火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「せっせとモノを溜め込んできた最近の50年は、一方では痩せ我慢を強いられる時代でもあった。私たちはずいぶん長い間、食べたいものを我慢、ダイエットしなければ、という強迫観念に囚われてきたような気がする。日本人の食生活が大きく変わるのは、東京オリンピック(1964年)から大阪万博(70年)にかけてである。いわゆる日本型食生活が崩れ『洋風化』、肉食が増えるとともに<胃がん>より<大腸がん>にかかる人が多くなった」と「日経」コラム<春秋>(3月17日)…。筆者は「エッセイスト・玉村豊男」――。

<玉村豊男>…。「1945年10月8日、東京都杉並区に画家玉村方久斗の末子として生まれる。都立西高を経て1971年東京大学仏文科を卒業。在学中にパリ大学言語学研究所に2年間留学。通訳、翻訳業をへて文筆業へ。1977年に『パリ 旅の雑学ノート』、1980年に『料理の四面体』を刊行してエッセイストとしての地歩を築く。旅と都市、料理、食文化、田舎暮らし、ライフスタイル論など幅広い分野で執筆を続ける」(インターネット)――。

「1983年より8年間、軽井沢町で生活。その後、病を得たのを機に高校以来中断していた絵画制作を87年より再開、1989年長野県上田市の『原画廊』で初個展。1994年以後は毎年数回の個展および各地での巡回展を開催。1991年より同東部町(現・東御市)に移住、ハーブや西洋野菜を栽培する農園ヴィラデストを経営。2003年に果実酒製造免許を取得、『ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー』をオープンした。

2013年『千曲川ワインバレー:新しい農業への視点』の刊行を契機に2014年、『日本ワイン農業研究所』を創立、2015年よりワイナリー『アルカンヴィーニュ』を立ち上げ栽培醸造経営講座『千曲川ワインアカデミー』を主宰する。長野県『おいしい信州ふーど(風土) 』名誉大使。『信州ワインバレー構想推進協議会』会長。(株)ヴィラデストワイナリー代表取締役会長。日本ワイン農業研究所(株)代表取締役社長」(インターネット)――。

「あれから半世紀、相変わらずテレビでは<グルメ>番組が花盛りだが、コマーシャルでは太ることを防ぐための器具や機能食品ばかりが宣伝される。消費者はマッチポンプに翻弄されて痩せる思いだが、一向に痩せないので<罪悪感>だけ植えつけられる。しかし客観的に見れば、日本人の<肥満>なんて<可愛い>ものである。世界にはもっとどうしようもない肥満者が沢山いて、多くの国から日本人は太らないための理想的な<食生活>を送っていると見られている」(春秋)…。笑える。この彼氏、かなりの<曲者><人財>だ――。

「溜め込んできたモノを捨てるのはよいが、身についた肉まで削る必要はない。もう腹をつまんで嘆くのは止めにしないか。私はこれまで数々の<ダイエット>を<成功>させてきた(ということは何度もリバウンドした)が、もう<古稀>を過ぎたのだから、好きなものを我慢せずに食べ、太めのままで死んでいくことに決めた。それで寿命が2、3年縮んでも構わない。太めの方が却って長生きをするという説もある。太った人を『メタボ』と言うのは止め、これからは『デラックス』と呼ぶことにしたらどうだろう」(春秋)…。

これも実に笑える。発想の転換が実に奇抜!痛快…。「好きなものを我慢せずに食べ、太めのままで死んでいくことに決めた。それで寿命が2、3年縮んでも構わない」――。実は火山、「糖尿病」「心房不全」の受診中。火山ブログ<人気作>の一つ「美女ピアニストとお友だちになれそう。ドキドキ」のご主人。実は偶然にも都内有数の総合病院「循環器内科」<科長>と判明、昨夏からお世話になっている。「糖尿病」診断を下したのも彼氏…。「好きな酒を止めてまで、長生きしたいと思わない」と言ったら、彼氏「私も、そう思う」――。

