火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「『仕組みを変え、悪しき文化をぶっ壊せ』とムキになって、力ずくで闘ってきた。戦後の日本はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで高度成長を遂げた。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』なんていわれた。しかし、それも今となっては久しい昔のことだ。1989年11月、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した。そして、世界の秩序が変わった途端、日本の成長神話は藻屑(もくず)のように消え去った。戦後の高度成長を支えた『しくみ』は単純ながら確かに上手にできていた」と「日経」コラム<あすへの話題>(6月18日)…。

「工業製品の規格大量生産を支える終身雇用制、年功序列、企業内組合、厚い残業手当等々……。実に良くできた制度・仕組みだった。しかし、今やその多くが使い物にならなくなってしまった。また組織には時が経つにつれて悪しき文化が蔓延(はびこ)る。これは組織というものの持つ避け難い本質だ。故に、これはぶっ潰すしか解決の方法はない。複雑化した仕組みを簡素化、社内を徹底的に透明化してきた。権限委譲を大胆に断行した。コーポレート・ガバナンスもコストリダクションも抵抗勢力に敗けなかった」(日経)…。

<松本晃>…。国内最大のスナック菓子メーカー、カルビー。1949年設立。『かっぱえびせん』『ポテトチップス』『じゃがりこ』はじめ、数々のヒット商品を生み出し続けている。しかし、近年は少子化による市場縮小や競合企業の台頭により業績が伸び悩んでいた。そこで創業家より招聘されたのが、ジョンソン・エンド・ジョンソンの経営トップを15年間務めた松本晃氏である。2009年にカルビーの代表取締役会長兼CEOに就任後、現在まで5期連続の増収増益を達成。老舗企業を再び成長軌道に乗せている」(インターネット)――。

「オフィス改革を進め、給与体系や昇進・昇格制度も抜本的に変えた。人材育成の制度を創った。更にはダイバーシティは今や日本一といわれるようになり、並行して働き方改革も躊躇なく進めた。全ては会社が21世紀の世界で戦えて成長するためだった。こんなことをやっているとやはり嫌われる。だからという訳でもないが、ここらあたりが潮時と感じ20日をもって卒業する。『皆さん、大変お騒がせしました。そして、有難う!』」(日経)――。

「仕組みを変え、悪しき文化をぶっ壊せ」…。これを火山流に翻訳すると「企業は<自己実現>の場。人生は一人一人が<主役>」プラス「常識を疑う<哲学>精神」となる――。そして、その火山が注目したのが「景気の行方と経済政策。デジタル革命、対応急務」という「日本総研理事長・翁百合氏の囲み記事」(「日経」。6月18日)――。

「1〜3月期の実質国内総生産(GDP)が9期ぶりにマイナスになり、景気の先行きと経済政策運営に関心が集まっている。政府がまとめた経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の評価も含め、日本総研の翁百合理事長に聞いた――。<当面は安定成長>…。(Q)今の日本経済をどうみますか…。(A)(1―3月期のGDPなど)悪い数字もあったが、4〜6月期以降、年内1%〜1%台半ばの<プラス>成長とみている。輸出は増加基調で<企業>収益も堅調、<家計>の所得環境も改善し、<自律回復>メカニズムが働いている。

米国の<保護貿易>主義や来年の<消費税率>引き上げの影響など心配材料はあるが、当面は安定した成長が続くだろう。ただ東京五輪後は需要減が予想される――。(Q)消費税率引き上げと<景気>をどうみますか…。(A)引き上げは予定通り実施すべきだ。前回より上げ幅は小さいこともあり、大幅な落ち込みは回避可能とみている。反動減を和らげるための財政出動をやりすぎるのは良くない――。

(Q)<財政>健全化の取り組みをどうみますか…。(A)国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を2025年度に先送りしたのは、これまでの財政再建の取り組みが不十分だったからだ。21年度の中間目標もあまり歳出削減努力が要らないもので社会保障費抑制の数値目標もなくなった。25年以降は団塊の世代が<後期高齢者>になる。もっと踏み込んで<歳出>抑制すべきだ――。

