火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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「明日への話題」――「日経」夕刊のコラムに出た脳科学者・茂木健一郎氏の記事。<英語上達>といわれては火山、見逃せない。切り抜いて大事にとってある。2005年8月8日の記事だった。

「脳の記憶のメカニズムから見た英語上達法ははっきりしている。当たり前のようだが、英語のシャワーを浴びるしかない」――と。そういえば火山、定年<直前>2年、定年<直後>3年、合計<5年>必死に「ヒヤリング・マラソン」に取り組んだ。アルク社の<看板>通信教育だ。年間<1000時間><浴びる>ように聴く。正直いうと火山、定年後は毎年<1700時間>ずつ聴いた。5年で<7500時間>を超えると思う。その結果が<TOEIC><860点>突破。<至難>とされる<壁>を超えた。

だが脳科学者に言わせると<当たり前>という。オイオイ。<ヒヤリング・マラソン1000時間>というが、毎日<3時間>です。皆さん、想像してください。火山は毎日<4時間30分><5年>も続けた。<気違い>沙汰!!!――です。でも<上達>したか。――<しない>。そうとしか言いようがない。なぜか。だってヘタクソだもの。<頭が弱い>から。<脳に欠陥>があるから…。そうとしか言えない。チクショー。

今、英文雑誌「ナショナル・ジオグラフィック」9月号を読んでいる。凄い記事がある。今年は英国の<ネルソン提督>が<トラファルガー沖海戦>で<ナポレオン海軍>を<壊滅>させて<200年>という。この歴史的勝利の<日>は<10月21日>だった。<Admiral Lord Nelson’s FATAL VICTORY>という見出しだ。血沸き肉躍る、壮絶な海戦の記録。火山、<一気>に読んだ、と言いたいが、違う。例によって辞書と首っ引き。でもいくら読んでもイメージが沸かない。一向に<血>も<肉>も沸かない。――でも頑張る。近日中に<投稿>します。<読書百遍、意、自ずから通ず>です。

脳科学者・茂木健一郎は「英語に接する『エピソード』をどれくらい脳の側頭葉の記憶のアーカイブ(保管場所)に蓄積できるかで、<英語力>の厚みは決まってくる」という。「日本語をどのように記憶したか、思い出してほしい。単語を辞書で調べることなどむしろ例外である。言葉は開かれたシステムであり、どんな単語が飛び込んでくるか判らない。それでも過去の<エピソード記憶>からその<意味>を<類推>してしまうのが、本当の<語学力>なのである」――。

「あたたかい」という言葉も何回か聞くうちに、自然にその意味がわかってくる。一つ一つの<意味記憶>を多くの<エピソード記憶>が支えている」――。解説は不要でしょう。要は<血沸き肉躍る>体験が大切、その感激が<語学力>も高める。今まで「ナショナル・グラフィックス」のお陰で、アインシュタイン、ツタンカーメン、アッチラ大王、明の艦隊司令長官<鄭和>の物語などを読んだ。<好奇心>を刺激され、<感動>を重ねてきた。これを<エピソード記憶>――というはず。

「今からでも遅くない。英語のシャワーを浴びて、脳に沢山の英語を蓄積しようではないか」と茂木健一郎。あっさり言ってくれる。

でも皆さん。<Admiral Lord Nelson’s FATAL VICTORY>――たったこれだけの<見出し>ですが、何と<翻訳>するか。皆さんも考えてください。火山、頭を抱えています。<Admiral>は<艦隊司令長官>…。では<Lord>は…。<卿、閣下、長官…>。<FATAL>は<致命的な、破滅的な、運命の…>。<VICTORY>は<勝利>――。これをつないで何という<日本語>に置き換えるか。さあ、困った。あと何日必要か。記事はイラスト付とはいえ<16頁>もあるのです。げっ…。

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「<酒やめてかはりになにかたのしめといふ医者がつらに鼻あぐらかけり>。歌人、若山牧水は酒がやめられなかった。朝2合、昼2合、夜4合。日に一升近くやってしまう。アルコール<依存症>である。▼<酒やめむそれはともあれながき日のゆふぐれごろにならば何とせむ>。やめたい心はあっても、やめられない。苦しかっただろう。苦しいからなお酒か。43歳でこの世を去るが、主治医が不思議なことを書いている。死臭がしなかった」(「東京」コラム<筆洗>・6月20日)…。朝2合、2合、夜4合。日に一升近く――。凄い!

