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「『似てるなあ 日銀もんじゅ稀勢の里』。2年前の9月、ある新聞にこんな川柳が載った。何か大きなことをなしとげてくれそうな気配を漂わせながら<期待>を<裏切り>続ける。そんな共通項を捻り出し秀逸だ。この時からサクラが2度咲いて、散ったが現状はどうか。▼使った以上の燃料を生み出す夢の原子炉といわれた『もんじゅ』はナトリウム漏れ事故やズサンな安全管理が祟り、この一句の3カ月後に廃炉が決まっている」と「日経」コラム<春秋>(5月16日)…。だが「もんじゅ」は<国家的>犯罪!稀勢の里とは比較できない。
「もんじゅの失敗は百パーセント保証済み」――。これはあの「3・11.東日本大震災と福島原発事故」(2011年3月11日)の直前、地元コミュニティ「防災本部長」の職責にあった火山が愛読していた「原子炉時限爆弾〜大震災に脅える日本列島」(広瀬隆。ダイヤモンド社。2010年5月16日初版)の一節(252頁)のタイトル…。以下、精査してみよう。
「高速増殖炉<もんじゅ>の運転再開は、2010年5月6日に強行された。1985年10月、建設に着工、1994年4月に臨界に成功、大喜び。ところが1995年12月8日に早くも大事故。事故隠しが次々と暴露され『嘘つき動燃』の言葉が新聞とテレビで連日報道された。そこで1998年10月1日に改組、核燃料サイクル機構と看板を掛け変え、2005年10月1日には、更に日本原子力研究所と合併して、再び日本原子力研究開発機構(原研機構)と看板を掛け変えて、動燃時代の姿をくらましたが、中身は同じである」(246頁)…。
「14年5カ月も運転できずに、満身創痍のままボロボロの<もんじゅ>の運転再開を、2010年に強行した原研機構トップの理事長・岡崎俊雄は、科学技術庁原子力委員長として、1995年の<もんじゅ>ナトリウム漏洩火災事故の監督責任者だった当人である。ところが原子力の世界では、ヤクザと同じようにこうした犯罪歴が勲章になるらしく、その後、科学技術庁トップの事務次官に出世したのだ。
ところが、1999年には東海村の臨界事故が起こって、引責辞任に追い込まれた。ところが、2000年には原研の副理事長、2004年には理事長に返り咲き、2007年1月1日から、原研機構理事長に出世したという、『ところが』だらけの目まぐるしい履歴の持ち主である」と
「原子炉時限爆弾〜大震災に脅える日本列島」(広瀬隆。ダイヤモンド社。247頁)――。
「もんじゅの失敗は百パーセント保証済み」…。「結論だけ書くが、1951年に世界で最初に電気を起こした原子炉は、アメリカの高速増殖炉『実験炉EBRI』だったが、1955年に暴走が起こって、危険性が明らかになって以来、1966年にも高速増殖炉Eフェルミ1号が炉心溶融事故を起こし、開発から30年後の1984年、アメリカは高速増殖炉の研究中止を決定、全面的に断念した。イギリス、ドイツ、フランス、ロシアも全て、重大事故を続発して高速増殖炉の開発に失敗、遂に断念した」(253頁)…。これが<もんじゅ>の宿命――。
「一方、日銀は2%の物価安定目標の達成時期を何度も<先送り>したあげく、先月末、ついに明示をやめる方向へ<舵>を切った。さすがの<黒田節>も湿りがちである。▼そして大相撲の<稀勢の里>。ファンを何度もヤキモキさせながら、昨年1月に悲願の賜杯を手にし<綱取り>を果たした。ところが次の春場所で連続優勝と引き換えるように大けがを負ってしまい、7場所<連続休場>の<苦境>にあえぐ。黒田さんにしろ横綱にしろ、思うに任せぬあれこれを抱える身に<歳月>はことの他、重いはずだ」(春秋)――。
▼冒頭の句に妙に共感してしまうのにはわけがあろう。才走った能吏や稽古熱心な関取にだって、うまく事が運ばない時がある。なかなか結果が出なかったり、仕事が軌道に乗らなかったりする日々に悩むのは人間として珍しくない。そんな含みも感じる。五七五の効用か。気ぜわしい日々に、少し肩の力が抜ける気もする」(春秋)。
「1月は野も丘も木々も静まるから、<しいん>、2月は氷の割れる音なのだろうか、<ぴしり>、3月は雪解け水の<たふたふ>、4月は花びらやチョウが目に浮かぶ<ひらひら>。詩人、那珂(なか)太郎さんの『音の歳時記』。それぞれの月によく似合う『音』を教えてくれる。▼5月のオノマトペ(擬音語)は<さわさわ>であるとその詩人は言っている。「新緑の木立にさわさわと風がわたり/青麦の穂波もさわさわと鳴る(略)/さつきなかばはなほさわさわと清(す)む」と「東京」コラム<筆洗>(5月14日)…。
「▼<さわさわ>の5月。その音に『濁点』を冷酷に打ちつけ、心落ち着かぬ<ざわざわ>の5月へと変えられてしまった気がしてならぬ。新潟市西区のJR越後線の線路で近くに住む小学2年生の大桃珠生さん(7つ)の遺体が見つかった殺人、死体遺棄事件である。▼事件当日の7日から1週間が過ぎた。カレンダーを見る。その日はこどもの日から2日後。そして昨日の母の日へと続く――。
▼何もなければ、1年で最も過ごしやすく、家族の笑い声が似合う1週間かもしれぬ。その1週間を、大切な子どもを突然に奪われた家族がどんな思いで過ごしていたか。想像するだけで胸が痛い。▼その女の子には5月の<さわさわ>が2度と巡ってこない。6月の<しとしと>も7月の<ぎよぎよ>も8月の<かなかな>も9月の<りりりり>も、もう聞くことはない。やりきれぬ」と「東京」コラム<筆洗>(5月14日)は結ぶ――。
日本の<四季>は実に麗しい…。だが同じ<列島>の上で、実に醜い<隠蔽><虚偽><改ざん>が繰り返されている。もうそろそろ<正義><正論>の出番と行きませんか――。
(平成30年5月21日)
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