火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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明けましておめでとうございます。私<風林亭火山>、お蔭さまでこの春を<傘寿>80歳で迎えました。極めて<元気>です。昨年9月と11月、<慶応>高校クラス会が<2つ>あり、それぞれ<15名><10名>の旧友と再会しました。年を重ねる毎に少しずつ減る。これも<世の定め>と思います。そんな中、最近、しみじみ思うのは「生きていて、良かった。生まれてきて、良かった」ということ。誠に<有難い>と「ご先祖さまに感謝」です。

そう申せば、私<火山>…。「鶴見・北村(仮名)両家の最年長」となりました。「言葉」を替えると「ご先祖さまに一番近い存在」ということ。また「見方」を替えると「ご先祖さまの<生き様>や<歴史>に最も<長く>接しており、その記憶を<次の世代>に語り継ぐ<責任>を一番多く背負ってるということと信じます。この新年会。その覚悟で臨みました。

ご承知のとおり、今年<2018年>は「明治維新から150年という節目」に当たります。「江戸期の<農業>経済から近代の<工業>経済に生まれ変わった」――。「文明開化」「国際化」の時代に生まれ変わった。そういえば今年の「NHK大河ドラマ」は<せごどん>」。西郷隆盛です。ちょうど半世紀前の昭和40年代初期。新婚早々だった小生。中央公論社が企画した「日本の歴史」(全26巻)を<月1冊>ずつ「2年4ヵ月」をかけて読み通しました。「神話の時代から明治・大正・昭和まで」。「歴史を読む」とは「世の中」を知るということです。

1960年(昭和35年)3月1日に始まった「サラリーマン生活」。勤務先は7000人規模の「中堅電機」(国際企業)でしたが、ちょうど20年前の1997年6月20日に<定年>を迎えました。アメリカ、カナダに<海外>出張も体験しました。英語もドイツ語も、フランス語、中国語、韓国語も学び、使う機会もありました。

英語はネイティブとも自由に会話できるという「TOEIC」<A級>の資格も持っています。韓国語(ハングル)も「ソウル旅行」の前に必死に勉強。ソウルのロッテ横丁の露店で使いまくったら、ナント「現地店員」から「ダンナ、ここ<日本語>通じるよ」と言われてしまった。家内に「なんで、日本人と分かったのかな」とボヤいたら、「バカね、どこまで<うぬ惚れる>つもり」と笑われた。なんとも<辛く悲しい>思い出です。

もっとも「辛く、悲しい」といえば「80歳記念」の<健康診断>の際、ご当地に移り住んで以来<37年>余り付き合ってきた<主治医>に「90歳まで生きる」と<覚悟>を告げたのですが、彼氏、何と言ったか。どう思いますか――。ナント「絶対、ムリです」。即座に<太鼓判>!正直、ビックリポン。なぜか。「糖尿病」と「心房細動」…。簡単にいえば「<脳梗塞>でいつ倒れても不思議じゃない」と抜かした。

そこで思い出した。もう10年以上、親しく交際している「美人ピアニスト」の<ご主人>。「都内総合病院」<循環器内科>責任者<科長>…。初夏の6月6日(火)に「精密検査」を受けた。ナント「正真正銘の<糖尿病>です。<心房細動>も<薬>を差し上げます。キチンと飲んでください」――。そこで<一大決心>!<2ヵ月余>の72日間、お酒をやめた。<全快>と信じて頑張った。でも<結果>は…。「今後も<薬>を飲み続けてください」――。そこで小生、断固<決断>した。「よし、<酒>も生涯、飲み続けよう」――。これが<傘寿>80歳の「人生設計」です。    
(平成30年1月4日)

京都日帰り旅行

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日経のコラム「春秋」を見たら「新幹線や高速道路、高層ホテルの開業など、あの年の東京は大変身…」と東京オリンピックの40年前を思い出させてくれた。「走る哲人」アベベ、「体操の女王」チャフラフスカなど未知の国のスター…。懐かしい。

でも本当に思い出したのは「京都日帰り旅行」。新幹線が開通して「最もナウいのが…」と週刊誌に紹介されていた。そう、京都日帰りデート。やってやろうと思った。独身貴族でおカネはあった。相手もいた。OKと返事ももらった。だが「待った」をかけた者がいた。彼女は寮生だった。管理人が「外泊は認めない。日帰りというが、新幹線などアテにできない。もし日帰りできなかったらどうする」と反対したのだ。まだ開通したばかりの新幹線。信頼されていなかった。条件を出した。「帰りが飛行機ならよい」。

この管理人。もちろん「飛行機といえば男も諦める」と計算した。「それでも…」と言うはずがない。今と違って飛行機は高い。湯水のようなおカネの使い方をするはずがない。そんなバカはいない。そう思った。でも、いた。

朝一番の薄暗い東京駅に現れた彼女を見て、ボクは感激した。「一生をともにしたい」と心に誓った。寮を出たのは4時頃に違いない。当時は大変なことだったのです。

どんな京都だったか、まるで覚えていない。覚えているのはこの管理人、家内と私との結婚に強硬に反対したこと。「見込みがない」と家内に言ったそうだ。カネ使いが荒いからではない。私の仕事ぶりを毎日見ていた。そう寮や寮生の様子を毎朝、私に報告していたのです。もちろん、家内の京都行きの相手であることも知っていた。だが「飛行機なら…」と言ったのが大失敗。そう言って反対していなかったら、二人はどうなったか分らない。なんちゃって…。日経のコラム「春秋」を見たら「新幹線や高速道路、高層ホテルの開業など、あの年の東京は大変身…」と東京オリンピックの40年前を思い出させてくれた。「走る哲人」アベベ、「体操の女王」チャフラフスカなど未知の国のスター…。懐かしい。

でも本当に思い出したのは「京都日帰り旅行」。新幹線が開通して「最もナウいのが…」と週刊誌に紹介されていた。そう、京都日帰りデート。やってやろうと思った。独身貴族でおカネはあった。相手もいた。OKと返事ももらった。だが「待った」をかけた者がいた。彼女は寮生だった。管理人が「外泊は認めない。日帰りというが、新幹線などアテにできない。もし日帰りできなかったらどうする」と反対したのだ。まだ開通したばかりの新幹線。信頼されていなかった。条件を出した。「帰りが飛行機ならよい」。

この管理人。もちろん「飛行機といえば男も諦める」と計算した。「それでも…」と言うはずがない。今と違って飛行機は高い。湯水のようなおカネの使い方をするはずがない。そんなバカはいない。そう思った。でも、いた。

朝一番の薄暗い東京駅に現れた彼女を見て、ボクは感激した。「一生をともにしたい」と心に誓った。寮を出たのは4時頃に違いない。当時は大変なことだったのです。

どんな京都だったか、まるで覚えていない。覚えているのはこの管理人、家内と私との結婚に強硬に反対したこと。「見込みがない」と家内に言ったそうだ。カネ使いが荒いからではない。私の仕事ぶりを毎日見ていた。そう寮や寮生の様子を毎朝、私に報告していたのです。もちろん、家内の京都行きの相手であることも知っていた。だが「飛行機なら…」と言ったのが大失敗。そう言って反対していなかったら、二人はどうなったか分らない。なんちゃって…。

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