火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

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大津皇子が捕らえられたという知らせはたちまち伝わった。大津皇子を尊敬する人々は心を痛めた。高市皇子、年若いが詩才にたけ人望があった弓削(ゆげ)皇子も大津が処刑されずに帰れることを祈っていた。皇子のために助命嘆願をしたいという動きも出た。持統女帝は時をおけば自分が不利になることを察知していた。助命運動を阻止するには処刑は直ちに執行されなければならない。決断を急がねばならない。ことが面倒になる。

処置は敏速、過酷だった。大津と同時に舎人の道作、さらに巨勢多益須、壱伎博徳、八口音橿、中臣臣麻呂が捕らえられた。それぞれ厳しい訊問があったが、誰一人、この謀反に参画した証拠がなかった。それは当然だった。

大津皇子が川島皇子に相談に行った日も、大津は決起する決意をしていたわけではない。大伯皇女に逢ってからはひたすら出家。政治から身を引くことだけを考えていた。誰も謀反に関わりあえることができようはずがない。正確にいえば、大津を動かそうとしたのは帰化僧行心。そして純粋に皇子を思うがゆえに行心の作に乗せられたのが道作だった。

浄御原に幽閉された大津は持統女帝からの訊問に期待をかけていた。その時は隠さず、行心のこと、川島皇子への相談、大伯皇女との面会を話すつもりだった。ことの次第を話せば、天武天皇の吉野入りを身近に見ていた女帝、大津の出家、飛騨の山奥への隠棲をも理解してもらえる。そこに一縷の望みを託していた。だが夕暮れになっても何の沙汰もなかった。空しい夜だった。ただ夢の中で大伯皇女が囁き、山辺皇女が泣き、大名児が近づいてきた。

明けて10月3日、持統女帝は一切の詮議をせず一方的に処刑宣言を行った。「大津皇子は皇太子を退けようと謀反の企てを持った。これが明確となった。この大罪は許されない。大津皇子は直ちに訳語田(おさだ)の私邸において死を賜ることとする」。一方的な断罪だった。大津皇子には発言の場はなかった。誰にも言葉を挟む余地はなかった。

宣言のすぐ後、大津は刑務官(うたえのつかさ)の阿倍久努麻呂(くぬまろ)に先導され、浄御原を出発した。荒栲(あらたえ)の衣に着かえ、麻の帯をしめていた。乗馬は何の飾りもない青駒。一歩一歩、確実な死に向かう行進だった。

百伝(ももづた)ふ 盤余(いはれ)の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠(くもがく)りなむ

盤余の池に浮き遊び、鳴く鴨を見るのも今日限りだ。今日を限りに雲隠りして死の世界に旅立つのだ。
大津皇子は最後の思いを込めて必死に歌った。胸が詰まり、痛みが全身を貫いた。「今日のみ見てや雲隠りなむ」――大津は再び口唱した。

「久努麻呂、頼んだぞ。この歌はわが命終の日の必死の声である。人々にわが思いを伝えてくれ」。久努麻呂は、しばし霞んでくる目をしばたき、密かに袖を拭った。切ない辞世。復唱しつつ久努麻呂は嗚咽した。

この大和の山河、生きて出会った多くの人々、狂おしい愛情、盛り上がってきた豊かな、潮のような詩情――。幼い頃に死別した母の大田皇女、慈しみ育ててくれた父天武天皇、祖父であり伯父でもある天智天皇。ただ一人の姉大伯皇女、后の山辺皇女、そして大名児。滅んで行く者だけが見る幻想だった。ウソではない確かな死であった。

泰然と訳語田の私邸に向かう大津皇子。そこは今は処刑場だ。かつては飾りのついた葦毛に乗って華やかに宮廷を往還された皇子が、華麗な衣服を剥がれ、粗衣をまとって騾馬にまたがっている。あまりの痛ましさ。皇子を見守るものたちの間に次第に嗚咽が広がった。群臣たちは無言だった。ものを言わせない悲嘆と緊張が大津皇子の泰然たる姿を取り巻いていたからだ。久努麻呂に導かれ、皇子の姿は門の中に消えた。

氷解した空気を裂くように、太鼓の打たれる音がした。一段と激しさを増す打音が続いた。そして静寂が訪れた。

しーんと静まり返った空気をけたたましく破ってひづめの音が近づいてきた。馬上には髪を振り乱し、乱れ髪を疾走する風でさらに振り乱しながら来る皇女があった。美しい朱葉色(はねずいろ)の衣をなびかせ。裳裾を翻して近づいたのは大津皇子の后の山辺皇女だった。一筋に思いつめた山辺皇女の表情には誰も寄せ付けない厳しさがあった。

