のしがらみを排することにこそ意味がある』と答えればよい。西行の二重人格性の面白さは、スタートから、つまり(出家の)謎の始まりのところから発揮されていて、美化された伝説に飼い馴らされた私たちが、それをいとも易々と見落としていたのだ」(34頁)。

「準備万端を整え、妻子の安全も確保した上で<出家遁世>した」では<歌人西行>の評判に響く。剛毅な武士の魂を持った義清も後の西行も実は世俗の本質を知悉していた。全部、計算づくだった。

「企画力と演技力は死の場面にまで続けさまに発揮された、といえようか。伝説は見事に彼の存在をかばってくれた」(松永・34頁)――。<願はくば花の下にて春死なんむ>は<数奇者の演技>だろうか。連載で考えてみたい。
(平成19年3月30日)

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世界的ヴァイオリニスト<前橋汀子>さんの<愛の喜び>アフタヌーンコンサート。久しぶりに日本を代表する<名花>の<超絶技巧>が聴ける。さすがの火山もワクワク、ドキドキ。カブリツキの最前列に席を構えた。写真を撮りたいが、コンサートは普通、<撮影禁止>だ。じっと我慢!

待つこと久し!ステージが輝き、一段と明るくなった。純白の豪華なドレスを痩身にまとった美女が現われた。「お綺麗ね」――。お隣の奥様が思わずため息。そう、年令を忘れさせる颯爽たる歩み。ヴァイオリンを抱え、前のめりに、ステージ中央へ。そして唖然!一気に弾き始めた。マスネーの「タイースの瞑想曲」――。余りにも有名、世界中のクラシックファンが聴きたいヴァイオリンの名曲。満場の熱気を先取り、待ったなしで演奏を始める気合!この気迫が凄い。普通の奏者は一瞬でも間をおく。だが…。

最高に盛り上がって、惹きこまれて終演。だが一転、軽快な「美しきロズマリン」。クライスラーの名曲を、間髪いれず弾き始めた。「愛の喜び」「愛の悲しみ」との3部作の一つ。ローズマリーは花の名だが、少女の名前でもある。第3曲はベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」――。10曲あるベートーヴェンの第5番、ヘ長調。<春>とはベートーヴェンが名付けたものではないが、流れるような爽やかで明るいメロディーは、いかにも「スプリング」(春)に相応しい。

前橋汀子さん――。最近は小品を中心とした親しみやすいプログラムによるリサイタルを全国各地で展開、2005年から年1回、東京サントリーホールで開催している「アフタヌーンコンサート」は毎年、好評を博しているという。本日は<横浜みなとみらい>版だろう。だが名手・前橋汀子さん、2007年にはヴァイオリン音楽の原点とも言うべきJ.S.バッハも「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ」全曲演奏会を成功させている。本格的プログラムにも積極的に取り組んでいる。

2008年〜2009年のシーズンには2夜にわたるベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会も実現。本日聴く「スプリング・ソナタ」も、その1曲だ。素晴らしい名演。第一部の最後を飾るのが、まさにJ.S.バッハの<シャコンヌ>!「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調」からだ。ピアノの響板が下ろされた無人のステージに、ただ独り、名花のヴァイオリンが響く。スポット・ライトが燦然と強烈だった。

20分の休憩で第2部。シューベルトの「アヴェ・マリア」――。ハープを模したピアノの華麗な伴奏に乗って、嫋々たるヴァイオリンが鳴り響く。凄い!続いて「愛の喜び」「愛の悲しみ」とクライスラーの3部作――。ただウットリ。ヴィニアフスキーはポーランドの作曲家。そして近代ヴァイオリン演奏法の基礎を築いた大ヴァイオリニスト。前橋汀子さん、「モスクワの思い出」を選んでいた。ロシア民謡「赤いサラファン」を使った華麗で自由な幻想曲。

次がドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」――。歌曲集「ジプシーの歌」の第4曲。チェコの作曲家。「老いた母が私に教えた時、目に涙を浮かべていた。私がその曲を子どもに教える時、日焼けした頬に同じように涙が流れる」――。ジプシーの響きが心を打つ。

ドヴォルザークをもう一曲。「スラブ舞曲」(作品72−2)。火山が愛してやまない甘美な曲。貧乏な肉屋の倅。場末で演奏していたドヴォルザークを、ブラームスが世に送り出した。オーストリアの政府国家奨学金の審査員だったブラームスがドヴォルザークの才能を見抜き。併せて出版社を紹介。この「スラブ舞曲」を誕生させた。ブラームスの「ハンガリア舞曲」の大ヒットにならった出版は大成功。「柳の下にドジョウが2匹」いた。もともとはピアノ連弾用だったが、クライスラーがヴァイオリンに編曲した。

ファリアの「スペイン舞曲」第1番――。油に乗ってきた前橋汀子さん――。ジプシーの歌、スラブ舞曲、スペイン舞曲と次第に、情熱的になってきた。火山、前橋汀子さんはジプシーの血に燃える女性のような気がしてならない。全身全霊で演奏に打ち込む。これが実に<魅力的>――。目の前で美女の乱舞を見るような、そんな<興奮>を覚える。

そして一気に「ツィゴイネルワイゼン」――。つまり<ジプシーの歌>!いうまでもない、サラサーテの超有名曲。ジプシーの曲にハンガリーのチャルダッシュの民族舞曲の要素が合流する。華やかに、かつ激しい情熱の高まりの中で、超絶技巧は終わった。<ブラーヴァ!>。火山、思わず絶叫していた。今日は珍しくアルコールは断っている。でも絶叫!

美貌の前橋汀子さん――。あでやかに笑い、何回もステージで、ヒザを折った。純白のドレスに紅いバラ。ヴァイオリンは愛用の名器、1736年製作のデル・ジェス・グァルネリウスという。2004年日本芸術院賞受賞――。

アンコールはドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」――。1曲だけかと思っていたら、なんと続けてブラームスの「ハンガリア舞曲」第1番。これも絶品!凄い!大サービスと思っていたら、前橋汀子さん、ノリノリ。ついでにもう1曲。「ハンガリア舞曲」の最高傑作<第5番>も熱演した。満場は盛大に沸いた!!

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