火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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日経コラム<春秋>――「ロンドンのトラファルガー広場は日本人観光客も多く訪れる名所の一つだ。広場の名前の由来であるトラファルガー海戦に勝利した英国海軍のネルソン提督の銅像が中央に立っている。海戦はちょうど200年前の10月21日に起きた」と始まっている。昨年のこの日の日経だ

「フランス、スペイン連合艦隊は大敗し、ナポレオンの英国征服の野望は完全に潰えた。英国は海上覇権を確立し、大英帝国として世界に君臨する道を歩む。海戦のさなか狙撃されて戦死したネルソンは救国の英雄となった」と続く。――火山、英文雑誌「ナショナル・ジオグラフック」10月号で読んだばかり。このブログでも<翻訳>をご紹介中。

「12歳で海軍に入り数々の戦闘を経験、右目の視力と右腕を戦傷で失っている。現場に精通、部下を褒めてやる気を引き出すのが巧みで、水兵からも大変な人気だった。ネルソンはリーダーシップを研究する格好の題材でもある」と紹介している。そう。企業の教育担当として管理職のリーダーシップ教育に力を注いだ。痛いほど共感できる。

艦隊が接近、舷側を互いに見せ<並走>しながら砲撃戦を展開。砲撃手が最も負傷する。だが提督は後方の安全なところで指揮を取る。負傷しない。だがネルソンは違った。いつでも砲弾が集中する最前線で指揮を取った。<命がけ>は水兵と一緒。だから一体感があり、人気が出た。<連戦連勝>――生きている時から<伝説>の<英雄>となった。

フランス、スペインの連合艦隊、数の上では優勢だ。<32対29>――。だが相手がネルソン。フランス、スペインの水兵たち、誰も勝てると思っていなかった。名前を聞いただけで脅えた。英国の水兵は誰も負けると思っていなかった。やる気満々。ナポレオンは当時、現代のスターリンやビン・ラーデンと一緒。皆から憎まれてもいた。これも利いた。

フランスにも人材がいた。ネルソンを倒すことが勝利の決め手と見抜いた艦長がいた。ネルソン座乗のビクトリー号が、この艦長のレドゥタブル号と接触した時、艦長は優秀な狙撃手を選び、特訓を重ね、ネルソンを狙い撃ちできるようマストに登らせていた。これではネルソンもたまらない。集中砲火。ネルソンが最前線に立つことを利用されたのだ。

ネルソンが倒れても英国の艦隊は屈しなかった。一人一人が自分の任務を知っていた。迷わずに<任務>を果たした。<各員が国家のために義務を果たすことを期待す>というネルソンのメッセージ(軍艦旗)の下で戦っていた。

この日、ネルソンは教科書の<常識>では<厳禁>の戦法を取った。舷側を並べて戦うのではなく、横に展開する連合艦隊の真っ只中を<T字型>に<突っ切る>戦法を取った。最初に敵艦から<集中砲火>を浴びる。だがいったん優位に立てば敵を<殲滅>できる。ネルソンが狙ったのは単なる<勝利>ではない。ナポレオンの野望を完璧にくじく。<殲滅>こそ、目標だった。

ネルソンは<刺客>に倒れた。だが英国艦隊は<完勝>。<歴史的大勝利>だ。どこかの国にも最近、同じことが起こった。そう、小泉自民党!!!火山は言いたい。国民は<刺客>を放った<小泉>首相に<歴史的勝利>を与えた。<政官業><癒着>の打破に期待した。<官僚>と<族議員>の<横暴>を<憎>んだ。公務員総人件費<2割>削減。中教審の<公立中学教職員>の<2分の1>負担<廃止>(地方への税源委譲)――重要。特に<三位一体>は明治以来の<官僚支配>打破の決め手!!!

