火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

清々しいお便りをいただいた。中学の3年先輩。卒業以来、ずっと同窓会のお手伝いをしてきた火山。この先輩は同窓会の<2代目>会長。たまたま高校も大学も火山の先輩。同窓会の仕事の後、一緒によく飲んだ。重役だったこの先輩、はぶりがよかった。

だが会社が倒産。人脈のあった先輩は一回り大きい同業にスカウトされた。そして定年過ぎの頃から中国駐在になった。勉強家の先輩、中国語を覚えた。凄い。昨夜、封書が来た。

<古希>を記念して高校のクラス会があった。中国語の学識を生かし、古希を調べたのだ。「出典を尋ねて」――。15歳で「学を志し」、30歳で「立つ」、40歳で「惑わず」、50歳で「天命を知る」、60歳で「耳に従い」、70歳で「心に従う」――。心のままに行動しても人の道に外れない。これ「論語」だそうです。

さて凄いのが、これからです。<古希>――。もちろん70歳。出典は唐の憂国の大詩人「杜甫」の「曲江」という詩。中に「人生七十古来稀」と出てくる。

755年(日本の暦では天平勝宝7年)10月、杜甫は44歳にして初めて官職につく。都は長安(今の西安)です。だが運命のいたずら、僅か10日で有名な「安禄山と史思明」の乱が起き、翌年6月には長安は陥落する。玄宗皇帝は命からがら蜀へ逃げ、楊貴妃は脱走の途中で部下に殺される。杜甫も捕虜となる。

この杜甫が荒廃した長安を見て詠んだのが有名な「春望」――。国破れて山河あり、城春にして草木深し…。

長安を脱出した杜甫は150キロ離れた粛宗(後の7代皇帝)の行在所に辿りつく。「よく脱出してきた」と異例の抜擢を受けた杜甫、59年の生涯でたった一度の僅かな「栄光の日々」だった。

2年後、粛宗は長安を反乱軍から奪還する。理想社会の実現という高い志を持つ杜甫。行政に詩作に没頭した。だが正義感の強い杜甫、高官の人事ではあったが意見具申をした。「道理に合わない時は皇帝に諫言する」役職にあったのだ。だが皇帝の怒りを買ってしまう。越権行為――。そう決め付けられ、失脚。政治上の活路を失ってしまう。47歳だった。その時、詠んだのが「曲江」の詩。

仕事が終わり、宮廷を出ると、いつも官給の衣を質に置き、
曲江のほとりで酒を飲む。毎日、酔って帰るのだ。
酒代の借金は、いたるところに、いつもあるが、いいじゃないか。
人生七十まで生きる者は、滅多にないのだから…
花を求めて舞い跳ぶ蝶は、深遠に見える(以下略)

曲江とは長安城の東南にある大きな池。芙蓉園、杏園、慈恩寺、大雁塔が池のほとりにある。長安屈指の観光地だったという。今はない。池が枯渇、その面影は消えた。

「酒は体に良くないが、飲もう。どうせ長生きしたって、たいしたことはない」――。まるで火山の心境です。左遷されても杜甫は逆境にめげず、退官後も放浪を続け、白帝城、洞庭湖などで詩を作り続けた。いずれも魂を揺する傑作だった。退廃的な気分で書かれた「曲江」の詩は忘れられたが、「古希」の言葉は今も生きている。さあ、諸兄諸姉、これからどう生きますか。

<酒浴びて 花と散るらむ この命>――。どっかで、こんな俳句を見ましたね。あ、火山でした。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

新宿から山手線に乗った。昼時の車内。意外と空いている。<優先席>(3人掛け)に座った火山、空腹を覚え、オニギリが食べたくなった。田端を過ぎ、隣が空いた。車内はガラガラ。火山、意を決した。家内の心尽くし。よし、パクリ。ウマイ!!そしてとっておき、ペットボトルに入れた<日本酒>もグビリ。ウーン、こたえられない。

「いいですね」――。鈴を振るような綺麗な声。思わず振り向いた。上品な奥様、銀髪とはいえ、素敵な女性だ。服装も見事に決まっている。火山と同じ座席。一つ空いた連結側に座っていた。「えっ…」。火山、息を飲んだ。

