火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「アメリカンフットボールの日本大の選手が、関西学院大との定期戦で<危険>で悪質な反則行為をした。<ルール>順守が最優先されるスポーツで何が起こったのか。指導者には真相を語る<責任>がある。<謎>だらけである。アメフットは東京大や京都大がかつて強豪だったように、<知力>も重要な要素となるスポーツだ。プレーブックと呼ばれる作戦指示書はチームによっては200頁に及ぶものもあり、選手はこれらを<頭>に入れることが求められる」と「東京」社説(5月18日)…。昨22日、テレビは46時中、大騒ぎ――。

「日大のアメフット部員は100人を超える。無防備な相手クオーターバックに背後からタックルして負傷させるなどラフプレーを繰り返した選手は、レギュラーに近い位置にいた。選手は『(反則を)やるなら(試合に)出してやる、と監督に言われた』と関係者に話しているというが、たとえそのような指示があったとしても、実行に移すことがどのような結果を招くか十分に理解できたはずである」(東京)…。だが組織の重圧。軽々に論じられない。

「一方の<内田正人>監督は日大広報部の調査に対し『必死で頑張ってこい。戦え。厳しくやれ』などとは言ったが、違反しろという指示はしていないとし、両者の言い分は食い違っている。ヘルメットなどの<防具>を身に着けるアメフットは肉体と肉体が激しくぶつかり合う。そのためルールが細部にわたって決められ、選手を重大な<事故>から守っている。それでも本場の米国では脳に受けたダメージで競技経験者が若くして<死>に至る例が多いことが近年の調査で分かり、社会問題となっている」(東京)…。まさに社会・組織問題。

「日大の同部OBで、2003年から15、16年を除いて指揮を執り続ける同監督が、これらの事例を知らないわけがなく、たとえ勝利の重圧があったとしても<悪質>な<反則>行為を選手に指示したとは普通なら考えがたい。監督の厳しい表現に選手が過剰に反応した可能性もあり、日大側も『指導者の指導と選手の受け取り方に<乖離>が起きていたことが問題の本質』と説明している。ただこの問題が<波紋>を広げているのは、内田監督が公の場に姿を現さないことも一因としてある」(東京)…。諸悪の根源は監督!一因ではない。

「監督の指示を選手が誤って<解釈>したとしても、監督がルールを順守して対戦相手に<敬意>を抱く指導を徹底できず、チーム内に反則許容の空気を作ったことは事実。その責任を背負って<真相>を語る<覚悟>が<指導者>も<大学側>も問われている」(東京)。

「『ゲバ字』をご存じだろうか。学園紛争が盛んな頃、ビラや立て看板に躍っていた独特の書体だ。字形は極端に角張り、闘争を斗争、万歳を万才などと略字で書き、いかにも物々しい雰囲気を伝えていた。中国の文化大革命に登場した『大字報』の影響もあったろう。▼かつては全国どこの大学へ行っても、この手のタテカンが散見された。しかし活動家学生が口にした<ゲバルト>(暴力)なる言葉が世間でどんどん縁遠いものになり、<ゲバ棒>も<ゲバ字>も昨今はとんと目にしない」と「日経」コラム<春秋>(5月20日)――。

「とはいえ、タテカンそのものは辛うじて命脈を保ち、その一番の名所が京都大の吉田キャンパス周辺だった。▼サークル活動の勧誘。演劇公演の告知。中には政治的なやつもあるが大半はカラフルで<学園祭>の<ノリ>だ。ところが大学当局は、京都市の屋外広告物条例などに触れるとして撤去に乗り出した。抵抗する学生らが再設置、当局が撤去とイタチごっこが続く。条例に例外なしと市も譲らず、久々に学園紛争めいた展開である」(春秋)…。