「山に行けば、『幾山河(いくやまかわ)越えさり行(ゆ)かば寂しさの終(は)てなむ(ん)国ぞ今日も旅ゆく』と口ずさみたくなる。海に向かえば、『白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青海のあを(お)にも染まずただよふ(う)』が浮かんでくる。また、独り酒を嗜んでいる時は、『白玉(しらたま)の歯にしみとほ(お)る秋の夜の酒はしづ(ず)かに飲むべかりけり』が自然に口に上る」(「榎戸誠の情熱的読書のすすめ」から)――。

<若山牧水>=「1885年(明治18年)8月24日〜1928年(昭和3年)9月17日」は戦前日本の歌人。本名・繁。宮崎県東臼杵郡東郷村(現・日向市)の医師・若山立蔵の長男として生まれる。1899年(明治32年)宮崎県立延岡中学校に入学。短歌と俳句を始める。18歳のとき、号を牧水とする。由来は『当時最も愛していたものの名二つをつなぎ合わせたものである。牧はまき、即ち母の名である。水はこの(生家の周りにある)渓や雨やから来たものであった』」(ウィキペディア)…。

1904年(明治37年)早稲田大学文学科に入学。同級生の北原射水(後の白秋)、中林蘇水と親交を厚くし、『早稲田の三水』と呼ばれる。 1908年(明治41年)早稲田大学英文学科卒業。7月に処女歌集『海の声』出版。翌1909年(明治42年)中央新聞社に入社。5ヶ月後に退社。尾上柴舟の門に入った。1911年(明治44年)創作社を興し、詩歌雑誌「創作』」を主宰する。この年、歌人・太田水穂を頼って長野より上京していた後に妻となる太田喜志子と水穂宅にて知り合う。1912年(明治45年)友人であった石川啄木の臨終に立ち合う。

同年、喜志子と結婚。1913年(大正2年)長男・旅人(たびと)誕生。その後、2女1男をもうける。1920年(大正9年)沼津の自然を愛し、特に千本松原の景観に魅せられて、一家をあげて沼津に移住する。1926年(大正15年)詩歌総合雑誌「詩歌時代』」を創刊。この年、静岡県が計画した千本松原伐採に対し、新聞に計画反対を寄稿するなど運動の先頭に立ち、計画を断念させる。1927年(昭和2年)妻と共に朝鮮揮毫旅行に出発、約2ヶ月間にわたって珍島や金剛山などを巡るが、体調を崩し帰国する」(ウィキペディア)――。

「翌1928年9月に日光浴による足の裏の火傷と下痢・発熱を起こして全身衰弱、急性胃腸炎と肝硬変を併発して9月17日に沼津市の自宅で死去する。享年43。沼津の千本山乗運寺に埋葬される。戒名は古松院仙誉牧水居士。牧水の死後、詩歌雑誌『創作』は歌人であった妻・喜志子により受け継がれた。長男・旅人も歌人となり、沼津市立若山牧水記念館の第2代館長をつとめた。短歌の弟子としては、長谷川銀作・大橋松平・黒田忠次郎・大悟法利雄・山下秀之助などがいる。自作の短歌の揮毫を多数制作しており、書家としても知られる。

簡潔に2人(父・牧水と母・喜志子)の出会いとその結果が描かれているが、著者は更にこう付け加えている。『小枝子は牧水の官能を激しく惹きつけ酔わせた。小枝子によって女の情熱のはなやかさ、嫋々たるあわれとはかなさを知らされていた牧水は、最初喜志子の土の匂いのする素朴で真摯な生き方に戸惑ったのではないだろうか。しかし喜志子は貧しさに耐えながら、牧水の短歌を、旅を、――酒をさえ――理解し支えつづけ、牧水にとって二なき人となった』。

自らの父と母、そして父の最初の運命的な<恋>の相手について書かれた文章として、これは心に沁みるすぐれた文章である。ここには公平な、成熟した判断と評価がある。それはたぶん、著者が、父牧水、母喜志子、とくに母から受けついだ美質によるものであろう」(ウィキペディア)」(ウィキペディア)…。

