|
「首都圏を襲った4年ぶりの<大雪>にお疲れの方もいるだろう。遅れ気味の<通勤>電車は超満員。慣れぬ雪道をそろりそろりと歩くだけでもひと苦労である。ご近所の目を気にして、雪かきに手を出すも、数分で背中が痛い。▼といいつつも都会に住む人は滅多に積もらぬ雪にちょっとばかり心が躍るようなところもあるのだろう。近所の<鮮魚店>のご主人は『酷いめに会いましたな』などといいつつ、その顔がほころんでいたりする」と「筆洗」(1月24日)…。火山もまた、あの日は<霞が関>官庁街にいて、夜10時の帰宅――。
「▼ケガをされた方がいる。<豪雪>地帯では雪に悩まされ続けている。そう考えれば、あまりのんきなことも書けぬが、雪の降った夜、車もめっきりと減り、<針>一本落としてもその音が聞こえてきそうな、しんと静まり返った白い町にちょっと感じ入ったりするものだ」(筆洗)…。そう、夜9時過ぎ、いつもの最寄り駅に辿り着いた火山だが、ほろ酔い。タクシーを拾うつもりが、「欠航中」とシニア女性の親切な助言を得てしまった。なに1キロ弱の自宅…。すぐ決意して歩き始めた。だが積雪もある。30分近く要した――。
「▼そんな気分も一瞬にして消し飛んでしまう<自然災害>の発生である、群馬県と長野県の境にある草津<白根山>が<噴火>した。▼<噴石>によってスキー場で訓練中の自衛隊員が亡くなっている。東京の雪とは比べることができぬ、荒ぶる<自然>の<脅威>である」(筆洗)…。「荒ぶる<自然>」とコラム。でも腹が立たない。時には「自然の脅威」に<身>を委ねるのも何か嬉しい。豊かな気分だった。これも<傘寿>80歳の<余韻>か。
「▼<年>が改まって僅か3週間余。今年こそは大きな<自然災害>のない良き年にと、日記の白いページに願ってみてもそれが難しい、全世界の<活火山>の約<7%>が集中するわが国の<過酷>な宿命か。いつ、どこでの心配は尽きぬ。ならば<監視>と<警戒>を強めるしかない。降ってくるのは<風情>ある雪ではない」(筆洗)…。「降ってくる」のは「スキー場で訓練中の自衛隊員の生命を奪った」とでもいいたいのだろうか。だが、そうであっても「自然の脅威」。人間には避けようもない。ならば<受容>しかない――。
「古典落語の人情噺(ばなし)『芝浜』の舞台は東京・JR<田町駅>周辺だ。大酒飲みでうだつのあがらぬ魚の行商人が大金の入った革財布を拾う海岸は、今の山手線の線路のあたりだ。漁師の網干し場のすぐ隣には、薩摩藩の江戸上屋敷があった。落とし主は、藩の関係者だろうか。▼東京大学史料編纂所が所蔵する『薩摩藩上屋敷図』を眺めると、そんな空想が浮かぶ。第一京浜と桜田通りにはさまれた東西約800メートル、南北約300メートルの広大な敷地」と「日経」コラム<春秋>(1月19日)…。慶大卒の火山、薩摩邸を熟知。
「雄藩にふさわしく庭園の池には橋が架かり、能舞台もあった。駅に程近いNEC本社ビルの植え込みに置かれた<薩摩屋敷>跡の石碑が往時を偲ばせる。▼幕府側が藩邸を焼き払ったのは旧暦慶応3年(1867年)12月25日。新暦では150年前の今日の出来事だ。薩摩藩が<幕政>への<不満>を募らす浪士を集め、江戸市中で<略奪>や<放火>などのゲリラ活動を指図した<黒幕>とみて、庄内藩などに武力の行使を命じた。通説によると、幕府側を<挑発>し<朝敵>として討つための<西郷隆盛>の<計略>だった」(春秋)――。
「▼これが<鳥羽・伏見>の戦い、<戊辰>戦争の導火線になる。『芝浜』では、行商人の女房が拾った財布を役所に届ける。が、持ち主は名乗り出なかった。薩摩藩邸に出入りしていた<浪士>たちは幕府と取引のある商人の<金蔵>を襲った。財布は浪士のものだったのか……。空事にふけりつつ<幕末維新>ゆかりの地の歴史散歩を楽しんだ」(春秋)――。
「小御所会議で『短刀一本ですむ』と岩倉・大久保の奮起を促し、鳥羽・伏見の戦いでは「大砲一発は百万の味方より心強い』と狂喜した西郷。あの強さはどこへ消えたのか。討幕・門閥打破までの西郷は<進歩派>だった。だが下級武士の保護だけを考え<士族独裁>を夢見た途端<保守反動>に転落した。井上清はそういっているように思う」…。これは「火山ブログ」の書棚「明治維新」トップを飾る「ああ、<歴史の進歩>とは何か」(2005年11月1日)の一節。火山は1957年(昭和32年)4月・20歳の頃から「維新」を研究――。
「<征韓論争>で西郷は敗れた。板垣、江藤、後藤ら4参議は失脚。『明治維新』の著者・井上清は『西郷の弱さを見た』と書いている。大久保利通も人民の味方とはいえない。<官僚独裁>…。でも下級武士の利害だけで動く西郷とは違っていた。財政赤字、インフレ、輸入超過などが人民を苦しめると知っていた。<内治>が優先。殖産興業、富国強兵、文明開化が先と<歴史の流れ>を読んでいた」(「歴史の進歩」とは何か)…。
「『明治2年5月頃以降の民衆蜂起は関東以西の府県と各藩に多く、米価の暴騰、悪貨・贋貨の横行、太政官札の通用強制による生活困窮を素地とし、年貢諸負担の軽減、悪貨・不換紙幣の正貨との公平な率による引替えの要求…』と井上清」(中央公論社「日本の歴史」第20巻・139頁)…。「大久保は明治元年12月25日、岩倉に手紙を出した。『政府の自ら恐怖する所あるは必ず酷薄にして狐疑する所あるがゆえなり』。大久保や木戸は、この当時はまだ現実を直視して自己批判をする誠実さと勇気を持っていた」(「歴史の進歩」とは何か)。
「しかし人民の負担を軽くし、人民の権利を認め、倒幕戦に踏み切った時のような人民の支持をもう一度確保することは既に権力を握った彼らには難しいことであった』(142頁)…。ウーン。でもこの時の大久保、火山は好きだ」(「歴史の進歩」とは何か)…。2018年「NHK大河ドラマ」は「西郷どん」。火山、楽しみにじっくり観る予定。西郷隆盛も好きだ――。
(平成30年1月24日)
|