火山、ある外語短大で「国際共通語としての英語の未来を考える」を受講中。ネルソンの勝利が大英帝国を実現。アメリカ、カナダ、オーストラリア、インド、香港、東アジアを英語圏にした。これが発展、英語は今日の世界共通語になったという。

唯一例外で残った大陸がある。南アメリカ。ここはスペイン語。ブラジルだけポルトガル語。だから今回、日本と一緒に国連の<常任理事国>入りを目指したブラジルでは<スペイン語>ブームが起きたという。南米諸国を味方にしたかった。国民的<熱狂>だったという。いずれ稿を改めて、語りたい。

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「ザルツブルグを愛する者はモーツアルトを愛する。彼の町を理解する者は彼を理解するに違いない。そして、恐らくこの町を愛していなかったモーツアルトは、どんなにこの町が彼にそっくりか知らなかったのだ」(アンリ・ゲオン著、高橋英郎訳「モーツアルトとの散歩」)――。

本日(5月3日)の「今からでも間に合う<毎日モーツアルト>」は<故郷の日々>。音楽の祖国、太陽の国イタリアから戻ったモーツアルトは故郷ザルツブルグで17歳から21歳までの日々を過ごす。
宮廷楽団の楽士長を務め、宮廷と教会のために演奏を続けながら多数の音楽を創作する。本日の1曲は「セレナード」ニ長調(K250)<ハフナー・セレナード>――。貴族の祝宴のために作曲をした。

20世紀オーストリアの文学者で「ザルツブルグ音楽祭」の<生みの親>の一人であるフーゴー・フォン・ホフマンスタールは言っている。

「ザルツブルグ地方はヨーロッパの中心のそのまた中心である。それはスイスとスラヴ諸国の間、北ドイツとイタリアのロンバルディア地方との間に位置している。南と北の、山地と平野の、英雄的なものと牧歌的なものの中間の地域。そこでは都会性と地方性が、太古と近代のものが、バロック的豪奢と愛すべき永遠の農民らしさとが入り混じっている。モーツアルトは、そうしたあらゆるものの表現なのだ。中部ヨーロッパこれ以上美しい場所はない。モーツアルトはほかならぬこの地にこそ、生まれるべくして生まれたのである」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮文庫・19頁)。

テレビに映し出されるザルツブルグは確かに<風光明媚>。雪を被ったアルプスが美しいお城や教会の向こうに高く聳える。中世の面影を色濃く残す町並み。火山もウィーンへの道すがら2度訪れた。懐かしい。ただモーツアルトの生家とカラヤンが愛したというレストランの低い天井、「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となったお城と僧院くらいしか思い出せない。なぜかすぐ飽きてしまったのだ。

宮廷楽士は王侯貴族の<召使>、決して高い身分ではなかった。神童としてヨーロッパ中に名声を轟かせ、王侯貴族から拍手喝采を受け、<賓客>扱いを受けてきたモーツアルト。自分を<召使>としてしか扱わないザルツブルグの大司教、貴族には我慢できなかった。

しかもコロレド大司教は様々な<合理化>の<改革>に熱心。音楽の演奏は<45分>に短縮された。様々な<制約>を課された音楽活動。モーツアルトの不満は募る一方だった。オペラを書きたい。いやオペラを観たい。そんな願いもザルツブルグでは叶えられない。

「ものを創り出す人は一生、安定することは許されない。<もうこれでいいや>と思った時点で<終わり>だ。モーツアルトは生きている間中、厳しく試される場で活動していなければ満足できない人間だった」――里中満智子(漫画家)が今日のゲスト。

17歳のモーツアルトは父レオポルトとイタリアから戻り、母マリア、姉ナンネルとの家族4人。生まれ故郷のザルツブルグで平穏な暮らしを過ごした。今もそのまま残るマルクと広場の家がテレビに写された。――だがモーツアルトの不満は募る一方だったという。
(平成18年5月3日)