「<43歳>でこの世を去るが、主治医が不思議なことを書いている。死臭がしなかったという。<斯(かか)ル現象ハ内部ヨリノアルコホルノ浸潤ニ因(よ)ルモノカ>。痛々しく悲しい。▼ある趣味も一線を越えれば<依存症>という紛れもない<病>であると世界保健機関(WHO)がこのほど認定した。テレビやオンラインなどのゲームである。▼ゲームのやり過ぎで、日常生活をつつがなく、営めなくなる『ゲーム障害』。世界的に問題になっている」(「東京」(東京)コラム<筆洗>)――。

「▼ゲームをしたい衝動が制御できない。家族、仕事に大きな支障があってもゲームを優先する。本来は楽しむべきゲームに縛り付けられ身動きが取れなくなっている人がいる。本人たちもつらいに違いない。疾病認定によって<治療法>を早期に確立したい。▼無理にゲームを奪っても効果はなかろう。気づいてもらいたいのはゲームより心躍る場面もきっとある日常の味か。牧水が見つけられなかった、<ゆふぐれごろにならば何とせむ>の何を探したい」(筆洗)…。オイオイ、参った。読み終わり、書き進めて火山、アタマを抱える――。

♪〜幾山河 越えさり行かば 寂しさ…。♪〜白鳥は かなしからずや 空の青…。火山も<牧水>に胸を焦がした時がある。青春の日々、♪〜若き血に燃え〜ていた頃――。「筆洗」氏は「依存症」を<ゲーム>になぞらえているが、これを<酒>に置き換えたら…。ウーン!
(平成30年6月20日)

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「『モリカケは飽きた』という声がある。昨年から世間を騒がせた2つの学校法人を巡る疑惑はいつまでたってもラチが明かぬ。『もうウンザリ』『もっと大事なことを議論すべき』…。こういう雰囲気が募れば<幕引き>を図る側もやりやすいだろう。▼森友も加計も本当は謎だらけ。北朝鮮情勢や『貿易戦争』からも目が離せないが、それはそれ、これはこれだ。とはいえ余りに堂々巡り。食傷の気味が漂う」と「日経」コラム<春秋>(6月20日)…。

「内閣支持率が下げ止まり、反転の兆しが見えるのもそんな気分を映していよう。そしてこのタイミングにして、この人の登場。▼加計孝太郎・加計学園理事長が昨日、記者会見に臨んだ。獣医学部新設を巡る愛媛県文書に記された安倍首相との面会は『記憶にも記録にもない』。なのに誤った情報を事務局長が県に伝えた――。先般からの説明をなぞった会見は25分間。大阪の地震に世の中の関心が集まる中、随分、急な設定だったようだ」(春秋)――。

「▼これで公的な場での説明責任を果たしたことになるのかどうか。<支持率>が持ち直すも<疑惑>には納得できないという世論が多いのを忘れてもらっては困る。それにしても野党は1年余も追及してきて、新しいネタを発掘したことがどれだけあったか。モリカケは飽きた。天ぷらそばや鴨南蛮(かもなんばん)みたいなタネ物が食べたいなあ」(春秋)。――だが火山、春秋の「喧嘩両成敗」的<結論>に賛成できない。<諸悪>の根源は安倍夫妻のダンマリにある、そう睨むから…。「盗人猛々しい」と言いたい。不誠実の極み――。

「加計氏の説明。これでは納得できない」と「朝日」社説(6月20日)――。「問題の鍵を握る人物がようやく公の場に出てきたというのに、説明は具体性も説得力も欠いていた。到底、疑念の払拭はできない。加計学園の獣医学部新設を巡り、加計孝太郎理事長が昨日、学園本部の岡山市で初めて記者会見。愛媛県の文書、2015年2月の安倍首相との面会を否定、学園の事務局長が県に虚偽の事実を伝えていたという従来の説明を繰り返した――。

「県の文書には、学園が首相との面会の実現に腐心したり、面会を受けて首相秘書官から資料提出の指示を受けたりしたとの記述もある。単に面会の事実を否定するだけでは、つじつまが合わない。面会の際、学園側が提供したとされる資料が文部科学省内に残っていたことが最近判明した。一連の県の文書の信憑性を裏付けるもの。加計氏が面会を否定する根拠が『記憶も記録もない』というだけでは、とても信用するわけにはいかない」(朝日)――。

