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「旦那、そんな飲み方してると、カラダ、壊すよ」…。1960年(昭和35年)4月。今を去る<57年>前。だが今も忘れない。当時、「JR南武線」沿線の中堅電機メーカーの新入社員となった火山、既に「立ち飲み屋」の常連。<一気飲み>に快感を覚えていた――。「美人3姉妹の立ち飲み屋」。2005年9月16日開設のブログ「火山の独り言」(Yahoo! JAPAN☆☆☆)で<10年>を超えた今も投稿の都度、ビジターを稼ぐ<人気>作品の一つ――。
「君に一つ確認したい。君は思想は大丈夫か」(アカじゃないよね)――。「ミッチーブーム」(皇太子ご成婚)で沸きに沸いた昭和34年秋。<就活>に励む火山。わが社の第3次「社長面接」が済むと廊下まで追ってきた人事課長から質問された。当時は「60年安保」。慶大三田キャンパス「平和の会」委員長だった火山、一流企業から<軒並み>の門前払い――。「就職できそうもない。留年させてほしい」と母に訴えた。「そういう話は、お父さんにして」と母…。父は「ああ、自分は<佐倉惣五郎>を生んでしまったのか」と涙ポロリ――。
だが当時の「わが社」…。<三種の神器>と謳われたテレビ・冷蔵庫・洗濯機が飛ぶように売れ、<家庭電化>ブームで空前の好景気の渦中。一気に<1800名>もの<新人>を採用。大卒だけでも<300名>。<人材>に飢えていた。そんな中、「君は思想は大丈夫か」と尋ねた人事課長。「大丈夫です」。火山が即答すると「よし、合格」とニッコリ笑ってくれた。
嬉しかった。何しろ学生サークル「ドイツ文化研究会」代表の火山、仲間<合格>が続く中、<泣きの涙>の連ちゃんでは惨め!しかも「ドイツ文化研究会」には火山が密かに<想い>を寄せる<独文科>2年の女子学生がいた。「決まらない」では<代表>の肩書が泣く――。だが人事課長、火山を「人事課」に配属した。同期の大卒、300名超もいたのに、火山を選りに選って自分の配下、つまり「監視下」に置いた。「この男、<見所>あるが、<危険>もある」。そう、睨んだのだろう。しかも火山を一般に先駆け、3月1日に出社させた――。
この1960年(昭和35年)、歴史に残る「60年安保」で日本中が揺れていた――。「1月、安保闘争起こる。三井三池闘争。2月、全学連の羽田デモ。夕張炭鉱ガス爆発。5月、衆議院、深夜に新安保承認案を可決。警官と社会党議員の大混乱。安保騒動起こる。日米修好100周年祭に吉田茂渡米。6月、ハガチー事件。全学連デモ、国会乱入」(児玉幸多編「日本史年表・地図」吉川弘文館)…。警官隊との激突で東大生<樺美智子>死亡。大騒動に――。
なぜ火山、が3月1日に呼び出されたのか――。わが社、<電機労連>史上に残る<100日闘争>の渦中にあった。「60年安保」で<葛藤>が深まる中、<政官労使>の<亀裂>も激化、「臨時工の首切り」に端を発した紛争が<争議>に発展。テレビ、冷蔵庫、洗濯機の生産工場を<スト>の嵐に追い込んだ。赤旗を掲げた<労組>デモが工場敷地内で荒れる。チラシ、ビラの乱舞。勢い、会社(経営)側も黙っていられない。人事課長が目をつけたのが火山の<特技>(ガリ切り・謄写印刷)…。切迫していたのだ。火山、初日から徹夜――。
昼過ぎに届く「社長室長」(労務担当)の<原稿>…。火山の<ガリ切り>が始まり、チラシ8000枚を徹夜で<謄写印刷>!翌朝、出勤してくる従業員(組合員)に<門前>で配る。火山の反対側には<労組>幹部。会社側は「勤労課」(労務担当)若手。互いに必死だ――。昼休みになるとあちこちで「職場集会」。<労組>幹部がやってきて<オルグ>活動!組合員への<教宣><扇動>…。勤労課若手は手分けして<偵察>に出向く。火山も動員される。ゼミで「資本論」「唯物史観」「日本資本主義発達史」の研鑚を積んだ火山、情勢把握、抜群!
火山の報告、<超的確>!簡潔で要点をつく。戦時中、「陸軍中野学校」で学び、「ルパング島<小野田>少尉の同期<情報将校>だったという<勤労課長>!火山の<異能>をたちまち見抜いた。「君は直接<社長室長>に報告してくれ。ご質問への応答も、君に任せる」!♪ナンタルチ〜ア♪…。慶大<就職部>職員から「あなたは、この成績でなぜ<銀行>を受けないのですか」と聞かれた火山。「メーカーに就職。生涯を<労働運動>に捧げたい」と口が裂けても言えなかったのに…。♪ナンタルチ〜ア♪「ハケ口」が<立ち飲み屋>――。
「暖簾をくぐると<お帰りなさい>という嬌声が響く。美人三姉妹がやっている。中央にぐるりとカウンター。真ん中に陣取る女性が酔っ払いのお相手をしてくれる。<ほろ酔い>で入り、<泥酔>寸前まで飲んだり、食べたりが決まりだった。回りは全部安サラリーマン。美人三姉妹を適当にからかい、勝手な話で気炎を上げている。気楽だ。時々<俺はエリートだ>という顔をしたり、話題にする手合いがいるが、それこそ<おサト>が知れている。2000円も飲もうとしたらグデングデン。こんな<安い>店にエリートが来るわけがない。
火山はいつも一人。黙って飲むだけ。しゃべったことはなかった。でも周囲のオシャベリを聞いたり、酔態をみていると<天国>だった。定年になり、ぴったり行かなくなった。当たり前。近くを通らないのだから。でも3年前、会社近くの高層ビルでフォーラムがあった。現役時代を思い出しながら参加した火山、帰路、酔った勢いで寄ってみることにした――。これが最後>と思った。カウンターの彼女と初めて言葉を交わした。美人三姉妹と書いたが、実は全員が70代。シワシワのおばあちゃんばかり。でもカウンターの彼女、気風がいい。
――定年から4年。覚えているはずがない。でも<常連だった>と打ち明け、彼女の仕事っぷりを褒めたら喜んだ。大いに談笑。周囲が呆れた。でも大散財。懲りた。今の火山、立ち飲みに行く余裕もない。外語短大に通う「かんのん通り」に一軒見つけた。でも入ったことはない。今後も入らない。定年になってもガード下の<屋台>に行かれる親友が羨ましい。
(平成30年1月1日)
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