告白しよう。昨夏、「糖尿病」診断を受けた直後、「ヘモグロビンA1c」(HbA1c)の大幅改善を目指し、火山<72日間>も<断酒>を頑張った。だが「結果はいかに」…。<微減>できたが、<基準値>までの<回復>はなかった。「悪戦苦闘」したのにと火山、ガックリ。<落胆><失望>した。もっとも傘寿80歳では、これが精一杯だったのかも…。その後、何回も「断酒」を誓ったものの、「休肝日」は2桁どころか「月・数日」という有様…。「半寿」81歳と思っていたこの3月、誕生日30日を目前にしても25日現在、2日の実績――。

エッセイスト<玉村豊男>が語る<やせ我慢>にもほど遠いのだから、火山の<終活>も先が見えてきた、という塩梅だろうか…。そんな火山に家内が先日、こんなことを抜かした。「パパは、元気だわよ。元気よ」。その時は何とも思わず、聞き流したが、日を経るにつれ、気になってきた。「ママ、先日、『パパは元気』と言っていたが、何が<根拠>で<元気>と言っているの」…。「声が大きい。それから<都内>総合病院まで、2カ月に一度、5時起きで通える。私だったら近くの<地元>で済ます。往復5時間何て、トテモ、トテモ」――。

ナルホド!火山の元気は、ことによると<浮気>かも…。循環器内科<科長>の彼氏。例の「美女ピアニスト」の伴侶なのだ。彼氏より彼女が気になる火山…。となると今も<慶応>ボーイを意識の火山、<半寿>を迎えてなお「♪若き血に燃え…」かも――。ウーン!

昨3月24日(土)は「菩提寺」の「春彼岸会施餓鬼法要」だったが、併せて「嘉門タツオ、お墓参りツアー2018」が共催された。題して「★終活三部作披露!♪墓参るDAY! 旅立ちの歌 ♪HEY浄土!」――。チケット2000円のところ、檀家・信徒関係の皆さまは無料招待という。火山、墓参でご先祖さまに<献杯>の後、ほろ酔いでコンサートに臨んだ。早めに会場に到着の火山、祭壇と演壇に一番近い、「椅子席」カドに座を占めた。しかも火山、例によって「節目」「節目」に、♪ブラーヴォと絶叫。演奏に花も添えた。凄い――。
(平成30年3月25日)

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マンハイムには当時ドイツ最高のオーケストラがあった。「オーケストラはとても上手で強力です。両側にヴァイオリンが10から11。ヴィオラが4、オーボエが2…」。モーツアルトが父レオポルトに送った手紙。芸術・文化の振興に熱心な選帝侯カール・テオドールが音楽にも力をいれていた。モーツアルトには最も望ましい就職先。でも仕事は得られなかった。

マンハイムを離れない。宮廷楽団のウエーバーの次女に恋をした。若いソプラノと一緒にイタリアへ行きたいと言い出す。「お前の呆れた計画を考えると、正気を失ってしまいそうだ。パリへ行くのだ。それもすぐ…。パリからこそ天分を持った人々の評判と名声は世界中に広がって行く。パリなら貴族たちは最大限の尊敬と礼儀をもって扱ってくれる」。父の叱責と説得。

だが10年ぶりのパリもモーツアルトに冷たかった。「パリはずいぶん変わりました。今ではほとんど粗野といってもいいくらい。高慢さは鼻持ちなりません」。「パリ交響曲」は久々の成功。だが結局、仕事は得られない。その上「長旅と異郷の暮らしに疲れた母の死去」。モーツアルは失意のどん底へ。そこに一人の女性の面影が浮かんだ。「アロイジアに逢いたい」。モーツアルトはマンハイムへ急行した。

異変が起きた。マンハイムの選帝侯カール・テオドールがバイエルン侯も兼務した関係で、宮廷楽団がミュンヘンへ移動、ウエーバー家も引っ越していた。取り残されたモーツアルト。9ヶ月ぶりの再会と胸躍らせたのにガックリ。失意の日々が続く。

今朝4月5日(水)の「毎日モーツアルト」は第48回<失恋>。ゲストは大島ミチル(作曲家)。紹介されたのは「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」ニ長調(K306)。「モーツアルトの音楽が愛される理由は、つねに<前向き>に進んでいくこと」という。失意の中でも美しい音楽を作り続ける。
「モーツアルトのソナタはピアノとヴァイオリンのコンビネーションが素晴らしい」。「まるで一つの楽器のように聞こえる。独立した二つの楽器ではなく<ピアノ・ヴァイオリン>という楽器があるかのようだ」――と大島ミチル。

