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「両親は将棋を指さないので家には将棋盤も駒もなかった。将棋の存在を知ったのは小学校1年の友人の家。それも最初はまわり将棋やはさみ将棋。高度成長期前後の子どもとあまり変わらぬ将棋の『初手』である。▼小学2年で将棋クラブに入ったが、あまりに弱くて、本来なら8級からスタートするところを15級からとなった。将棋の羽生善治棋聖(47)。第30期竜王戦を制し、史上初の『永世七冠』を達成した」と「東京」コラム<筆洗>(12月6日)。えっ、昭和31年4月、慶大・日吉キャンパス「将棋部」だった火山、刮目――。
「幼き日、人よりも低い15級からとぼとぼと歩き始めた険しき道は誰も見たことがない頂へとつながっていた。▼普通の子どもならへこたれそうな15級からのスタートはむしろその小学生を将棋のとりこにしたという。少しずつ少しずつ着実に級が上がっていく。それが楽しい。何よりもどんなにやっても勝つためのコツが分からない将棋が、面白くてしかたがない。▼旺盛な好奇心と探求心。それが普通と変わらぬ子の才能を開花させ、『永世七冠』の道案内役となったのだろう」(筆洗)…。一度は「捨てた将棋」。だが火山、再び刮目!
「▼色紙には『八面玲瓏』(れいろう)の『玲瓏』の2文字を書く。山の頂から眺める澄んだ景色であり、迷いのない心境のことだと語っている。▼将棋のコツは今でも分からないという。今その頂に立ってこれまでの歩みを振り返り、その景色に満足しているだろうか。その好奇心と探求心はそれを許すまい。更に高き山を探し、顔を上げている」と「筆洗」は結ぶ――。昭和31年(1956年)4月、<19歳>の火山、<慶大>経済<I>組。同級生に<西室泰三>(後の東芝社長・会長。日本郵政社長。経団連副会長。故人)が、名前を連ねていた――。
「将棋は<人生>を賭けるに足りない」!夏休みにシュトルム「みずうみ」を<ドイツ語>原書で<読破>、学生サークル「ドイツ文化研究会」で頭角を現し始めた<優等生>火山が叫んだ。「慶応高校」時代、第2外国語で「ドイツ語」を選んだ火山、昭和28年(1953年)4月、NHKラジオ講座で<桜井和市>(学習院大・文学部教授。1902年〜1986年)の「ドイツ語」講座を聴き、ドイツ語の<魅力>に目覚めていた。これが慶大1年で「ドイツ文化研究会」加入の動機!だがそれがまた一時は「人生を賭ける」とまで思い込んだ<将棋部>を捨てた動機――。
「慶應高校」<3年>になった火山、<医学部>進学候補<ドイツ語優等生>クラス<D>で3人の「将棋愛好家」と出会った。お互いの「趣味嗜好」を確認し合った途端、休み時間をフルに活用、<将棋>合戦に夢中・熱中が始まった。火山の「勝率は高かった」と今も、<自負>している。1956年(昭和31年)卒業から<61年>余。今秋もクラス会が、横浜<山手十番館>で11月15日(水)、開催された。日本仏教界や財界・学界などで<盛名>を極めた人材がいる中、火山が「一目」置かれるのは高校時代<実績>のなせるワザ――。
この<慶應高校>3年(1955年)の秋、「北海道一周」の<修学>旅行があった。ドイツ語・フランス語と「第2外国語」<18>クラス900名の慶應ボーイが「専用」列車に<同乗>!「10日間」に及ぶ<周遊>だった。小樽・函館・摩周湖・帯広など火山の印象を揺さぶったが、途中何回も<席替え>があった中、<ドイツ語>担当<謹厳>で鳴る<ウムラウト>先生とボックスを共にしたことがあった。ドイツ語<大好き>の火山、緊張した。だが意外、<お髭>が声音記号(ウムラウト)似で知られたドイツ語「教師」、火山に超好意的――。
ドイツ語でも<優等生>だった火山。彼氏が<高く>評価、親密感を持っていたと判明した。お蔭で話が弾み、楽しく有意義な思い出ができた。「ドイツ語」学習が一段と進み、これが「経済学部」唯一のドイツ語中級(優等生)クラス<I>組に、火山が<選抜>される誘因となった。慶應も不思議な「教育方針」!「高校」3年間、<第2>外国語を必修させるのに、いわゆる<大学予科>では<独仏>とも「1クラス」。計<2級>100名を除き、他の800名超を一般<受験生>と同様に、<初級>から<再履修>させていたのだ。唖然――。
だがいずれにせよ、<予科>(大学1年)の1956年(昭和31年)4月の火山、「ドイツ文化研究会」と「将棋部」に加入したが、「夏休み」を過ぎると<将棋>を捨てる<覚悟>を決めた。しかも「生意気」…。「将棋は人生を賭けるに足りない」と<放言>した。「この人は<力>将棋。一気に押してくるが、受け方さえ間違えなければ、大したことはない」と指導に来た日本将棋連盟の<若手>プロ。「力将棋」の火山を<木っ端みじん>にした――。
「国民栄誉賞検討の羽生竜王。家内が『ニュースでこういうのが出てるよ』と」と「スポーツ報知」(12月13日)…。「政府が国民栄誉賞の授与を検討していることが明らかになった将棋の羽生善治竜王(47)が13日、日本記者クラブで会見し『検討していただけるだけで名誉なこと。引き続き棋士として邁進していきたい』と述べた。まだ政府関係者からの連絡はなく、朝の報道を通して知ったとし、家内(理恵夫人)が『ニュースでこういうのが出てるよ』と。大変名誉なことだと思いました」…。えっ、「将棋って、人生を賭けても良かったのか」。キツイ冗談!
「国民栄誉賞を受賞した方々は大変な活躍をされた方ばかりなので』と言葉を選びながら心境を語り『個人としても将棋界にとっても大変名誉で光栄なことと考えております。自分なりに変わらず一生懸命やって前に進んでいくこと』と述べた。授与検討の契機となったのは、5日まで行われた第30期竜王戦7番勝負で挑戦者として渡辺明前竜王(33)に勝ち通算7期目の竜王位を奪還、永世竜王の資格を得たこと」(スポーツ報知)――。自分なりに一生懸命…。ご立派。
「全ての永世称号を制覇する『永世7冠』を達成したことについて『30年以上、棋士の生活を続ける中で一つの大きな地点に辿り着くことが出来たことに感慨があります』と語っていた」。
(平成29年12月15日)
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