「日本書紀」にはこの時の模様が詳しく記載されている。山辺皇女はこの処刑場で大津皇子に殉じて若い命を絶ったのだ。大津皇子24歳、山辺皇女20歳。不思議な巡り合せというべきだろう。大津皇子と后の山辺皇女は従兄妹の間柄だったが、山辺皇女の祖父は蘇我赤兄。孝徳天皇の皇子だった有間皇子を姦計を使って<謀反>の罪を着せた人物だ。そしてそれを首謀したのは中大兄皇子。後の天智天皇。天智天皇は大津皇子の祖父。そして山辺皇女の父。天智も赤兄もこの二人の死を予期したはずがない。だが運命の皮肉ではある。

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「偉大な作曲家モーツアルトの後には大勢の音楽家が続く。ベートーヴェンも偉大だった。でもモーツアルトの影響下にあったことは間違いない。人格は違うが、モーツアルトの流れを汲み、後を辿っている。ブラームス、シューマン、ブルックナー…。彼らの音楽の中にもモーツアルトが生きている。個々にくらべてみてもナンセンス。ドイツ、オーストリア音楽の頂点に輝いているのはモーツアルトなのだ。誰がなんと言おうと間違いない」――。本日のゲストは作詞家なかにし礼。本日の一曲は「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調(K466)。

1787年4月7日、一人の音楽家がウィーンにやってきた。16歳になったベートーヴェン。モーツアルトを尊敬してやまないベートーヴェンは当時、既にヨーロッパ中に名声を馳せていたモーツアルトを訪ねたと伝えられている。テレビに「モーツアルトの前でピアノを弾くベートーヴェン」の絵が映された。後に二人の会見の模様を想像して描かれたものという。

1770年12月6日、ボンに生まれたベートーヴェンはこの時16歳。3歳で父から音楽の手ほどきを受け、7歳で公開演奏会をボンで行った。13歳でボンの宮廷の第2オルガン奏者になる。

「『彼を見守りたまえ。今に彼は世の話題になるだろうから』とモーツアルトが語ったというエピソードで有名なのが、このウィーン旅行であった。モーツアルトから与えられた主題によってベートーヴェンが即興演奏した時の様子を伝えたものだが、残念ながらこの言葉の真偽のほどは明らかではない」(平野昭「ベートーヴェン」新潮文庫・23頁)――。

1787年4月、ベートーヴェンが訪れたと伝えられる頃、モーツアルトは大事な親友二人の死に遭遇、ザルツブルグにいる父は重病の床にあった。そんな不安の中で作曲されたのが「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調。

ベートーヴェンは1792年11月、ウィーンに移住する。残念ながらモーツアルトはその前年の1791年12月5日に世を去っていた。テレビにウィーンのブルグ劇場が映った。1795年3月、25歳のベートーヴェンはブルグ劇場で開かれた<慈善演奏会>で鮮烈なデビューを果たした。その中で尊敬するモーツアルトの「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調も披露されたという。ベートーヴェンもまたピアノの名手だったのだ。

ベートーヴェンは後に、この「第20番」第三楽章のカデンツァを、モーツアルトの旋律を元に展開、書き残している。「カデンツァにはベートーヴェンらしい構想力がうかがえる」とBSのナレーション。カデンツァは当時、ソリストが即興で演奏するものだったというが、ベートーヴェンは<第20番>が非常に気に入っていたのだ。

ベートーヴェンは終生、モーツアルトを愛し、音楽活動に多大な影響を受けた。「自分はいつもモーツアルトを心から愛し、尊敬している。この思いは最後の息を引き取るまで変わることはないだろう」――。1826年2月6日、ベートーヴェンが友人に宛てた手紙の一節。時にベートーヴェン56歳。その翌年の3月26日、ベートーヴェンも世を去る。

テレビにウィーン郊外の「ベートーヴェンの散歩道」が映った。静寂な小川のほとり。火山も昨年の8月、ここを散歩した。ベートーヴェン記念館の映像も懐かしい。ベートーヴェン愛用のピアノも紹介された。

本日の「ピアノ協奏曲」第20番ニ短調。実は火山にも格別の思いがある。<モーツアルト生誕250年>の今年2月10日、東京文化会館(上野)で開かれた「東京音楽コンクール<優勝者>コンサート」。<特別賞>を受賞した中学2年の天才少年ピアニストが演奏したのが、この曲だった。

クラシック歴<半世紀>を超える火山。それまで関心の薄かったモーツアルトを突然好きになった。この協奏曲から<ベートーヴェンの音>が聴こえたからだ。狂喜した。だが事情が分かって再び<狂喜>――。なんとベートーヴェンがカデンツァを書いていた。少年ピアニストは、それを熱演したのだった。げっ!
(平成18年9月26日)

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