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「『ひたむき』『ひたすら』『ひた走る』…。日本語には『ひた』を冠した言葉がいくつもある。漢字をあてると『直』。一途な状態や、そればかりであることを表す大昔からの表現だ。だから『ひたくれない』といえば紅色が一面に広がった様子を言う。▼歌人の斎藤史はこの言葉を使い、代表作を残している。『死の側より照明(てら)せばことに輝きてひたくれなゐの生ならずやも』。一瞬ドキリとする『死』を詠みつつ、そこから『生』を照らし出して<命の輝き>を<讃え>たのだ」(春秋)…。<一途><ひたすら>!火山の半生かも――。
「二・二六事件に連座した陸軍少将の父を持ち、激動の昭和を生きた女性ならではの洞察…。▼平成30年――節目の年が明けた。天皇陛下の退位を控え平成がまる1年続く最後の年である。ここを過ぎ昭和の記憶もいよいよ遠ざかるに違いない。様々な回顧と決意が胸に満ちようが、忘れてならないのは時代の中の沢山の死。今生の『ひたくれない』の陰に戦争や震災で果てた多くの命がある」(春秋)…。「二・二六事件」!「昭和史」好きの火山、刮目!
<斎藤史>…。「1909年(明治42年)〜2002年(平成14年)。歌人。東京都四谷生まれ。福岡県立小倉高等女学校卒。父は陸軍少将で佐佐木信綱主宰の歌誌『心の花』所属の歌人でもあった齋藤瀏。父は『史子』と出生届を提出したが、戸籍係が間違え『史』と登録してしまった。17歳の時、若山牧水に勧められて作歌を始め、18歳から『心の花』に作品を発表するようになる。1931年、前川佐美雄らと『短歌作品』創刊」と「ウィキペディア」――。
「1936年の二・二六事件では父を通じて親交があった青年将校の多くが刑死、父も事件に連座して禁固5年となる。この経験が、生涯に渡っての文学的テーマとなる。青年将校の、栗原安秀・坂井直 両中尉とは旭川時代からの幼馴染であり、栗原の事は『クリコ』と呼んでいた。また栗原は彼女を『フミ公』と呼び、改まった席では『史子さん』と呼んでいた。1939年、父・瀏が主宰する歌誌『短歌人』創刊に参加する」(ウィキペディア)…。
「▼ひたむきに、ひたすら疾走してきた近現代の日本も、平成に入ったころからいささか疲れがにじみ、失敗や弱点の『ひた隠し』も珍しくなくなった。けれどこの歴史の転換点に、栄光も悲惨も虚心に顧みて次の一歩を踏み出したいものだ。斎藤史の歌をもう一首。『野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて』」とコラム「春秋」は結ぶ…。凄い!
「ニッポンの大問題。<安倍一強>と<国会>の劣化。放置後の<冒頭>解散」と「東京」社説(12月29日)――。「安倍晋三氏が再び首相に就いて5年。このまま続投すれば歴代最長も視野に入りますが、眼前に広がるのは『安倍一強』がもたらした国会の惨状。国会は今年3回開かれました。1月召集の通常国会と安倍首相が冒頭、衆院解散に踏み切った9月の臨時国会、衆院選後の11月に召集された特別国会。会期は3国会を合わせて190日間。首相の政権復帰後、最も短い会期の年となりました」…。これ、「ひたむき」か――。
「野党側は通常国会閉会後、憲法53条に基づいて臨時国会を召集するよう求めていましたが、首相は3カ月間も<放置>し続け、召集した途端の<冒頭>解散。野党側は『森友』『加計』両学校法人を巡る問題と安倍首相らとの関わりを追及しようとしていました。国会を開かなかったり、会期を短くした背景に<追及>を避ける首相らの<狙い>があったのかもしれませんが、召集要求<放置>は憲法<軽視>に他なりません」(東京)…。火山、刮目!
「『内閣の助言と承認』に基づいて天皇が国事行為を行うと定めた憲法7条に基づく衆院解散も、慣例化しているとはいえ『解散権の乱用』との<批判>が続いています。衆院解散は立法府を構成する国会議員の職を、行政府の内閣が一方的に奪う行為だからです。内閣不信任決議の可決や信任決議案の否決という憲法の規定に基づくものでなければ、政府提出の予算案や重要法案が否決された場合や<国論>が2分されて国民に判断を仰ぐ必要がある場合など大方の国民が納得できる相当の理由が必要でしょう」(東京)…。これは<正論>!
「首相は国会議員から選ばれる必要があります。政府は国会が決める法律や予算に従って行政権を行使します。国会は憲法上、内閣に優越するように見えます。何せ、国会は『国権の最高機関』。国会議員の多くは政党所属。権力構図は気圧配置にならい『党高政低』と呼ばれ、長らく政権の座にあったかつての自民党では当然でした。しかし、この力関係は『政高党低』へ徐々に変化、2012年の第2次安倍政権以降、特に顕著になりました」(東京)…。
「背景にあるのが平成に入ってからの政治改革。自民一党支配下での疑獄事件を機に、政治腐敗をなくすには政治に緊張が必要だとして、政権交代可能な二大政党制を目指し衆院小選挙区制と政党助成制度が導入されました。政党・政策本位の制度への転換。確かに制度導入後、疑獄事件は鳴りを潜め、選挙での政党による公認と政治資金配分という政治家の政治生命を左右する権限が首相を頂点とする政権中枢に過度に集まってしまいます」(東京)…。
「首相や周辺の機嫌を損ねるような言動をすれば自らの政治生命が絶たれるかもしれない。そんな空気が与党、特に自民党にはびこり『安倍一強』の状況が生まれ<増長>。首相は野党の主張に耳を貸そうとせず<謙虚>な姿勢で<丁寧>に説明すると言いながら野党への答弁は<尊大>。特定秘密保護法や安全保障関連法、『共謀罪』を含む改正組織犯罪処罰法など国の将来を左右する重要法案で採決<強行>が繰り返されました」(東京)…。ウーン!
「そこにあるのは首相官邸の意向を追認する<下請け>機関と化した与党の姿です。極め付きは安倍首相の改憲発言」(東京)と続くが、<紙幅>が尽きた。<稿>を改めたい――。
(平成30年1月3日)
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