(Q)日銀の金融政策…。(A)難しくなっている。黒田東彦総裁も気にしていると思うが、物価はこれだけやっても上がらない。2%の達成年限は削除したが、国債の大量購入に伴う副作用は出ている。財政規律や金融システムへの影響も懸念される。(ゼロ%)長期金利の目標はどこかで上げるが、国債購入をやめられるか、財政の持続性が確保されるかが重要…。

<働きやすい国に>…。(Q)経済政策で重点を置くべきなのは…。(A)労働力人口が減る中、生産性を上げるにはデジタル・イノベーションを進めることが重要。スピード感が不足。例えば介護現場の記録は紙ではなくタブレット端末を使えば、そのまま電子データになり生産性は上がる。金融やシェアリング・エコノミーなどの分野で従来の業法があてはまりにくい。個別対応でなくデジタル化に対応した規制・ルールの見直しを横断的に進めるべきだ。社会保障改革でも医療のデータ連携を進めることで重複した投薬・診療をチェックできる。

(Q)政府は外国人労働者受け入れの新制度づくりに動き出しました…。(A)人手不足は深刻、十分目配りしながら制度を整備してほしい。日本だけでなくアジアも高齢化するので介護人材はどの国もほしい。日本を働きやすい国にすることが必要。日本企業がアジアに出てノウハウも含め人材を教育、日本で一定期間働いてもらうというやり方もある」(日経)。

昭和32年(1957)4月、慶大経済サブゼミで「日本資本主義発達史」を専攻した火山、「貧困と格差」「生産性」「成長」と格闘した。今は「少子高齢化」との格闘だろう――。

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「『映画や観劇の余韻が残る人も店を訪れる。その時どんな飲み物を出せるか。やってみたい』。こんな思いがバーテンダー岸久(52)の背中を押した。31歳で世界最高峰のカクテルコンクールで優勝。バーテンダーで初めて現代の名工に選ばれた岸は今、東京・銀座に近い商業施設、東京ミッドタウン日比谷でシェイカーを振る。大型連休は入場制限をするほどの人出で賑わった(東京・千代田の東京ミッドタウン日比谷)」と「日経」(5月29日)。

「『芸術文化の街の再興』を掲げ再開発に取り組んだ三井不動産。口説き落とすなら『トップから攻めよう』。開業まで2年、テナント交渉を担う商業施設営業1部の村田麻未(38)は新しい街の顔として岸に狙いを定めた。経験を売るコト消費でヒトを呼ぶ戦略はあたり、3月下旬の開業から2カ月を待たず来館者は400万人を超えた。今、東京は再開発ラッシュだ。都市再生特区で誕生したビルの延べ床面積はこの10年で約400万平方メートルと東京ディズニーリゾート4個分。これから10年で更に2倍の規模の開発が進む。

中でも目立つのが都心東側の『イーストサイド』だ。東京駅から人の動きが広がり、臨海部に次々建つタワーマンションの住民の需要ものみ込む都心再開発。実は00年代半ば以降の都市再生事業の果実といえる。当時の小泉純一郎政権がビルの容積率の緩和をテコに再開発を促す都市再生特別地区を創設。街づくりの計画が次々沸き上がった。13年には手続きを早める国家戦略特区も誕生。ミッドタウン日比谷はその第1弾だ」(日経)…。

行く春や 西行法師の 夢を見る(火山)…。「古希」を迎えた火山の心境。火山の余命も先が見えた。西行のように桜満開のシーズン、満月の夜に世を去りたい。<願はくば 花の下にて 春死なむ あの如月の 望月の頃>(西行)――。西行が<入寂>したのは建久元年(1190年)旧暦2月16日。新暦で3月30日。なんと火山の誕生日。数年前、NHKの放送で見た。西行の享年は73。同じ運命なら、火山が<桜>を眺められるのは、あと4回。

そんなある日、「東京ミッドタウン」のグランド・オープンが話題になった。 新しい価値を紡ぎ出す。都市機能のコラボレーション。働く、住まう、遊ぶ、憩う…。全てが一体となった複合都市。オフィス、ホテル、公園、美術館など、それぞれ高い<機能>を備えています。互いに受け入れあい、刺激しあい、結びつき、新しい「何か」を生みだしていく。新らしもの好きの火山、飛びついた。これだ!ついでに皇居の千鳥が渕で<桜>も見よう!お堀に映える桜は<絶景>。グランド・オープンがナント<3月30日>!火山の誕生日…。

