火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「『<成果主義>を前提に<賃上げ>に踏み切るべきだ』。フィデリティ投信の三瓶裕喜氏は2017年、ヤマトホールディングスなど複数の企業幹部にこう訴えた。企業が優秀な人材を集められなければ『持続的な<成長>に疑問符がつく。企業の労働環境の改善を促したい』と考えたからだ。本来、<株主還元>を<最優先>にする<投資家>から『企業による従業員の賃上げが必要』との声が上がり始めている」と「日経」(1月24日)…。

「企業に短期でなく長期の価値向上を促すべきだとの投資姿勢から、環境や社会分野などの取り組みを評価する『ESG投資』が活発化。その一環として投資家は<労働分配>にも目配りし始めた。日本企業は<05年度>から株主配当の伸びが従業員給与の伸びを上回るようになった。海外投資家を中心に配当水準を欧米並みに引き上げるよう求める声が強まったためだ。みずほ総合研究所によると、企業の生んだ付加価値に占める株主の取り分(株主等分配率)は<15年>に<8%>と<00>年から<6ポイント>上昇した」(日経)…。

「代わって低下したのが、従業員の取り分(労働分配率)だ。15年<74%>と94年以降で<最低>となり、<00年>から<9ポイント>低下した。業績の伸びほど従業員に利益が分配されていない。株主分配が欧米の水準に近づく間に、従業員への分配が置き去りになった面は否めない。従業員への分配をどうやって増やすか。日本企業の付加価値のうち最終的に企業に残る比率(内部留保比率)は<15年>に<11%>。米国の<4%>、ドイツの<7%>を上回る。日本は上場企業の現預金も約<100兆円>に上る」(日経)…。

「<内部留保>の積み上げを抑えれば<労働分配>に振り向ける<余地>はある。<人件費>の増加は短期的に見れば、企業業績の<重荷>になると懸念されがちだ。だが企業の人件費負担はかつてより小さくなっている。野村証券によると、大企業の売上高人件費比率は<17年>に<9.3%>。直近ピークだった<00年>の<10.5%>から<低下>傾向が続く」(日経)…。ナ・ナヌッ!「労働分配率」の<低下>!火山、看過できない――。

話は昭和30年代初期、今から60年の昔にさかのぼる。火山は<慶大>経済2年生(昭和32年・20歳)…。サブゼミで「最低賃金制」と「同一労働同一賃金」を学び、論じあっていた。指導の<K>助教授は<賃金論>の世界の俊秀で知られ!学会に旋風を起こしていた。火山も<論戦>に力が入った。だが三田キャンパスに移り、本ゼミとなった時、先輩から忠告を受けた。「K助教授は止めた方が良い。就職に差し支える」――。えっ、迷った火山、結局、「賃金論」専攻を諦め、マルクス「資本論」の<A>教授を選んだ。

2年後の昭和34年(1959年)秋、経済4年生となった火山、<就活>に臨んだ。だが三田キャンパス「平和の会」委員長だった火山、「ケガするなよ」と周囲から<忠告>されながら<60年安保>の国会デモにも出かけていた。当時も警察情報は発達していたらしく、火山、多くの「名門」企業から<門前>払い…。「あなたは、この成績で、なぜ銀行を受けないのですか」と<就職部>の職員も助言してくれた。「生涯を労働運動に捧げたい。だからメーカー」とは言えなかった火山。それでもやっと「中堅電機」三次<社長>面接へ――。

「どうしたら<景気>がよくなるか」と松下幸之助と並び称された<名物>社長(資本家)のご下問…。火山、即座に答えた。「はい、簡単です。<労働者>の<賃金>を上げてください」…。何しろ「昭和34年」(1959年)の秋。アベノミクスの<ア>の字もない――。「君、そんなんじゃダメだ」と社長、唖然!もっと驚いたのが<陪席>の人事課長。廊下まで追ってきた。「一つ確認したい。君は思想は大丈夫か」(まさか、アカじゃないよね)――。さすがの火山も「大丈夫です」と即答…。途端に人事課長、ニッコリ。「合格」と叫んだ。

