火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「見ると千住から下谷、本郷、神田、日本橋の方から、深川城東方面も四方一面の火の海である――。73年前の3月10日未明。後に書家となる井上有一は東京大空襲の惨状を墨絵と文章でこう残した。当時は下町にある小学校の若き先生で、宿直中に屋上へ駆けたという。▼グアム、サイパンなどマリアナ諸島は既に米軍の手中にあり、そこから飛び立つ爆撃機B29に首都をはじめ全土が狙われた」と「日経」コラム<春秋>(3月9日)――。

「発火性の薬剤を詰めた<焼夷弾>の<猛火>は、つむじ風となって道を走り抜ける。数時間で10万人が犠牲となったといわれる井上本人は階段裏にある倉に身をひそめ、炎熱に耐えて一命をとりとめた。▼『倉庫内にて聞きし親子断末魔の声 終生忘るなし』。井上が震えたむごたらしい無差別爆撃だが、庶民の戦意を奪う他、もう一つの<戦略>もあった。米軍の司令官ルメイ少将は『日本の工業は数千の下請け零細業者に支えられている』と知っていた。これを一掃すべく、焼夷弾で夜間、低空からの攻撃を選んだという」(春秋)――。

<無差別爆撃>!むごたらしい<戦禍>…。火山もまた体験した。1945年(昭和20年)3月10日。急を告げるサイレン。無常な響きだ…。母の指図で「六郷大橋」の下に避難した。低空飛行のB29。火山目掛けて襲ってきた。巨大な機体、次第に近づき、大きくなる姿。火山、ありありと、今も思い描ける――。一夜にして全てを奪われ、焼け出された。翌朝、空腹のまま焼け跡を、さ迷った。横浜在住の<叔父>2人が救助に来てくれた。自転車に乗って現れたと記憶する。中区「不老町」、現・中区役所近くの母の実家に身を寄せた――。

「▼『私は<民間人>を殺していたのではない。<軍需>工業を破壊していたのだ』。ルメイの言葉と伝わる。国レベルの戦いの論理には罪なき人々の命の尊さは入り込むすきがないようだ。各地で市民に累が及ぶ紛争は絶えず芽も消えない。私たちはこの種の<野蛮>な理屈の<呪縛>から<自由>になれただろうか。顧みるのが怖い気もする」(春秋)――。

「国レベルの戦いの論理には罪なき人々の命の尊さは入り込むすきがないようだ」と「日経」コラム…。一見、もっともらしく、しかも「人道的」に読める。だが火山、ハッキリ書こう!こんな安易な筆致、許せない――。なぜか!あの<大戦>!第二次世界大戦…。昭和初年、田中義一(政友会)首相に始まる軍国主義化。その暴走を許したメディアの<怠慢>を棚に上げ、敗戦の<戦禍>だけを論じる。こんな美談めいた論調に自覚もなく酔いしれる――。

「『私は<民間人>を殺していたのではない。<軍需>工業を破壊していたのだ』。ルメイの言葉と伝わる」(春秋)――。<ルメイ>少将は確かに「東京大空襲」を指揮した「米軍の司令官」ではあった。だがあの大戦を勃発させたのは、彼ではない。彼もまた「将棋の駒」に過ぎない。いわば「被害者」…。告発されるべきは<国家>であり<政治家>だろう。誰がそんな<歴史>をつくったのか。そこを追及、分析すべきではないか。<教訓>は何か。

<東京大空襲>…。「第二次世界大戦末期にアメリカ軍により行われた東京に対する焼夷弾を用いた大規模な戦略爆撃の総称。広島・長崎に対する原爆投下、沖縄戦と並んで、都市部を標的とした無差別爆撃によって民間人に大きな被害を与えた。早乙女勝元によれば、空襲としては史上最大規模の大量虐殺とされる。東京は1944年(昭和19年)11月14日以降、106回の空襲を受けたが、死者数は10万人以上。特に1945年3月10日の空襲(下町空襲)は有名。この3月10日の空襲だけで罹災者は100万人を超えた」(ウィキペディア)。