「手作りのお握り。おいしそうですね…」――。何て返事をしよう。迷っているうちに電車は「西日暮里」に着いた。くだんの奥様、スラリと立ち上がった。「お先に失礼します…」。火山、途端に気を取り直した。ただの<田舎おやじ>と思われては困る――。「あの、これからコンサート。上野の東京文化会館へ参ります」――。<参ります>!<謙譲語>だって使えるんです。それにコンサートです!!「あら、そうだったのですか。お気をつけて…」――。何か、爽やかな風が吹き抜けた。

「ピアノ協奏曲の午後」――。「題名のない音楽会」にレギュラー出演の日本フィル。指揮は平井哲三郎。江藤俊哉、園田高弘と芸大に学んだ同期生。音楽歴60年という。リスト、グリーグ、プーランク、ベートーヴェンの4つのコンチェルト。素敵な午後でした。

+++ここまで書いて気が変わった。やっぱりあの奥様、火山に注意したのかもしれない。<人前です>――。なんとまあ、古風で奥床しいのでしょう。ホレボレ!

京都日帰り旅行

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

日経のコラム「春秋」を見たら「新幹線や高速道路、高層ホテルの開業など、あの年の東京は大変身…」と東京オリンピックの40年前を思い出させてくれた。「走る哲人」アベベ、「体操の女王」チャフラフスカなど未知の国のスター…。懐かしい。

でも本当に思い出したのは「京都日帰り旅行」。新幹線が開通して「最もナウいのが…」と週刊誌に紹介されていた。そう、京都日帰りデート。やってやろうと思った。独身貴族でおカネはあった。相手もいた。OKと返事ももらった。だが「待った」をかけた者がいた。彼女は寮生だった。管理人が「外泊は認めない。日帰りというが、新幹線などアテにできない。もし日帰りできなかったらどうする」と反対したのだ。まだ開通したばかりの新幹線。信頼されていなかった。条件を出した。「帰りが飛行機ならよい」。

この管理人。もちろん「飛行機といえば男も諦める」と計算した。「それでも…」と言うはずがない。今と違って飛行機は高い。湯水のようなおカネの使い方をするはずがない。そんなバカはいない。そう思った。でも、いた。

朝一番の薄暗い東京駅に現れた彼女を見て、ボクは感激した。「一生をともにしたい」と心に誓った。寮を出たのは4時頃に違いない。当時は大変なことだったのです。

どんな京都だったか、まるで覚えていない。覚えているのはこの管理人、家内と私との結婚に強硬に反対したこと。「見込みがない」と家内に言ったそうだ。カネ使いが荒いからではない。私の仕事ぶりを毎日見ていた。そう寮や寮生の様子を毎朝、私に報告していたのです。もちろん、家内の京都行きの相手であることも知っていた。だが「飛行機なら…」と言ったのが大失敗。そう言って反対していなかったら、二人はどうなったか分らない。なんちゃって…。日経のコラム「春秋」を見たら「新幹線や高速道路、高層ホテルの開業など、あの年の東京は大変身…」と東京オリンピックの40年前を思い出させてくれた。「走る哲人」アベベ、「体操の女王」チャフラフスカなど未知の国のスター…。懐かしい。

でも本当に思い出したのは「京都日帰り旅行」。新幹線が開通して「最もナウいのが…」と週刊誌に紹介されていた。そう、京都日帰りデート。やってやろうと思った。独身貴族でおカネはあった。相手もいた。OKと返事ももらった。だが「待った」をかけた者がいた。彼女は寮生だった。管理人が「外泊は認めない。日帰りというが、新幹線などアテにできない。もし日帰りできなかったらどうする」と反対したのだ。まだ開通したばかりの新幹線。信頼されていなかった。条件を出した。「帰りが飛行機ならよい」。

この管理人。もちろん「飛行機といえば男も諦める」と計算した。「それでも…」と言うはずがない。今と違って飛行機は高い。湯水のようなおカネの使い方をするはずがない。そんなバカはいない。そう思った。でも、いた。