「加計氏は首相が『腹心の友』と呼ぶ30年来の友人。第2次政権が発足した2012年末以降、少なくとも19回、食事やゴルフなどをともにしている。加計氏は『仕事のことを話すのはやめようというスタンス』『(首相は)こちらの話は、あんまり興味がない』として、首相と獣医学部の話は一切したことがないと断言した。これも、にわかには信じられない。

「そもそも昨日の会見の設定自体、誠実に説明責任を果たそうという姿勢から程遠かった。会見の案内は開始時間の僅か2時間前。出席者は地元記者に限られ、東京や大阪などでこの問題を追跡してきた記者に機会を与えなかった。質問が続く中、会見は加計氏の『校務』を理由に30分足らずで打ち切られた」(朝日)…。そう、幕引き前の<一芝居>…。この辺で、多少の<義理>を果たそうか。<消化試合>のつもり、では――。

「学園側の不誠実な対応は他にもある。参院予算委員会が面会を捏造した理由や経緯などを示す資料を提出するよう求めたのに『ゼロ回答』。与野党揃っての要請をどう考えるのか。加計氏の形ばかりの会見は国会が最終盤で問題の<幕引き>を急ぐ政権側の動きと軌を一にしている。本紙の6月の世論調査では面会を否定する首相と学園側の説明に『納得できない』が75%に上った。昨日の会見を経ても変わらないだろう。会期延長が確実になった今、国会は加計氏の証人喚問を速やかに実現、事実関係を徹底的に問い糾す必要がある」(朝日)。

「加計氏の会見。国会での解明が必要」と「東京」社説(6月20日)――。「『一切獣医学部の話はしていない』と言うだけでは信じ難い。昨日初めて記者会見した加計孝太郎学園理事長。行政の公平・公正性に関わる問題である。国会に証人喚問、事実を解明すべきだ。公平・公正であるべき行政判断が安倍首相の直接または間接的な影響力で歪められたのか否か。極めて重要な問題を報道機関への1回の会見だけで幕引きとすることはできない。

学校法人『加計学園』による獣医学部の愛媛県今治市への新設問題。県の文書には加計氏が2015年2月25日、首相と15分程度面談した際『今治市に設置予定の獣医学部では国際水準の獣医学教育を目指す』ことを説明、首相から『そういう新しい獣医大学の考えはいいね』とのコメントがあったと学園が県に説明した、と記されていた。しかし、学園側は愛媛県の文書が5月に国会提出された後、県への説明が虚偽だったとして首相と加計氏との面談を一転して否定。加計氏は昨日の会見で『記憶にも記録にもない』と強調した。

「首相と加計氏の面談は本当になかったのか。県に虚偽の情報を伝えた学園の説明。俄かには信じ難い。そもそも県への虚偽説明をなぜ3年以上も隠蔽したのか。説明を虚偽としたのも加計氏との面談を否定、学部新設計画を初めて知ったのは17年1月20日と強弁する首相を守るためではないのか。県文書は15年4月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官が県職員同席の場で『獣医学部新設の話は総理案件になっている』と話したことも記す」(東京)――。

「こうした発言も加計氏の学部新設を『腹心の友』の首相が支援する構図を政権内で共有していたからではないのか」(東京)…。<巨悪>が陰で笑う<構図>!火山、爆発――。
(平成30年6月20日)

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宮崎県都城市生まれの彼女、黒い瞳の情熱的な女子学生だった。トーマス・マンの短編小説「トニオ・クレーゲル」が大好き。火山にも貸してくれた。初のデートは「浜離宮公園」。紫陽花が咲き誇る季節。純白のワンピースが火山のハートを捉えた。お互いドイツ語が大好き。彼女は独文科。話が弾まないはずがない。だが彼女に言い寄る男は大勢いた。普通の慶應ボーイは「恋の達人」――。そんな中、火山はあまりに初心(うぶ)、頼りなげな存在だった。彼女の、心はいつしか火山から去った。またもや失恋。だが奇跡が起きた。