「国レベルの戦いの論理には罪なき人々の命の尊さは入り込むすきがないようだ」(春秋)…。唖然!何を抜かす――。なぜ「国レベルの戦い」を論じないのか。自分は<無関係>なのか。何のために<ジャーナリスト>になったのか。コラム<紙面>を預かったのか――。万事が<他人事>(ひとごと)…。<自分事>とは<夢想>もしない。こういうのを<酔生夢死>という。アホか!顔を洗って出直せ――。こういう連中を<お役人>という。<無責任>を絵に描いている。許し難い。<驕り>と<緩み>!<安倍一強>に通じる体質――。

第一、<国>は「罪なき人々の命の尊さ」を考えているのだろうか。それは「国の専売特許」なのだろうか。「メディア」の使命、責任は何か…。火山、こんな<姿勢>許せない――。現役の頃、「企業は<自己実現>の場、人生は一人一人が<主役>」が火山のモットー。7000人規模の中堅電機(国際企業)の教育部長(理事)で定年を迎えた。「常識を疑う<哲学>精神」ももう一つのモットー。何回も<左遷>を体験。どん底を観た想い。そして辿りついた心境が上記――。この3月30日、81歳の誕生日を迎え、改めて<自己実現>を考えた。

4月5日は「結婚記念日」(第52回)…。昨4月8日(日)、孫2人(中2・小6)、娘、家内と横浜中華街で<祝膳>を囲んだ…。♪ 行く春や 西行法師の 夢を見る(火山)――。火山の誕生日、実は<閏年>になると<西行>の命日…。この句は<古希>70歳に詠んだ。

♪ 妻老いぬ 小さき庭に 蝶の夢(火山)――。今、72歳となった家内。若い頃、オードリー・ヘップバーン、そっくり。評判の美少女だった。だが火山と結婚したために生涯、貧乏…。「小さき庭」に甘んじる人生となった。「蝶の夢」というが、家内に「自己実現」は存在したのだろうか――。そして家内の「人生」に<主役>の座は、存在したのだろうか。

「あ、ヘップバーンがいる」…。1960年(昭和35年)6月、女子寮生225名を6台の観光バスで都内観光に案内したわが社。その1台のガイド役が火山。数寄屋橋で下車の際、家内を発見。でも「君の名は」とは聞けなかった――。でも「赤い糸」は結ばれていたらしい。
(平成30年4月9日)

さいしょのペンギン

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「水族館などでペンギンの行動を観察していると面白い。水辺に並び、なかなか飛び込まずに『どうぞお先に』と譲り合っているように見える。微笑ましい光景だが、背景には自然界の厳しい掟がある」――7月21日のコラム「明日への話題」。何とも楽しい記事。筆者は脳科学者・茂木健一郎。ここからが凄い。

海に飛び込むのは実は凄いリスク。ペンギンは氷雪の上にいる。海に入らないと餌にありつけない。だが水中には天敵のオットセイが待ち構えているかも…。いないことを確かめたい。誰かが先に飛び込むのを待っている――げっ。誰か先に飛び込まない限り、餌を取れない。誰が「さいしょのペンギン」になるか。「成功が保証されていない中で、フロンティアに挑戦する。そのような『さいしょのペンギン』を人間の社会も必要としている。特に横並び意識の強い日本では、もっと多くの『さいしょのペンギン』が出現する必要があるようだ」と続く。――凄い。

郵政国会の小泉さん。「小泉内閣が初めて<民営化>を言った。他の内閣だったら絶対やらない」と絶叫…。今や<袋叩き>――『さいしょのペンギン』は辛い。現役時代、銀行から会社<再建>のため派遣された社長がいた。苦労人だった。銀行では学歴がないのに叩き上げで筆頭専務になった。独学で教養も身に付けた。そんな社長が「リスクをとらない『横並び意識』にハッパ」をかけた――「年頭挨拶」で言った。「走らなければ転ばない。寝転んでいれば楽だ。でも自分は寝転んでいるくせに、走って転んだのを見て笑うのは最低だ」――。日本には「出る杭を打つ」という伝統もある。だから困るのです。

何もしなければ「失敗」しない。笑ったり、批判をしているのが一番楽。でもそれでは何も始まらない。誰かが『さいしょのペンギン』にならないと…。イニシアティブです。『さいしょのペンギン』をもっと大切にしませんか。

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