朝一番の薄暗い東京駅に現れた彼女を見て、ボクは感激した。「一生をともにしたい」と心に誓った。寮を出たのは4時頃に違いない。当時は大変なことだったのです。

どんな京都だったか、まるで覚えていない。覚えているのはこの管理人、家内と私との結婚に強硬に反対したこと。「見込みがない」と家内に言ったそうだ。カネ使いが荒いからではない。私の仕事ぶりを毎日見ていた。そう寮や寮生の様子を毎朝、私に報告していたのです。もちろん、家内の京都行きの相手であることも知っていた。だが「飛行機なら…」と言ったのが大失敗。そう言って反対していなかったら、二人はどうなったか分らない。なんちゃって…。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

「4月16日の午後8時40分頃、仕事を終えた小西議員が参院議員会館を出てきた時、ジョギング中の大柄の男性が前を通り過ぎた。すれ違いざま、男性が小西議員を見たため、小西議員は目礼をした。交差点に向かって小西議員は歩いていたが、前を走っていたその男性は小西議員の方を何度も振り返った。そのたびに小西議員は目礼を重ねた。男性は横断歩道前で立ち止まり、タクシーを拾おうとしていた小西議員に大声で言った。『小西だな』…。『小西です』と返事をすると、男性との間で激しいやりとりになった」(まぐまぐ)――。

男性『お前ちゃんと仕事しろ』…。小西議員『集団的自衛権の解釈変更の憲法違反を証明した国会議員です。中身は私のホームページをぜひご覧ください』…。男性『お前は気持ち悪いんだよ』『お前は国民の敵なんだよ』…。小西議員『国民の皆さんが戦争で殺されることがないよう頑張っているんです』…。男性の口から思いがけない言葉が漏れた。『俺は自衛官だ』…。小西議員は自らが力を入れている政治活動について再度、説明したが、男性は『お前は気持ち悪い』『国民の敵だ』と繰り返す。自衛隊中枢に一体、何が起きているのか――。

「『国のために命を賭けよ』と説く安倍首相。憲法で存在が明記されていない自衛官へのシンパシーが強い。日米同盟を強化、共同軍事作戦に従事させるため制服組を背広組と対等にしなければならないという思いがあった。翌年早々、制服組の権限を更に拡大した。有事の作戦計画を策定するプロセスを統合幕僚監部に一元化した。それによって背広組の優位は完全に崩れた。統合幕僚監部は戦前で言えば大本営の実体である参謀本部、軍令部といった存在。陸海空自衛隊を一体的に部隊運用するための頭脳集団といえる」(まぐまぐ)――。

「安倍官邸は2014年7月に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行なって以来、防衛省内の文官統制を破壊するかのような<改変>を着々と進めてきた。その第一弾が2014年10月14日付で第5代・統合幕僚長に河野克俊海上幕僚長を充てたことだ。河野統幕長は2014年12月に訪米した際、安倍政権が躍起になって実現を目指していた安保法制について『来年夏には成立する見込み』とアメリカ陸軍のレイモンド・オディエルノ参謀総長に伝えていたことが後に判明、<国会>で<問題>にされたことがある」(まぐまぐ)…。

「それだけ安倍官邸とは親密な関係であり、自衛隊法施行令で定める定年年齢(62歳)を超えた今も定年延長でその地位に留まり続けている。核武装論など極右的な言動で知られる元航空幕僚長<田母神俊雄>氏と安倍首相が似通った思想信条の持ち主であることはよく知られている。かつて田母神氏が村山談話などの政府見解と異なる論文を発表、それがもとで自衛隊を辞めた後、田母神氏を励ますパーティーに参加した安倍氏は、挨拶で盛んに田母神氏の<思想>を持ち上げていた」(まぐまぐ)…。

「熱心な日米同盟支持者でありながら、同時に米国が敗戦国・日本に強いた戦後処理に<憤慨>している安倍首相や田母神氏の考え方に同調する人々が少なからず自衛隊の中にもいるのであろう。小西議員を『国民の敵』と<罵倒>した男性は、かねてから河野統合幕僚長に<目>をかけられていたという。河野統合幕僚長が4月17日、議員会館の小西氏の部屋を訪れて謝罪したというが、<本音>ではどう思っているかわからない」(まぐまぐ)…。