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5月11日(水)19:00。火山、偶然に見つけた「世界うたもよう」<愛を歌う旅>はゲーテ作詞の「野ばら」。21歳のゲーテはシュトラースブルグの大学に留学。牧師を父に持つ少女と出会った。「少年が<野ばら>を発見した」のだ。「ボクは君を折ってしまう。小さな赤いバラよ」。二人は逢瀬を重ねるが、身分が違う。少女は結婚を熱望したが、少年は去ってしまう。少女は生涯結婚せず、独身のまま世を去る。

世界的な<文豪>となったゲーテは「詩集」に一つの詩を残した。素晴らしい名作。現在<150>を越える作曲家が、これにメロディーをつけた。ベートーヴェンもブラームスも、モーツアルトも。だがゲーテが一番気に入ったのは、シューベルトのもの。同郷のウェルナーのものも好きだったという。モーツアルトやベートーヴェンとも面識があったのに、ゲーテはなぜか、認めなかったという。これは火山の伝聞。

その昔、ドイツ文化研究会に所属、ドイツ語大好き。3学年から卒業まで<代表>を務めた火山、「野ばら」も原語(ドイツ語)で歌った。シューベルトも火山は好き。「未完成交響楽」という映画は何回か観た。ウィーンは3度旅したが、最初の時、宿泊したホテルの対面(トイメン)にあった教会はシューベルトの葬儀が営まれたという因縁ができた。

少女の名前も、似顔絵も残っている。ゲーテが有名になった時、彼女はどんな気持ちであったろうか。ゲーテが生きたのは<1749〜1832>。ゲーテが「若きヴェルテルの悩み」を書いたのは1774年。25歳。ハプスブルグ王朝とプロシャ王国の時代。モーツアルトより7歳の年長。ベートーヴェンは21歳若い。モーツアルトが35歳で死んだ時、ゲーテは42歳。

シューベルトが生まれたのは1797年。ゲーテ48歳、シューベルトが31歳の若さで死んだ時、ゲーテは79歳。あと4年の余命を残していた。ウーン、「野ばら」を折ってしまう男は、やはり強いなあ。

さいしょのペンギン

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「水族館などでペンギンの行動を観察していると面白い。水辺に並び、なかなか飛び込まずに『どうぞお先に』と譲り合っているように見える。微笑ましい光景だが、背景には自然界の厳しい掟がある」――7月21日のコラム「明日への話題」。何とも楽しい記事。筆者は脳科学者・茂木健一郎。ここからが凄い。

海に飛び込むのは実は凄いリスク。ペンギンは氷雪の上にいる。海に入らないと餌にありつけない。だが水中には天敵のオットセイが待ち構えているかも…。いないことを確かめたい。誰かが先に飛び込むのを待っている――げっ。誰か先に飛び込まない限り、餌を取れない。誰が「さいしょのペンギン」になるか。「成功が保証されていない中で、フロンティアに挑戦する。そのような『さいしょのペンギン』を人間の社会も必要としている。特に横並び意識の強い日本では、もっと多くの『さいしょのペンギン』が出現する必要があるようだ」と続く。――凄い。

郵政国会の小泉さん。「小泉内閣が初めて<民営化>を言った。他の内閣だったら絶対やらない」と絶叫…。今や<袋叩き>――『さいしょのペンギン』は辛い。現役時代、銀行から会社<再建>のため派遣された社長がいた。苦労人だった。銀行では学歴がないのに叩き上げで筆頭専務になった。独学で教養も身に付けた。そんな社長が「リスクをとらない『横並び意識』にハッパ」をかけた――「年頭挨拶」で言った。「走らなければ転ばない。寝転んでいれば楽だ。でも自分は寝転んでいるくせに、走って転んだのを見て笑うのは最低だ」――。日本には「出る杭を打つ」という伝統もある。だから困るのです。

何もしなければ「失敗」しない。笑ったり、批判をしているのが一番楽。でもそれでは何も始まらない。誰かが『さいしょのペンギン』にならないと…。イニシアティブです。『さいしょのペンギン』をもっと大切にしませんか。

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