ここまで偶然が重なれば、家内を説得できる。その昔「恵比寿ガーデンプレイス」がオープンした時も火山夫婦は観に行った。「六本木ヒルズ」も「表参道ヒルズ」も…。昨年7月、「日本橋三井タワー」がオープンした時は最上階のマンダリン・オリエンタル・ホテルのレストランで食事をした…。4月5日の結婚記念日は快晴。<千鳥が渕>と<東京ミッドタウン>見物が実現した。地下鉄の「半蔵門」で下車。お堀端を歩き、千鳥が渕の桜を見た。

「再生特区ではJR大崎駅にも大型オフィスビルが開業。夏には高層マンションも完成する。かつては木造住宅がひしめき『火事でも消防車の放水ホースが届かなかった』。町工場を経営する再開発組合理事長の小林定美(83)は調整に奔走。20年かかるところを5年で合意にこぎ着けた。都内で広がる再開発。地図を広げてみるとJR山手線を中心に『東高西低』の姿が浮かび上がる。例えば再生特区プロジェクト。渋谷・新宿・池袋といった「ウエストサイド』では6つだが、品川周辺も含めたイーストサイドは30を超える」(日経)…。

「東京は関東大震災後、西に向かい開発が進んだ。イーストサイドは90年代に企業の流出が目立った時もあったが、更新の波と開発資金がちょうど押し寄せている。日本大学特任教授の岸井隆幸(65)は『東京は<式年遷宮>のように更新する街だ。いまは東京駅周辺など東側の開発が実を結んでいる』と指摘する」(日経)…。

「『東京のへそ』は杉並区にある。かつて私鉄の沿線開発などで西に向かった人口の重心は、15年〜25年の10年で約380メートル東へずれる見通しだ。23区の西側で渋谷区や世田谷区がある『城西』は高級住宅街も多い人気のエリアだが、へそはじわりじわりと東へ傾く。

「『北千住は下北沢になった。もうシニアばかりではない。こんなにも若者があふれている』。
足立区の職員、工藤信(58)は街を歩きながら振り返る。つくばエクスプレスが開通したのは05年。前年まで北千住駅前の再開発を担当した。江戸時代、日光街道の宿場町だった街を大学誘致が変えた。路地にはお洒落なカフェやネイルサロン。アートな施設も顔を覗かせる。今や1万人余が通う学生街だ」(日経)…。

「『駅前の廃校跡地を生かせないか』。東京芸術大学の副学長、宮田亮平(現文化庁長官)から新キャンパスの相談をうけたのは04年。芸大を呼び水に東京未来大学、帝京科学大学が相次ぎ進出。12年にはマンションの建設計画を変更、東京電機大学を呼び込んだ。

この10年で乗車人員が増えた駅をみると、東京や品川などイーストサイドが目立つ。新宿や池袋は横ばい。渋谷は14%減った。ただ渋谷では27年までに東急グループによる駅上超高層など6プロジェクトが完成。池袋では東武鉄道が再開発を計画し、新しい新宿駅の整備構想もある。東京五輪後を睨み、西の逆襲も始まろうとしている。大型再開発の他にも、首都圏でつながり始めた環状道路や林立するタワーマンションもヒトやモノの流れを変える。東京五輪まで2年余り。大変身する『TOKYO』を追った」(日経)――。

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「高校生の頃、モーツアルトを聴いていると<精神性>という境地に到達できると思った。ごちゃごちゃした日常性からすっとぬけられる。自分の欲することをやればよい。それが嬉しかった。落ち込んだ時、ベートーヴェンを聴けば元気が出る。でもモーツアルトなら目が天に向く。この弦楽四重奏曲は荘重な感じがする。なぜ<狩り>という名前がついたのだろう。<戴冠式>というのもある。どちらも<仇名>。モーツアルトがつけたものではない。でも小説でも作者が書いた以外のものを読み取ってもよい。モーツアルトも同じと思う」――。本日のゲストは仏文学者の篠沢秀夫。