テレビから流れてきたのは、なんと<第二楽章>――。昨日、ピアニストの鮫島有美子が「モーツアルトの音楽はすべて<第二楽章>が好き」と言ったばかり。

アロイジアに逢いたい。レオポルトは息子に早く引き上げ、ザルツブルグへ帰るようにと急きたてる。大司教に嘆願、復職が認められたという。あのけち臭い宮廷にまた身を置かなければならない。モーツアルトは決意する。アロイジアを連れて帰ろう。

ミュンヘンはクリスマス。モーツアルトは訪問したが、アロイジアは人気プリマ。貧乏作曲家には冷たかった。

「今日の僕はただ泣くことしかできません。お父さん、どうかすぐ返信のお手紙で僕を慰めてください」。思いも寄らない<失恋>だった。「挫折の連続の末、モーツアルトはこの失恋によって無残なとどめの打撃を受けなくてはならなかった」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮文庫・75頁

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全長272mもの巨大な前方後円墳。三輪の神の嫁の墓で大市の墓ともいわれ、<箸墓>は通称。三輪山の山頂から真っ直ぐ西へ下ったところが箸中の地。ここの東側には上ツ道(上街道)が通り、西側を新しい道が通っている。三輪山の神・大物主(おおものぬし)はあらゆる事件に関与し、あらゆる土地にその影をとどめているという。三輪山の存在は大きい。

中西進「万葉を旅する」(ウェッジ選書)は「大物主の神と濃厚に関係する王が崇神天皇」と指摘する。「日本書紀」の崇神紀の後半には全国的な国土経営の記事がある。前半のほとんどは大物主の神の祭祀。崇神と呼ばれる王が三輪の神の司祭者、そして<祭政一致>の祭に当たる女が百襲姫(ももそひめ)だった。まさに<卑弥呼>を連想させる。

実は<崇神>と呼ばれる<王>には壮大な神秘が秘められている。その性格を示すのが磯城(しき)の瑞籬宮(みずがきのみや)。大和の6つの御県の1つ。桜井市金屋に瑞々しい青垣で囲まれた宮があったらしい。中西進氏は現在の志貴御県坐(しきのみあがたにいます)神社の境内という。

「万葉を旅する」(中西進)は学問的に厳密を期そうとしているらしく表現が回りくどい。火山は学者ではない。ズバリ大胆に骨子を書く。要するに崇神は御県坐神社に君臨、背後に日向(ひむか)神社と大神(おおみわ)神社を控え、三輪山の祭祀行っていた。日向神社は「古事記」に出てくる神社。「少彦名(すくなひこな)が常世(とこよ)へ去って困却している大国主(おおくにぬし)のところに海上から来た神があり、自分を倭(やまと)の青垣の東の山上に祭れ」(40頁)といったという。

この神は三輪の神、そして東の山とは三輪山。古代の宮は山を背負っていた。常陸(ひたち)の国府は筑波山にあり、越中の国府には二上山、藤原宮には三山がある。神天皇の宮は三輪山と一体、そして<磯城(しき)>を中心に倭(やまと)をとらえることが行われた。そこから<磯城(敷)島(しきしま)の倭>という<美称>が誕生したという。――この話、火山は最高に気に入った。しかも卑弥呼は倭の初代の女王。最近の研究では<邪馬台国>は北九州ではなく畿内、つまり<倭>にあったという学説が有力なのだ。

磯城島(しきしま)の 日本(やまと)の国は 言霊(ことだま)の たすくる国ぞ ま幸(さき)くありこそ(巻13−3254

この歌は「日本全体をさしている」ように思える。だが実は磯城の倭を詠っているのではないか。

さて火山がびっくりしたのはこの後。崇神天皇の<御県坐神社>=<磯城の宮>は大神神社からほぼ一直線に南下する線上にあり、北上すると磐座(いわくら)神社にぶつかる。古代人は<方位線>を認識していたのではないか。ここから導かれた<仮説>がある。卑弥呼の墓との説もある<箸墓>。ここを通るのは北緯34度32分の線。東は伊勢湾上の神島、伊勢斎宮跡を通過、西は馬見古墳群、古市古墳群を経て淡路島の伊勢の森に至る。