「▼<ゲバルト>っぽい騒ぎだが、学生の表現活動をあまりしゃくし定規に規制しては収拾がつかなくなろう。現場は銀閣寺にもほど近い、京都らしい場所だ。色とりどりの<今風>タテカンも含めて、京都らしい場所ではないか」と「春秋」――。<今風>ゲバルトとは笑える…。アメフトは<知力>が不可欠…。だから一時は<東大><京大>が強豪だった…。だが月去り、時移り、日大に権威が転移!<死守>せんとする強烈エゴが<内田正人>なる<巨悪>を育てた。誰も文句を言えない。だから<加害>選手は<被害者>かも――。

「自衛官の暴言。訓戒処分では軽すぎる」と「朝日」社説(5月11日)…。「<幹部>自衛官が国民の代表である国会議員を<罵倒>する異常事態に対し、処分は軽すぎる。防衛省は問題の<深刻さ>を見誤っていないか。統合幕僚監部に勤務する30代の3等空佐が、当時民進党の小西洋之参院議員(無所属)に<暴言>を吐いた。防衛省は3佐の<懲戒>処分を見送り<訓戒>に留めた。懲戒処分は自衛隊法に基づき免職、降任、停職、減給、戒告の5段階。懲戒に至らない軽微な規律違反には内規に基づく訓戒、注意が適用される」――。

「訓戒は下から3番目に軽い処分でしかない。16年1月の参院予算委員会に防衛省幹部3人が大雪で遅刻した時の処分も訓戒だった。3佐の言動は<政治>が<軍事>に優越するシビリアンコントロール(文民統制)の原則を明らかに<逸脱>している。それを遅刻と同程度の処分とはいかがなものか。処分の理由が自衛隊法58条の『<品位>を保つ義務』違反とされ、61条に定めた『<政治的>行為の制限』違反を認めなかったことだ」(朝日)…。

「3佐は相手が国会議員と承知の上で<自衛官>と名乗り、批判。河野克俊・統合幕僚長は発覚後の会見で『文民統制に疑義が生じている』と語った。戦前、軍部が<暴走>した反省から自衛隊には憲法や法律に基づく制約が課されてきた。だが安倍政権は<憲法>や<国会>を軽んじ、批判的な野党を敵視する姿勢が目立つ。政治が生み出す空気が甘い処分の背景にあるとすれば、危うい。自衛隊への信頼の根幹を支える<文民統制>と政治的中立を有名無実化させてはならない」(朝日)…。日大の腐敗!<暴走>という点で同質。危うい。
(平成30年5月23日)

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あかねさす 紫野(むらさきの)行き 漂野(しめの)行き 野守(ぬもり)は見ずや 君が袖振る(額田王)

万葉集巻1の歌。季節は盛夏。夏草の生い茂る野のあちこちに宮廷人が駆け巡る。兄に奪われたかつての恋人の姿を遠くに見て、近づくことはできないが、恋しさのあまり袖を振って切ない胸の内を伝える男。女は胸を弾ませながらも夫に見つかったら大変と心を痛める。兄とは中大兄皇子(天智)、男は後に天武となる大海人皇子。女は額田王34歳。有名な三角関係です。

恋の恨みを果たしたわけではないが、後に兄・天智を暗殺、その子・大友皇子を殺して天皇になったのが天武。「逆説の日本史」の井沢元彦は天武を異母兄、弟ではないと新説。 中大兄(天智)が企てた蘇我入鹿暗殺と大化改新。入鹿を参内させた女帝・皇極は中大兄の母。朝鮮3国(高句麗・百済・新羅)の使者が大和朝廷へ臣従を誓う儀式の席で惨劇は起こった。場所は飛鳥板蓋宮。今も遺跡が残る。暗殺は6月12日。