だが人事課長は用心深かった。同期<大卒>新人を350名も採用したのに、火山の配属先は<直属>の人事課。ユニオンショップ制で人事部は<労組>加入できない。やがて管理職となった火山、昭和48年(1973年)春闘(石油ショック直後の狂乱物価)を人事部研修課長(会社側・団体交渉委員)で迎え、「電機労連」史上に燦然と輝く<30%><賃上げ>回答に<一役>買うハメともなった。だが火山、1997年(平成9年)6月の「定年」まで<1円>の労働組合費も払わず<サラリーマン>人生を終えた。人生は実に<皮肉>だ――。

「今は<人手不足>が色濃い日本の産業界だが、将来は人工知能(AI)やロボットが人間に代わり様々な作業を担うようになる可能性が高い。その時に<付加価値>を生み出せる人材をどう育てるか。問われるのは成果に応じた賃金や人材教育など人への投資だ。足元の実情は心もとない。学習院大学の宮川努教授によると、企業が給与や福利厚生を除いた、研修など<人材投資>にあてた費用は<12年>にピークの<91年>の<2割>弱まで減った。今後も人材投資を怠れば取り返しがつかなくなる」(日経)。火山、元人事部研修課長――。

「アベノミクスが始まって以来、3年間で企業の内部留保(利益剰余金)は73兆4千億円も増え、合計で約380兆円に達した。そのうち現金・預金は約2百兆円もある。これに対し、給料はというと1年目は合計で3・4兆円減少…」と「東京」社説(10月7日)――。

「(企業の<内部留保>が“3年間”で73兆4千億円も増えているのに)<給料>はというと1年目は合計で3・4兆円減少、2年目は4兆円、3年目は2兆円それぞれ増えたが、合計すると“3年”で2・6兆円しか増えていない」(東京)…。これでは<デフレ脱却>も<景気回復>もできない。<ケインズ>経済学のイロハのイ!<有効需要>不足の典型――。「景気の決め手は<賃上げ>」…。火山は1959年(昭和34年)秋、既に絶叫していた。
(平成30年1月25日)

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「安倍首相は<昨秋>の衆院選<大勝>で得た安定的な政権基盤を生かし、いかに政策面で<成果>を上げるかが問われよう。首相が衆参両院で<施政方針>演説を行った。『働き方改革』について『70年ぶりの大改革』と位置づけた。時間外労働の上限規制の法制化や『同一労働同一賃金』実現に意欲を示した。長時間労働の<慣行>を是正するとともに多様な雇用形態を確保、女性や高齢者の労働力を有効活用する方向性は妥当だ。関連法案の成立を急がねばなるまい」と「読売」社説(1月23日)…。<慣行>是正には<蛮勇>を要す。

話は昭和30年代初期、今から60年の昔にさかのぼる。火山は<慶大>経済2年生(昭和32年・20歳)…。サブゼミで「最低賃金制」と「同一労働同一賃金」を学び、論じあっていた。指導の<K>助教授は<賃金論>の世界の俊秀で知られ!学会に旋風を起こしていた。火山も<論戦>に力が入った。だが三田キャンパスに移り、本ゼミとなった時、先輩から忠告を受けた。「K助教授は止めた方が良い。就職に差し支える」――。えっ、迷った火山、結局、「賃金論」専攻を諦め、マルクス「資本論」の<A>教授を選んだ。

2年後の昭和34年(1959年)秋、経済4年生となった火山、<就活>に臨んだ。だが三田キャンパス「平和の会」委員長だった火山、「ケガするなよ」と周囲から<忠告>されながら<60年安保>の国会デモにも出かけていた。当時も警察情報は発達していたらしく、火山、多くの「名門」企業から<門前>払い…。「あなたは、この成績で、なぜ銀行を受けないのですか」と<就職部>の職員も助言してくれた。「生涯を労働運動に捧げたい。だからメーカー」とは言えなかった火山。それでもやっと「中堅電機」三次<社長>面接へ――。