水谷慶一氏は「知られざる古代――謎の北緯34度32分線を行く」(NHK出版)で、これを<太陽の道>(サン・ロード)と呼んでいる。三輪山は古代人には重要な山だった。日本にはあちこちに太陽を拝する峠や山頂がある。同じように太陽が通ると信じられる場所もあっても不思議はない。三輪山は太陽の道に存在する。

太陽の道を測量する集団があった。<日置>(ヘキ)部だ。そもそもは<日招き>の意味。冬至など衰微した太陽の力を招き寄せる呪術を行う集団。彼らが太陽の道に居住しているというのは大きなロマン、空想を誘う。

もう一つのロマンがある。ヒキガエルという蛙の存在だ。あの蛙、なぜ<ヒキ>というのか。蛙は総称。となるとヒキが問題。この蛙の別名、実はガマガエル。がま(蟇)は漢音、和音が<ヒキ>なのだ。中西氏はいう。ヒキは<日招き>だと…。蛙は太陽が復活する春に冬眠からさめ地上に姿を現す。これを逆転させる。ヒキが姿を見せたので太陽が復活する。それを<日招き>と考えたのではないか。

ヒキガエルは万葉では谷(たにぐく)として登場する。ところがこの動物を山上憶良は歌う。

天雲(あまくも)の 向伏(むかぶ)す極み 谷貘の さ渡る極み…(巻5−800)

<さ>をつけて呼ぶのは<聖動物>だからであり、<「さ」渡る極み>とは太陽の限り、即ち<日の没する>所という意味。万葉のロマンは尽きない。

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今朝(3月24日)のNHK朝ドラ「花子とあん」…。NHKから復活「ラジオ出演」を依頼され「自分が再びマイクから声を上げることが許されるのか」と迷いに迷う花子。多くの若者が戦場に駆り出された責任。自分を責めていたのだ。だが敗戦を喫した日本。進駐軍の占領下で「英語」が必要となった。周囲からの要請も花子の心を揺さぶった…。「外国の言葉を学ぶとは『多くの<心の窓>を持つ』こと」。ここに想いを致した花子。遂に決心――。

それにしても「外国の言葉を学ぶとは『多くの<心の窓>を持つ』こと」…。これは火山の心を揺さぶった。嬉しい!ナント65年の昔、1953年(昭和28年)4月、火山は中学教頭の勧めで「慶応高校」に進学、そこで第2外国語として「ドイツ語」を学ぶこととなった。これは火山の<生涯>を変える<運命>の<出会い>となった。ナント火山、「ドイツ語」の<魅力>の<虜>となったのだ――。授業だけでは物足りず、NHKラジオ講座を毎朝、聴く。月曜から土曜まで<桜井和市>(学習院大教授)の「ドイツ語」講座は魅力満点。

変人の火山、ナント、ついでに「英語」講座も聴き始めた。といっても火山、実は<高1>の1学期、突然「英語」恐怖症になった。ナント、高校の授業についていけない。「文法」がチンプンカンプン!何のことやらサッパリわからない。これでも火山、中学3年は「オールA」…。卒業生<総代>で卒業式では<答辞>を読み上げた。しかも「全校生徒会」<委員長>でもあった。つまり、ピカピカの<優等生>…。だが英語の授業では立ち往生――。一大決心の火山、中学1年から3年までの「中学英語」教科書を買い求め、夏休みに猛勉!