クーデターの結果、豪族連合の上に載る形だった天皇家が覇権を確立、古代国家(律令体制)成立へ第一歩が切られた。母・皇極は息子の中大兄に皇位を譲ろうとしたが、中大兄の盟友・中臣鎌足が時期尚早と進言、皇極女帝の弟の軽皇子が即位する。孝徳天皇です。 だが本命とされていたのが女帝の従兄弟の古人大兄。入鹿が後押し。聖徳太子の遺児・山背大兄はこのため入鹿に一族とともに滅亡させられた。入鹿暗殺を見た古人大兄は震え上がって皇位継承は辞退した。せっかく女帝の後、皇位についた孝徳だが、彼を見捨て、遷都して実権を握ったのが中大兄(天智)だから恐ろしい。孝徳の遺児が有馬皇子。中大兄が謀反の汚名を着せ、殺してしまう。

逮捕・尋問された有馬皇子は「天と赤兄に聞け、吾は知らず」と答えたという。この赤兄とは蘇我の一族、有馬を騙したのだ。入鹿を騙すのに一役買った石川麻呂はこの赤兄の兄。この兄弟は蘇我入鹿の従兄弟だから権力争いとは恐ろしい。

天智は弟を警戒、娘を3人も弟の大海人の后にした。後に持統となる鵜野皇女もその一人。鵜野は大海人(天武)との間に生まれた草壁皇子を天皇にしたいと願い、実姉・太田皇女が天武との間にもうけた大津皇子に謀反の罪を着せ、殺してしまう。 父・天智の遺児・大友皇子を殺すのも我が子・草壁を天皇にするため。壬申の乱。もっとも、この乱には大友の側にも後ろめたいところがあった。しかし覇権を握った天皇家の内紛は大変でした。

 黒岩重吾の古代小説を愛読した私ですが、今は皆捨てて手元にない。記憶が怪しいが、中大兄の母・皇極は素敵な女性だったらしい。額田も鵜野も太田も素晴らしい女性。彼女らの息子・大津皇子、大友皇子も万葉集に悲劇の記録を残した文武に優れた英才だった。有間・草壁を追悼する歌人がいた。柿本人麻呂だ。古代史のロマンは尽きない。

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「越中へ来て、彼は都にいた時よりもいっそう、時鳥の声を聞きたがる。時鳥は、春の終わりになるとやってくる。それはちょうど橘と藤の季節でもある」と梅原猛。小学館「人物日本の歴史」第2巻「天平の明暗」所収の「大伴家持」(258頁)だ。

越中守大伴家持は政治家だ。橘諸兄に引き立てられて家持は越中守に赴任した。時に諸兄は政治生命を賭け東大寺建設を進めていた。人民には重税負担。藤原氏の興福寺に対抗する大官大寺。朝廷内にも異論があったろう。特に藤原一族は諸兄を厳しく批判しただろう。

家持は諸兄のために越中で<出挙>に精を出していた。出挙とは春先に強制的に稲を人民に貸し利息をとる。梅原猛は<偽善的搾取>という。目的は東大寺の建設費用の調達だ。家持は諸兄の腹心。当時の諸兄政権は恥も外聞もなく、東大寺建設という大事業に邁進していた。だが幸福を呼ぶ<時鳥>は<橘>にくるのか、それとも<藤>か。

玉に貫(ぬ)く 花橘を 乏(とも)しみし このわが里に 来鳴かずあるらし
明日の日の 布勢の浦廻(うらみ)の 藤波に けだし来鳴かず 散らしてむかも
ほととぎす いとねたけくは 橘の 花散る時に 来鳴響(とよ)むる
ほととぎす 羽触(はぶり)にも 散りにけり 盛り過ぐらし 藤波の花(大伴家持)

前回にもご紹介した<橘>と<藤>の歌だ。家持の心の迷いを表現している。もちろん家持は<橘>に来ることを願っていたのだが――。東大寺と大仏の建造。大仏(廬遮那仏)の金銅像を作るという令が下ったのは天平15年(743年)。この年に諸兄は従一位・左大臣になっている。政権の首班。だが彼の政敵・藤原仲麻呂(後の恵美押勝)はこの年、参議に列した。諸兄60歳、仲麻呂38歳。諸兄の嫡男・奈良麻呂はまだ23歳。家持が気を揉むのは当然だろう。