「どうしたら<景気>がよくなるか」と松下幸之助と並び称された<名物>社長(資本家)のご下問…。火山、即座に答えた。「はい、簡単です。<労働者>の<賃金>を上げてください」…。何しろ「昭和34年」(1959年)の秋。アベノミクスの<ア>の字もない――。「君、そんなんじゃダメだ」と社長、唖然!もっと驚いたのが<陪席>の人事課長。廊下まで追ってきた。「一つ確認したい。君は思想は大丈夫か」(まさか、アカじゃないよね)――。さすがの火山も「大丈夫です」と即答…。途端に人事課長、ニッコリ。「合格」と叫んだ。

だが人事課長は用心深かった。同期<大卒>新人を350名も採用したのに、火山の配属先は<直属>の人事課。ユニオンショップ制で人事部は<労組>加入できない。やがて管理職となった火山、昭和48年(1973年)春闘(石油ショック直後の狂乱物価)を人事部研修課長(会社側・団体交渉委員)で迎え、「電機労連」史上に燦然と輝く<30%><賃上げ>回答に<一役>買うハメともなった。お蔭で火山、1997年(平成9年)6月の「定年」まで<1円>の労働組合費も払わず<サラリーマン>人生を終えた。人生は実に<皮肉>――。

「『国難』とみなす少子化問題に関して、首相は社会保障を『全世代型』に転換、介護職や保育士の処遇改善に努めると訴えた。着実に進めることが大切だ。気になるのは<教育無償化>へのこだわりである。高等教育について『真に必要な子どもたちの無償化を実現する』と語ったが、バラマキへの強い懸念が拭えない。本人の学習意欲・能力や両親の所得などを吟味、無償化の対象を『真に必要な』学生に<限定>する制度設計が欠かせない」(読売)。

マルクス「資本論」を「慶大」経済で学んだ火山、<卒論>は「資本主義における窮乏化法則とプロレタリア革命」だった。「格差」と「貧困」を見つめ、考えた学生時代――。1987年(昭和62年)2月、49歳で「マーケティング推進本部<初代>研修部長」を拝命した時、内外に宣言したのが、「企業は<自己実現>の場。人生は一人一人が<主役>」と「常識を疑う<哲学>精神」だった。「<生涯>学習時代の<社会人>教育」を充分<意識>した。だから<無償化>についても<哲学>で考えたい。「読売」社説に賛成!無差別はダメ――。

「首相は『5年間のアベノミクスにより、日本経済はデフレ脱却への道筋を確実に進んでいる』と自賛した。だが政権復帰後6年目に入っても『脱デフレ』が実現していない現実を直視、的確な対策を取ることこそが重要だ。いつまでも『道半ば』では済まされない。人工知能(AI)の効果的な活用など<成長戦略>の大胆なてこ入れが必要である。北朝鮮の核問題では『政策を変えさせるため、毅然とした外交を展開する』と強調した」(読売)――。「政権復帰後6年目、でも『脱デフレ』が実現していない」…。「経済」専攻の火山も同感。

「新たな挑発に備え、日米同盟の抑止力を高めねばならない。同時並行で、中国やロシアとも連携できる環境を整備したい。首相は対中関係について、経済圏構想『一帯一路』を念頭に『増大するアジアのインフラ需要に応える』と述べ、改善に意欲を示した。中国の独善的行動には注文をつけつつ、首脳の相互往来を進める微妙な舵取りが求められる。日韓関係では、昨年まであった『最も重要な隣国』との表現が削除された。慰安婦問題を巡る日韓合意に否定的な文在寅政権の動向を踏まえれば、当然だろう」(読売)…。本件、ノーコメント!