ドイツ語の桜井和市は名講師。シューベルトの「魔王」やモーツアルトの「すみれ」など教材も素晴らしい。火山、高校の授業でも「優等生」だったらしい。なぜ「らしい」のか。高校のドイツ語教師は「ウムラウト」(変母音)があだ名。口ひげを生やした謹厳実直の人物だった。だがビックリ。慶応高校3年、修学旅行は恒例の「北海道1周」…。貸し切り列車で<周遊>!毎日が「席替え」…。それが教育方針だったのだろう。ある日、火山、「ウムラウト先生」とボックスが一緒になった。ナント、彼氏、火山に親しく会話してきた――。

知らぬは火山ばかりなり。彼氏、火山の「優等生」ぶりをかねてから高く買っていたのだ。火山も嬉しかった。怖い怖い「謹厳実直」と思ったが、実際は優秀な教師。気さくで愉快な人物と分かった。さらにドイツ語に打ち込んだ火山、大学(経済)に進み、「ドイツ文化研究会」に加入、夏休みにはシュトルムの「みずうみ」を原書(ドイツ語)で読み通した。中学2年、同級生の「異人さんみたいな美少女」から借りた<憧れ>の文庫本だった――。まさに「外国の言葉を学ぶとは、多くの<心の窓>を開く」ことだったのだ――。

「ドイツ文化研究会」が開いた「心の窓」はもう一つ。火山が大学3年で<代表>に選ばれた直後、独文科1年の宮崎県都城市出身の情熱的な美少女が出現した。トーマス・マンの「トニオ・クレーゲル」が大好き。それを借りて読んだ火山、<恋の虜>になってしまった。初デートは浜松町の<浜離宮>。アジサイ満開の頃、純白のワンピースが良く似合っていた。昭和36年(1961年)秋、上野美術館で「フランス美術展」が開催され、彼女とのデートで点数を稼ぎたい火山、「フランス美術」(柳亮。美術出版社)を浴びるほど読み込んだ――。

「オーイ!火山。電話」…。遥か向こうから<鬼>が異名の「総務部次長」の声が聞こえた。出てビックリ。彼女だ。既に大学4年…。来春・昭和37年(1962年)は卒業のはず。ナント、「フランス美術展」へのお誘い。昭和35年(1960年)3月、ようやく就活が実り、中堅電機の人事部に配属された火山。彼女との音信は卒業とともに断たれ、<失恋>と諦めていただけに<狂喜>!総務部次長(鬼)の専用電話であることも忘れ、<喋々喃々>――。

途中で気づいたが手遅れ。彼氏、呆れて<穴>が開くほど火山を睨んでいた。シマッタ!だがさすが「総務部」ナンバー2。睨みはしたが、小言(お叱り)はなかった――。ホッ!「ブラームスは、お好き」…。夜の渋谷にまで及んだ久々のデート。彼女の下宿は「神谷町」だった。肩を並べていたが、彼女の声は細く、シャガレテいた。ムリもない。遥か後年になって火山。この<隠語>の意味を理解した。ナントこれ、「今夜、寝ない」というお誘い。当時、女子学生の流行語だったらしい…。火山、もちろんブラームスは好き。だが――。

<柳亮>…。「美術評論家。本名・伊藤義治。明治36年、名古屋の生まれ。大正13年〜昭和7年滞仏。ルーブル美術館付属研究所ポール・ジャモ教室修了…。明治36年は卯年。ウサギは卯左木と書く。卯の木で柳。諸葛孔明が好きだったので本名を借り、『柳亮』なるペン・ネームを文学少年時代に発案。パリ時代、造形美術の秘奥ー虎の巻を、古今の名作を通じてさぐりだしたいという念願から構成、比例から始まり、さらに明暗、色彩と美術を科学する探偵眼の養成に努力した。その探偵眼が日本初と選んだのは『桂離宮』」と<帯>。

柳亮「フランス美術」(美術出版社)は「50余年」が過ぎた今も、火山の手元にある。「1961.11.5.伊勢佐木町勉強堂で求む」という裏表紙の書き込み――。火山の恋は、今回も実らなかった。だがフランス美術への傾倒は今も火山の<心の窓>!もう一つ<告白>しよう。火山、高校2年から一念発起…。実は「フランス語」もNHKラジオで聴き始めた。講師は<前田陽一>…。「フランス文学者、比較文学・哲学研究者」と「ウィキペディア」――。

なぜ「フランス語」か。実はこれも火山の恋(心の窓)だ…。中学2年の火山、帰宅後、「国語」ノートを開き、唖然!そこに素晴らしい<落書き>があった。「異人さんみたいな美少女」の麗筆で「ヴェルレーヌ<落ち葉>」(上田敏・訳)…。原語で読みたいが動機――。
(平成30年3月25日)

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