「おーい、火山。電話だ」――。謹厳実直、怖いとウワサの総務部長が、人事部の新人・火山を呼んだ。「ハ〜イ」!電話を取った火山、仰天した。「私、Kです。お久しぶりです」――。彼女だ。えっ!火山、声を飲みこんだ。恋しい彼女からの電話だ。舞い上がった。思わず「喋々喃々」――。ハッと気づいたら、几帳面で鳴らす総務部長が<穴の空く>ような鋭い目で、火山を睨んでいる。シマッタ。ここは会社、しかもこの電話、総務部長専用の<直通>電話だ。電話ボックスの公衆電話ではない。そこで「喋々喃々」――。

ロジェを愛しながらも、ロジェとは正反対の繊細なタイプで、自分に積極的にアプローチしてくるシモン。ポールはいつしか、少しずつ惹かれていく――。そこで「ブラームスはお好き」とは――。シモンが「プレイエル・ホール」でのコンサートにポールを誘う手紙の中で、さりげなく問う<一文>なのだが、実はサガンを読んだ日本の若い女性ファンの間で<特別>な「意味」と「使い方」が生まれた。それが1960年代――。火山が大学を卒業、新社会人となった23歳の頃だ。火山にも恋人がいた…。「ドイツ文化研究会」の2年後輩――。

「時には寂しさに涙しながらも長い関係を築いてきたロジェか…、裏表のないストレートな気持ちで自分を求めて来る年下のシモンか…、ポールの心は揺れ動く。一方、仕事中心で他の若い女たちと時に浮気し、ポールをあまり省みなかったロジェ。だがそんなロジェがシモンの存在を知り焦る」…。では火山、23歳に起こった「ブラームスはお好き」とは――。

それはナント、夢にも忘れぬ<憧れ>の彼女からの「デートの申し込み」…。火山、ドイツ文化研究会<代表>!その地位と人望を連想。当然、待ち合わせの日時、場所の会話が続く。火山、消えもいりたい気持ちだが、このチャンスは逃がせない。必死だ。ますます「喋々喃々」――。覚悟を決めた火山、もう遠慮などしていられない。総務部長の存在が消えた。目に浮かぶのは「浜離宮」で見た紫陽花と白いワンピース。夢のような気分――。でもだがさすがに<ワケ>知りらしい総務部長。感心なことに文句を言わなかった。偉い!

デートは夜に及んだ。彼女の下宿まで同行するハメになった。渋谷の裏通り。暗い路地…。「ブラームスはお好き?」と彼女がシャガレ声で、やっとの<思い>のようにツブヤイタ。「えっ?」――。クラシック大好きの火山、ブラームスはずいぶん聴いている。好きだ。だがこのセリフ、「今夜、セックスしても良い」という意味だったのだ。火山は初心過ぎた。遥か後年、意味を知って地団太踏んだが、もちろん<手遅れ>――。全ては<夢>と消えた。
(平成25年7月9日)

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場末の映画館まで追いかけて3回も見た「間奏曲」。高1の時です。若き日のイングリッド・バーグマンが主演。家庭を持つ年長の師(ヴァイオリニスト)を恋してしまう若いピアニスト。演奏旅行で二人が演奏するのが甘美なインテルメッツォ(間奏曲)でした。

哀しく美しい旋律。この映画のオリジナルであったらしく、市販されているレコードはなかった。バーグマンが師への思いを抑えがたく、乱れる心で激しく弾くのがグリーグのピアノ・コンチェルトの華麗なカデンツァ。痛切、胸に迫る場面です。

しかし、彼は良識ある家庭人。彼女の思いを知り、応えることなく、彼女の才能を惜しんで黙って去る。彼女の存在は、彼の人生には美しい間奏曲なのでした。なにぶん、50年以上の昔、記憶は少々怪しい。モノクロの映画でしたが、それがバーグマンの恋の悲劇性を高め、間奏曲をより切々と聴かせるのでした。

ジェニファー・ジョーンズの「旅愁」、キャサリーン・ヘップバーンの「旅情」、オードリー・ヘップバーンの「昼下がりの情事」など、映画音楽にも思い出がつきません。やはり、音楽は人生を味わい深く豊かにしてくれます。

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