「海軍の将校が起こした5.15事件の軍法会議は被告たちの刑が異常に軽かったことで知られている。執行猶予になって訪ねてきた被告の一人に、加藤寛冶という大将が涙ぐんで『君たちは実に気の毒だった。僕がやらねばならないことを君たちがやってくれた』と話したという。政治に<不満>を持って決行したとはいえ、犬養首相を殺害、政党政治の息の根を止めた<大事件>である。それについて海軍大将が<共鳴>するのだから異常と言う他ない。これ以降、政治や言論活動に対する軍人の<暴力>が横行、<恐怖>時代へと突き進む。

<自衛隊員>の中にも様々な考えの持ち主がいるだろう。しかし、何事も<極端>主義はいけない。可燃性のイデオロギーは御免被る。ヒゲの隊長こと佐藤正久外務副大臣は昨年12月5日の参議院外交防衛委員会で『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応える決意であります』と就任の挨拶をした」(まぐまぐ)――。

「自衛官の『服務の宣誓』の一部を引用したものだ。今や文民である佐藤氏が自衛官のみに課せられた任務への重い覚悟を軽々に述べたことに対し、国会で批判の声が上がった。シビリアンコントロールという意味でも問題だ。今、制服組は発言力を強め、22万人を超える自衛隊の票をバックに強力な<政治力>さえつけつつある。<安保>法制の<制定>により<制服組>の<権限>拡大が加速している」(まぐまぐ)…。

「安倍官邸の<タカ派>防衛政策によって<増長>したエリート自衛官が日頃から気に食わない国会議員に<暴言>を吐いたのが、今回の事件だといえるかもしれない。それにしても<自衛官>が<国会議員>に暴言を浴びせるなどということは殆ど聞いたためしがない。河野統幕長は<責任>をとるべきではないか」(まぐまぐ)――。

「<増長>したエリート自衛官」が「気に食わない国会議員に<暴言>」…。<歴史>を歪めかねない<大事件>!<猛省>すべきは「官邸の<タカ派>防衛政策」である…。「河野統幕長は<責任>をとるべきではないか」と「まぐまぐ」<新恭>さん(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』著者で元全国紙社会部記者)――。トップが変わり、<タカ派>の風潮が「自衛隊」に<蔓延>となったら、まさに<一大事>!<放置>は許されない――。「組織文化」の<腐敗>は「歴史」を<歪め>かねない。<5.15><2.26>の教訓である。 (平成30年4月28日)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

「自衛官による民進党議員への『暴言事件』が波紋を呼んでいます。元全国紙社会部記者の新恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で事件を詳細に振り返るとともに、このような事態が発生した原因の一つに、安部官邸が着々と進めてきた『防衛省内の文官統制を破壊するかのような改変』があるのではとした上で、自衛隊トップ河野統幕長の責任を問うています。自衛隊中枢に一体、何が起きているのか」と「まぐまぐ」(4月27日)。

「周知の通り、安倍政権は自衛隊を戦争のできる組織にしようとしている。どこの国でも権力者が掌中にしっかり治めておきたいのが軍事組織。寝首をかかれたら大変なことになる。戦前、青年将校が政治に不満を持ち、5.15事件、2.26事件などで政治家を殺害した。暗殺の恐怖で政党は活力を失い、軍部独裁国家となって日本は無謀な戦争に突入した。この痛切な教訓が、自衛隊という武装組織を文民たる政治家や官僚が統制するシビリアンコントロールのバックボーンといえる」(まぐまぐ)…。

「しかし、安部政権になってから、文民のトップである総理大臣自身が、武力行使の抑制というタガを取り外したがっているように見える。戦後の平和憲法を否定するこの政権のもとで、自衛隊が大きく変質を迫られているのではないかと多くの国民が危惧しているのは確かであろう。そういう意味で小西洋之議員(民進党)が遭遇したエリート自衛官による“暴言事件”にはギョッとさせられた。インターネットメディア『IWJ』の取材に対し、小西議員が“事件”の一部始終を細部にわたって再現している。

4月16日の午後8時40分頃、仕事を終えた小西議員が参院議員会館を出てきた時、ジョギング中の大柄の男性が前を通り過ぎた。すれ違いざま、男性が小西議員を見たため、小西議員は目礼をした。交差点に向かって小西議員は歩いていたが、前を走っていたその男性は小西議員の方を何度も振り返った。そのたびに小西議員は目礼を重ねた。男性は横断歩道前で立ち止まり、タクシーを拾おうとしていた小西議員に大声で言った。『小西だな』…。『小西です』と返事をすると、男性との間で激しいやりとりになった」(まぐまぐ)――。