「憲法に関しては『50年、100年先の未来を見据えた国創りを行う。国のかたち、理想の姿を語るのは憲法だ』とし、改正案を持ち寄るよう各党に呼びかけた。具体案があることで、議論も建設的になり得る。与野党双方に積極的な対応を期待したい」と「読売」は結ぶ――。

正直に<告白>しよう。火山、傘寿80歳となったが、今までの<半生>!「読売」を余り買ったことがない。<自民党>ベッタリ!<御用>新聞と思い込んで、きた。だが今回、初めて<同感・賛成>と思える「社説」に接した。ただ「ノーコメント」も正直な気持ち――。「憲法」論議については正直、火山、「読売」を<警戒>している。今後<刮目>したい。
(平成30年1月25日)

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東欧2日目は麗しの都ドレスデン。現地ガイドはフンボルト大・日本語科卒のユニークな方と添乗員さんの事前案内。バスは美しい公園に留まった。気持ちが良い。紹介されたガイドのトーマスさんはナルホド、手八丁口八丁のやり手オバサンだった。

後ろからゾロゾロ付いて行くのが嫌いな火山。ガイドさんと肩を並べ先頭を切った。途中、散歩道のベンチに初老の男性が可愛い小犬とチョコンと座っていた。通り抜けようとした途端、この犬、猛然と火山に飛び掛ってきた。驚いた。

「ごめんなさい。大丈夫ですか」とトーマスさん。心配してくれた。とっさに火山<Kein Problem>と言った。カイン・プロブレーム…<ご心配なく>というドイツ語。英語ならノー・プロブレム(問題ありません)――。トーマスさん、複雑な表情を見せた。一行の最初に声をかけた日本人が流暢な(?)ドイツ語をしゃべった。ギョッというところか。でもすぐ大笑いした。火山も笑った。

ツヴィンガー宮殿は素晴らしかった。<アウグスト強王>と言われたフリードリッヒ・アウグスト1(2)世が建てた。無類の女好きで子どもを354人生ませたという精力絶倫の王様。国中から美女を漁り、夜毎にベッドを堪能した。トーマスさん、口を極めて罵った。彼の心臓を納めた小箱は居城に隣接する旧宮廷教会の地下に今も安置されているが、美女が通りすぎるたびに静かに<鼓動>するという。

さて火山、実はこの東欧旅行に備え、出発前2週間断酒、ついでに人間ドック並の健康診断を受けた。勢力絶倫のアウグスト一世とは偉い違いだ。そこで帰国2日目の午後、主治医を訪ねて<断酒減量>の結果を聞いた。去年は「理想的です」と言われた。これを願っての受診だった。で、今回は――。

「体重、最高です。今のまま維持してください。血圧も最高、何の心配もありません。血液検査、すべて問題ありません。血管は動脈硬化の予兆もありません。糖尿病も心配ありません。カイン・プロブレーム。

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夕暮れの銀座はやはり興奮する。行き交う男女の人間模様を見ていると<ああ、自分は生きているんだ>と思う。でも自分は傍観者、主役ではない。主役は腕を組んだり、手をつないだり、もたれ合って通り過ぎて行く恋人、夫婦、親子なのだ。

輝くネオンの彼方には一段と高く<汐留シティセンター>ビルが聳えたっている。凄い。あのビルの中にもまた大きな雑踏があり、男女が歓談しているのだ。でも自分は傍観者。

酔ってぼんやり人通りを見ているのが好き。銀座4丁目の交差点を通過する男女は皆、幸せそう。顔が輝いている。着飾って主役の演技に自信たっぷり。

いつの頃からか知れないが、年に数回、こうやって<傍観者>を演じるのが楽しくなった。表参道でもやる。あそこはもっと若い人、ティーンエイジャーが多い。もっとド派手だ。ケバケバしている。六本木ヒルズも面白い。渋谷、下北沢にも不思議な魅力がある。

