|
「せっせとモノを溜め込んできた最近の50年は、一方では痩せ我慢を強いられる時代でもあった。私たちはずいぶん長い間、食べたいものを我慢、ダイエットしなければ、という強迫観念に囚われてきたような気がする。日本人の食生活が大きく変わるのは、東京オリンピック(1964年)から大阪万博(70年)にかけてである。いわゆる日本型食生活が崩れ『洋風化』、肉食が増えるとともに<胃がん>より<大腸がん>にかかる人が多くなった」と「日経」コラム<春秋>(3月17日)…。筆者は「エッセイスト・玉村豊男」――。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2018年03月25日
全1ページ
[1]
|
マンハイムには当時ドイツ最高のオーケストラがあった。「オーケストラはとても上手で強力です。両側にヴァイオリンが10から11。ヴィオラが4、オーボエが2…」。モーツアルトが父レオポルトに送った手紙。芸術・文化の振興に熱心な選帝侯カール・テオドールが音楽にも力をいれていた。モーツアルトには最も望ましい就職先。でも仕事は得られなかった。 |
|
全長272mもの巨大な前方後円墳。三輪の神の嫁の墓で大市の墓ともいわれ、<箸墓>は通称。三輪山の山頂から真っ直ぐ西へ下ったところが箸中の地。ここの東側には上ツ道(上街道)が通り、西側を新しい道が通っている。三輪山の神・大物主(おおものぬし)はあらゆる事件に関与し、あらゆる土地にその影をとどめているという。三輪山の存在は大きい。 |
|
今朝(3月24日)のNHK朝ドラ「花子とあん」…。NHKから復活「ラジオ出演」を依頼され「自分が再びマイクから声を上げることが許されるのか」と迷いに迷う花子。多くの若者が戦場に駆り出された責任。自分を責めていたのだ。だが敗戦を喫した日本。進駐軍の占領下で「英語」が必要となった。周囲からの要請も花子の心を揺さぶった…。「外国の言葉を学ぶとは『多くの<心の窓>を持つ』こと」。ここに想いを致した花子。遂に決心――。 |
全1ページ
[1]





