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4月7日に出演したゲストはモーツアルト研究家の海老沢敏。「モーツアルトはピアノ協奏曲をウイーン時代に書き始めているが、姉ナンネルとの再会を果たしたザルツブルグ時代にいろいろな工夫が施され、一層の磨きがかかった。この2台のピアノための協奏曲はお姉さんのナンネルとの共演のために作曲した。私は皆好きだが、やはり<第二楽章>が特に好きだ」と言った。参った。やはりモーツアルトは第二楽章が秀逸なのか――。
この日、紹介されたのはモーツアルトがザルツブルグで23歳の時に作曲した「ピアノ協奏曲」変ホ長調第10番(2台用)(K365)。ミュンヘンでクリスマスの夜、結婚まで考えていたソプラノ歌手アロイジアに冷たくあしらわれ、思いもしなかった<失恋>。悲嘆のどん底に落ち込んだモーツアルト。慰めにマンハイムから飛んできてくれた従妹のベーゼレと別れると、傷心を故郷ザルツブルグで癒そうと考え始める。
郷里には愛する父と姉がいる。姉ナンネルはモーツアルトより5歳年長。ピアノの名手で、モーツアルトと同じく<神童>と騒がれたという。モーツアルトはこの姉が大好きで、旅先でも新しいピアノ曲を書き上げると、必ずナンネルに楽譜を送っていたという。
ザルツブルグは「市場で野菜を買う主婦、楽器を抱えた音楽院の学生、客待ちのタクシー、足早に広場を横切るカトリックの聖職者たち、通りの一角では数人の労働者が敷居の補修工事をしている。土産物を売る店やカフェはどこもひまそうだ……。たいていの旅行者は3日もいれば、もうこれといってすることがなくなってしまう」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮文庫・9頁)。オーストリアの一地方都市。二百年前とそれほど大きく変わっていないという。
火山もかつて家内と二人でこの地を訪ね、モーツアルトの生家を見て、カラヤンがよく通ったという高級レストランで食事をした。映画「サオウンド・オブ・ミュージック」の舞台となった僧院や古城も見た。でも確かに最後は時間を持て余した。
モ−ツアルトは21歳の時、この田舎町が嫌になり、けちな大司教に辞表を叩きつけて出奔。オペラを書きたいと思っていたモーツアルト。オペラ劇場もないことに我慢できなかった。でも夢を抱いて大都会ミュンヘン、マンハイム、パリと歩いた1年4ヶ月の旅行はモーツアルトには<試練>以外の何物でもなかった。<就職失敗><母の死><失恋>――。傷心のモーツアルトはついに決意した。父の勧めにしたがってザルツブルグに帰ろう。父があの大司教に嘆願、復職を認めてもらったのだ。いざ父と大好きな姉のいる街へ。
モーツアルトはオペラと並んで「ピアノ協奏曲」を作るのが大好きだった。姉ナンネルとの再会を喜び、気心の知れた姉といの<連弾>を夢見てこの<K365>を作曲した。<2台のピアノ>のためのコンチェルト。「明るさに溢れたメロディー。姉との対話を楽しんでいるようだ」と解説の字幕が流れた。
ナンネルのつけていた日記がテレビに出た。いたるところにモーツアルトの<落書き>があるという。「ナンネルはお馬鹿さんだ!」――など。悪フザケが多い。でも「ミラベル庭園へきた。もの悲しい。雨は降ってほしい時には降らない」という書き込みもあるという。大好きな姉に再会しても癒されない痛み。モーツアルトにも眠れない夜があったらしい。
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