でも横浜では傍観者というか、ホームレスみたいな心境を味わえる場所はない。伊勢佐木町でも馬車道でも元町でもダメ。幼い頃から知っている街だからかも知れない。<旅の恥は掻き捨て>みたいな、気楽なボヘミアンの、エーリアンの、気分を味わえる場所がない。

いつだったか、渋谷でボヘミアンをやっていたら<あれ、火山さん>と声をかけられてしまった。見たら小学校のクラスメート。<何やってるの>。何しろ道端に腰を下ろして、人通りを見ているだけ。<何やってる>と聞かれても困る。第一、今はホームレスだよ。ボロを来てドロの上にアグラをかいている。見つけられては困る。

仕方ないから彼にも道端に腰を下ろしてもらった。向こうはシラフ、こっちは<ほろ酔い>ならぬ<泥酔>。まだ日暮れ前。困ったなあ。

でも年に数回は、こうやって<命の洗濯>をする自由を認めて欲しい。家に帰れば普通の夫であり、父親であり、孫娘二人のママパパちゃん(祖父)なのだから。

昔、住んでいた郊外のテラス・ハウス。お隣の旦那、ひょうきんで洒脱な人だった。<飲むほどに、お家が遠くなる>というのが口癖。酔っ払いの習性を言いえて妙だ。この旦那、ホームレスになりたいと憧れていた。このテラスハウスから引っ越して数年が過ぎたある日、スーパー<U>にパート勤めをしていた家内。笑いをかみ殺して帰ってきた。「本社から<偉い人>が来る」というので店長以下、全員が緊張して迎えた。なんとお隣の旦那だった。職場では謹厳実直、威風あたりを払う大部長だった。

火山もこの日、銀座でドイツ語のテキストを買い、鳩居堂で高級便箋を2冊、「郵貯崩壊」(岩瀬達哉・祥伝社)という凄い<投資参考書>を買った。……つかの間のホームレスなのでした。

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素晴らしい講演を聞いた。「戦国武将の手紙を読み解く」…。紅葉坂を登った県立図書館。講師の岡田正人、織田信長研究では第一人者らしい。1992年(平成4年)、NHK大河ドラマ「信長」では時代考証を務めたという。火山、もちろんカブリツキ。戦国武将というから<信長>か<信玄>か…と期待していた。岡田氏、大徳寺で信長の妻<帰蝶>の墓を発見したというから相当な<凝り性>だ。講演も熱が入った。

10月27日(木)は<文字・活字文化の日>というが聞いたことがない。岡田氏も知らなかったという。今年、6月に制定されたばかり。<読書週間>の<初日>というのがミソ。<読書>とは<書を読む>…。<書>とは<文書>…。文書には<古文書>と<公文書>の二種類があり、<明治>以前のものを<古文書>、明治以降を<公文書>というそうだ。

<書>とは手紙と文書。豊臣秀吉と徳川家康の手紙は現存するものはどちらも約<6500>。だが織田信長はたった<900>という。武将には代筆役の<右筆>がいた。<自筆>は少ない。極めて貴重。信長の<自筆>は何通残っているか。驚いた。たった<1通>だ。信長は逆臣・明智光秀に殺された。本能寺の変。柴田勝家はじめ多くの忠臣も滅びた。秀吉の大阪城には多くの文書があったはずだが、家康に攻め滅ぼされ、火災で焼失。城内にあったはずの信長の文書も失われた。惜しい話だ。