藤原仲麻呂の初仕事は天平15年(743年)の「墾田永世私有」制定。これは「律令制」(公地公民)を揺るがす重大な改変。特に藤原4兄弟が残した莫大な遺産を持つ藤原氏にとって真に都合がよい。それが表面上は東大寺に私有の墾田を持たせ、巨大な金銅仏を作る財源を提供することになっていた。仲麻呂の政治センス、政治力は既に抜群だ。

廬遮那仏の金銅像を作るという令は下ったが、官民ともに反発は強かったらしい。「天下の富を有つ者は朕なり。天下の勢を有つ者は朕なり。この富勢を以ってこの尊像を造る」。この言葉は像の中から発見された時は有名になった。天皇専制の強権を表徴しているからだ。だが梅原。「何かこの言葉には不安が隠されている。十分人民の賛成が得られないので、だだっ子が俺は天皇だからなんでもできるのだ、と開き直った感がする」。確かにそう読める。

東大寺が計画されるまで奈良仏教は興福寺が中心。興福寺は外京高台の要地を占め、寺の面積も僧の数も最大。興福寺中心の仏教である限り、藤原氏の仏教支配は永久に崩れない。そこに割って入った東大寺建造。東大寺建造は天皇家の藤原氏権力への巻き返しとなる。この宗教的手段を使った巻き返しの首謀者は、もちろん皇親派の橘諸兄。藤原4兄弟は健在の頃、皇親派のトップ長屋王に<謀反>の罪を着せ、葬った実績を持つ。

長屋王と親しかったのが家持の父・旅人だ。旅人は大宰府に左遷されていた。古代から軍閥の雄だった大伴氏の武力を都から追放して藤原氏のクーデターは成功した。家持はこの歴史を忘れるはずがない。藤原氏の恐ろしさを充分知っていた。家持が<時鳥>に関心を持ち<橘>か<藤>か迷っていたのは充分想像できる。「(時鳥は)現実にないもの、今は存在しないものを求めてしきりに鳴き叫ぶ。永久に欲求不満の魂のようなもの」(梅原・258頁)――。だから越中に来て、余計に<時鳥>の歌を詠んだ。

橘氏と藤原氏の確執は、この後も家持の運命も狂わす。有名なのは天平勝宝9年(757年)の<奈良麻呂の変>だ。家持40歳。越中守から帰任、少納言となった34歳から6年が経過していた。この前年には聖武上皇が世を去った。橘諸兄には痛手だったろう。この天平勝宝9年1月、諸兄が没した。74歳。これが仲麻呂<暗殺>計画の引き金になる。

クーデター計画はすぐ漏れた。仲麻呂も警戒していたのだ。取調べを受けた陸奥守の佐伯全成は白状した。「暗殺計画は聖武天皇が病気をした天平17年(745年)から存在した」。つまり橘家は後ろ盾の天皇に万一のことがあったら危機と思っていたのだ。そしてこの年4月、大炊王(後の淳仁天皇)が立太子。孝謙女帝が譲位の準備をしたのだ。6月、女帝は諸氏の族長が密かに兵力を結集することを禁じた。翌月に暗殺計画が発覚。

梅原は「この反乱の計画は、橘氏の氏族としての不安から生じている」と指摘する。天平17年、奈良麻呂は佐伯全成に「(もし)他氏王を立てる者があらば、吾が族徒、まさに滅亡せんとす。願わくば大伴佐伯宿禰を率ひ黄文を立てて、君と為せむ。もつて他氏に先んぜば万世の基たらむ」と言ったという。

黄文王の父は長屋王。母は不比等の娘。奈良麻呂の母も不比等の娘。奈良麻呂は父・諸兄とともに黄文王に期待していた。橘氏の権力は元正女帝と聖武天皇の信頼の上にあった。阿倍皇太子(後の孝謙女帝)が立てば危険。クーデターはその時期から既に存在していた。

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