男性『お前ちゃんと仕事しろ』…。小西議員『集団的自衛権の解釈変更の憲法違反を証明した国会議員です。中身は私のホームページをぜひご覧ください』…。男性『お前は気持ち悪いんだよ』『お前は国民の敵なんだよ』…。小西議員『国民の皆さんが戦争で殺されることがないよう頑張っているんです』…。男性の口から思いがけない言葉が漏れた。『俺は自衛官だ』…。小西議員は自らが力を入れている政治活動について再度、説明したが、男性は『お前は気持ち悪い』『国民の敵だ』と繰り返す。自衛隊中枢に一体、何が起きているのか――。

「一般人なら国会議員に何を言おうと許されるが、自衛官のこの発言は自衛隊法など職務ルールに反する。小西議員は『撤回しないといけない』と諭した。男性は『国会議員に意見を言って何が悪いんだ』と絡んでくる。小西議員は言った。『国会議員を“国民の敵だ”という発言はシビリアンコントロールそのものを否定するものだ。撤回してください』。男性は徐々に小西議員に近づいてきた。小西議員は身構えつつ『撤回』を求めた」(まぐまぐ)。

「そして近くで警備にあたっていた警官に事情を説明、立ち合ってもらった上で『撤回しないのなら、防衛省に貴方のルール違反を通報するが、それでもいいか」と尋ねた。男性『撤回しない』…。小西議員は携帯で豊田硬・防衛事務次官に電話、状況を伝え『人事担当者に私の電話に連絡するようお願いします』と依頼。午後8時55分頃、指示を受けた人事局長から電話があった。男性を取り囲む警官の数が増えてきたため、男性の態度が変わり始めた。最終的に男性は『勉強になりました』と謝罪めいた言葉を口にした」(まぐまぐ)――。

「防衛省の調査で男性は統合幕僚監部指揮通信システム部の30代の3等空佐とわかった。防衛大を卒業、航空自衛隊に入った。3佐といえば戦前なら少佐。小西議員が『5.15事件や2.26事件の青年将校を想起させる』と言うのも頷ける。それにしても安保法制に反対する野党議員に憤るこの3等空佐のような自衛官は、統合幕僚監部の中で特異な存在のだろうか。もしも多数派をなしているとしたら空恐ろしい。ここ数年で自衛隊の中枢に異変が起こっているのはうすうすわかっていた」(まぐまぐ)――。

「2015年6月に安倍政権が法律を改正、防衛省内における制服組と背広組の関係を変える方向に舵を切ったからだ。それまでは『文官統制』の意味から、防衛官僚(背広組)が自衛官(制服組)より、どちらかというと優位の立場だった。自衛隊の最高指揮官はもちろん内閣総理大臣だ。従来だと制服組は基本計画などに関わっていたものの、防衛大臣を直接補佐することができず、事務次官などの『背広組』が独占的にその任にあたっていた。

だが『国のために命を賭けよ』と説く安倍首相。憲法で存在が明記されていない自衛官へのシンパシーが強い。日米同盟を強化、共同軍事作戦に従事させるため制服組を背広組と対等にしなければならないという思いがあった。翌年早々、制服組の権限を更に拡大した。有事の作戦計画を策定するプロセスを統合幕僚監部に一元化した。それによって背広組の優位は完全に崩れた。統合幕僚監部は戦前で言えば大本営の実体である参謀本部、軍令部といった存在。陸海空自衛隊を一体的に部隊運用するための頭脳集団といえる」(まぐまぐ)――。

「安倍官邸は2014年7月に集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行なって以来、防衛省内の文官統制を破壊するかのような改変を着々と進めてきた。その第一弾が2014年10月14日付で第5代・統合幕僚長に河野克俊海上幕僚長を充てたことだ」…。<続く>――。
(平成30年4月28日)

全1ページ

[1]


.
kom*_19*7
kom*_19*7
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
友だち(24)
  • ナルっち
  • 俊ちゃん
  • zentokare
  • くりゅぐ
  • ★オオクワ★
  • めで鯛布袋
友だち一覧

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事