残された貴重な手紙が紹介された。写真に撮ったコピー。凝り性の講師、実物大に復元して見せてくれた。一通は有名な<秀吉の妻>に与えたもの。秀吉の浮気、女グセの悪さを<おね>が信長に<直訴>した。女の<嫉妬>は恐ろしい。手紙に<日付>がない。いつ書かれたかハッキリしない。でも文面から推定できるという。「おほせ(仰)のことく(如)、こんと(今度)ハこのち(此地)へはしめてこし<越」、しうちゃく(祝着)に候…」――この地とは<安土>、この頃、秀吉は大名に出世、長浜に城を構えた。直後から<女遊び>が始まったらしい。直訴を聞いて信長はどう裁いたか。

「それのみめ(見目)ふり、かたち(容姿)まて、いつそやみまいらせ候折ふしよりハ、十の物廿ほともみあけ(見上)候、藤きちろう(吉郎)、れんれんふそく(不足)のむね申のよし、こん五たうたん(言語道断)くせ(曲)事候か、いつかたをあひたつね(相尋)、それさまほとのハ、又ニたひ、かのはげねすみあひもとめ(求)かたき(難)あひた…」。

「あなたのような美しい女性はいない。前に会った時より倍も綺麗になっている。それなのに不足をいう藤吉郎は言語道断、怪しからん。どこを探したって、あなたのような美しい方に、あのハゲネズミは二度と会えはしない」――。妻の<おね>を褒め上げている。だがここからが信長の凄いところ。紙面の都合で原文は割愛するが、「嫉妬は女性の役だが、あまり焼き過ぎてはいけない。どっしりと構え、言いたいことがあっても言ってはダメ」とやんわりと諭している。その上で「この手紙を藤吉郎にも見せなさい」という気の使いよう。誠に見事です。藤吉郎時代の秀吉、どんな顔をして読んだのでしょう。

あの<冷酷無比>と言われる信長に、女性に対する「人情細やかな気配りがあったのか」と評判の手紙。でも若き日の信長の肉声が聞こえてくるような素晴らしい文章。この時、おねは山ほど見事なお土産を持参した。初めて来るというので信長も<答礼>の品物を用意した。だがもらった物が素晴らし過ぎて自分の方が<見劣り>…。「だから今回は持たせない。次回に改めて贈る」とまで書いている。

おねが帰った直後、右筆を呼び、すぐ口述筆記させた。だから肉声が聞えてきそうな生き生きした手紙。講師はいう。信長はユーモアもあり、純粋な人だった。結んだ盟約を自分の方から裏切ったことは一度もない。武田信玄、上杉謙信、浅井長政、松永久秀…。裏切ったのは全て<相手>方。純粋なだけに深く傷ついたのではないか…という。

信長<自筆>の手紙。ナント、この世に<1通>だけしかない。それも署名も朱印も花押ない。講師はいう。自筆には朱印も花押もしないのが慣例という。なぜ自筆と分かるか。この文書は<感状>…。家来の長岡与一郎の戦場での働きを認め、恩賞を与えると約束した手紙。実はまったく同じ日付、同じ紙質で<添え状>が添付されていた。小姓の堀久太郎秀政のもの。そこに<御自筆之披成御書候>とある。実は長岡与一郎とは細川忠興のこと。細川護煕元首相のご先祖(大大名)。家宝として伝えられてきた。

この自筆、素晴らしい<達筆>――。右筆の比ではない。講師が保証した。火山にもそう見える。そして信長の人柄が分かる。<天下布武>の朱印。稲葉山城を<岐阜>城に改めた理由。<麒麟>の花押。これらは信長が生涯、<師>と仰いだ妙心寺派の高僧<沢彦宗恩>禅師から教えられたもの。

<布武>とは<武力>で<天下統一>――と普通は理解されている。だが本当は<違う>という。<武>を分解すると<戈>と<止>――。つまり<戦争>を無くす。戦争をせずに<平和>をもたらすという意味。若き日の信長にはこの<純粋>さがあった。そして恐らく<生涯>変わらなかった。確かに<残酷>な事件を起こした。だが<非情>は信長が<自分>で求めたものではない。講師は断言した。火山もそう信じる。では<非情>とは何か――。

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