本日の一曲は「弦楽四重奏曲」変ロ長調<狩り>(ハイドン四重奏曲第4番・K458)。
1785年2月12日、ウィーンのモーツアルトの家をヨーゼフ・ハイドン(1732年〜1809年)が訪れた。あの新作の「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調を、父レオポルトの立会いを得て、メールグルーベで演奏した翌日だ。滞在中のレオポルトもハイドンに会った。

ハイドンは「弦楽四重奏曲の父」といわれる大作曲家。1766年からアイゼンシュタットに居城を持つエステルハージ侯爵家の楽長。ヨーロッパ中に名声が轟いていた。テレビにアイゼンシュタットの風景が出た。なだらかな丘に囲まれた美しい都市だ。
「モーツアルトは24歳年上の先輩作曲家を、音楽上の師として、また友人として心から尊敬していた」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・155頁)という。モーツアルトは「ハイドン・セット」と呼ばれる弦楽四重奏曲を合計6曲作り、敬愛するハイドンに献呈した。

レオポルトがモーツアルトの姉ナンネルに宛てた手紙があるので、この夜の模様が分かる。「ヨーゼフ・ハイドン氏と二人のティンティン男爵が訪ねて来られて、ヴォルフガングが作曲した3曲の新しい弦楽四重奏曲を演奏した。既に私たちが知っている例の3曲に、あの子はさらに3曲をつけ加えたのだ。今度の3曲にくらべて幾分やさしいのだが、素晴らしい出来栄えだ」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮社・110頁)――。

BS「毎日モーツアルト」によると、この夜モーツアルトはヴィオラを自ら弾いたという。ハイドンはヴァイオリンだったのだろうか。
「モーツアルトはこの6曲(ハイドン・セット)を精魂込めて書き上げ、敬愛するハイドンに献呈した。いずれも充実し切った素晴らしい曲ばかりである。24歳年少のモーツアルトと共にこれらの曲を演奏しながら、ハイドンはどれほど深い感銘を受けたことだろうか」(田辺・111頁)。

テレビ画面にウィーン南西部に広がる緑豊かな「ラインツ自然動物公園」の映像が出た。公園はかつてハプスブルグ王家の狩猟場だった。今は市民の憩いの場となっている。角笛を思わせるリズムを弦楽四重奏曲が刻む。ハイドン・セットの「弦楽四重奏曲」。モーツアルトが作曲法をハイドンから学び、旋律も意識的に借り、影響が色濃く出ているという。

この夜、ハイドンはモーツアルトの父レオポルトにこう言った。「誠実な人間として、神の御前に誓って申し上げますが、ご子息は私が名実ともども知っている最も偉大な作曲家です。様式感に加えて、この上なく幅広い作曲上の知識をお持ちです」――。
「ハイドンとモーツアルトの心温まる交流は、こののちハイドンがロンドンに旅立つ1790年12月まで続くこととなる」(西川・155頁)。1790年とはモーツアルトの死の前年、34歳の時だ。

レオポルトは、このウィーン訪問で、モーツアルトの活躍ぶりを知って涙を流して喜んだ。父と子の結婚をめぐる長年のしこりもだいぶほぐれたらしい。1785年2月16日のレオポルトの手紙。娘のナンネルに宛てた一節がある。

「お前の弟は、家具類もすべて整ったきれいな家に住んでいる。こちらに到着した晩、私たちはあの子の予約演奏会の初日を聴きに行ったが、そこには身分の高い人たちがたくさん集まっていた。演奏会は比べようもない素晴らしさで、オーケストラも見事だった。それからヴォルフガングの見事な新作のピアノ協奏曲が披露された」(田辺・110頁)――。

「ハイドンが与えた惜しみない賛辞はモーツアルトに大きな自信と喜びを与えた」――。7月6日(木)の「毎日モーツアルト」はこの言葉で終った。モーツアルトが頂点を極めていた日々。レオポルトはやがてウィーンを満足して離れるが、この父と子は、こののち二度と会う機会に恵まれなかったという。
(平成18年7月6日)

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