火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

古典「とはずがたり」

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露消えし 後のみゆきの 悲しさに 昔にかへる わが袂かな(二条)

鎌倉後期の女性・二条が残した「とはずがたり」は後深草院の3回忌を書いて終っている。僅か14歳の美少女を養父が自分の情欲の餌食にした。下紐を結ぶ暇もないほど、日夜寵愛。<性の傀儡(くぐつ)>に仕立て、身も心も完全に支配した。

二条は高貴な出自、文学や音楽、絵の才能に優れ、快活の気性、宮廷のアイドルだった。
太政大臣家の御曹司と密かに文も交し、将来に夢も抱いていた。そんな二条を養女から愛人に変えた男。気まぐれで酷薄、陰湿でもあった。二条のみずみずしい女体を責めるだけでは飽き足らず、様々な男に抱かせ、眺めて楽しむ。「死ぬばかりに哀しき」と手記にある。

二条は26歳の若さで<御所追放>の憂き目にあう。後深草院の同母弟の亀山院が二条を「類稀れに寵愛、もう院には戻る気がないらしい」というウワサが原因。もともと弟を唆したのは自分なのに、実に身勝手な嫉妬。2歳で母を、15歳で父を失った二条、追放されても戻る家はない。出家するしかない。天涯孤独となった二条は<僧形>で<漂泊>する。

手記「とはずがたり」は昭和13年(1938年)、宮内省図書寮で国文学者・山岸徳平氏によって発見された。ページを繰った山岸氏は仰天した。上流貴族の性愛が赤裸々に綴られていたからだ。しかも女性の筆になるとは信じがたい生々しい描写。読み進むと鎌倉期の史書「増鏡」にも引用されるほどの正確性があることも分かってきた。

宗教学者の山折哲雄氏は「源氏物語」と並ぶ世界的な2大古典と評価する。実際、瀬戸内晴美(寂聴)や杉本苑子が小説にしている。米国、ドイツ、ロシア、イタリア、ブルガリアで翻訳、出版されてもいる。

承久の乱(1221年)に敗れた朝廷。政治の実権は鎌倉に移り、貴族の男たちは酒色に溺れる以外、やるべきことがない。勢い退廃した宮廷にあった美女たちは<漁色>の対象とされ、苦悩の日々を強いられていた。「うら若い二条は、彼女なりに必死に役目を勤め、中世の宮廷という淀んだ海を泳がねばならなかった」とJR東海の<NAVIRET>にある。

西行を慕い、東国から西国を漂泊した二条。旅の空で遊女に会うと、言葉を交わし、その様子を手記に残した。高貴な出自とはいえ、自分の境遇に似ていると思ったのだ。
そんな二条が奈良からの帰路に立ち寄った石清水八幡宮。社前で偶然、後深草院と出会う。。二条は村上源氏の一員。氏寺での8年ぶり、劇的な再会。

「忘れざりつる心の色は思ひ知れ」という後深草院の情け深い言葉に思わず涙。だが「近いうちにまた会おう」と言われると「昔から他の女性より厚遇することもなかったくせに…」と恨み言を言いたくなる。

空白の時間が流れ、<巻5>に45歳の二条が登場する。また旅姿。今度は秋の厳島神社へ。
旅から戻った二条は奈良に住む。翌年、後深草院の病のウワサを聞く。いてもたってもいられず石清水八幡宮に参籠、院の本復を祈願する。どうしても一目会いたい。かつての恋人(初恋の相手)「雪の曙」(太政大臣に出世)に懇願、<夢のような拝顔>を得る。
次の日、後深草院は崩御―――。何とも劇的な別れだ。

二条は泣き崩れたりしなかった。本来、憎んでも憎みきれない。一生を台無しにさせた男。
院の愛人として誇り高い日も確かにあった。あの<粥杖事件>―――。女官を指揮、院と亀山院を<粥杖>で袋叩きにした。女官らは追放。だが首謀者の二条は<お咎め>なし。
亀山院に小弓競技に負けた院。女房猿樂で「源氏物語」を上演する。だが席次争いから二条がボイコット、オジャンだ。だがこれも<お咎め>なし。院第一の愛人の権勢だ。

だが屈辱も多い。初老の男に二条を抱かせた。<近衛の大殿>の名で「とはずがたり」に登場する。時の摂政。初老が20歳の二条に横恋慕。院を招待、連夜の宴で院を酔い潰させ、深夜に二条を襲ってきた。御簾の陰で執拗にレイプ。だが院にばれた。興を覚えた院、この初老にも夜な夜な二条を抱かせ、自分も側に寝た。「独り寝は寂しい」というのが口実。

宗教学者の山折哲雄氏が最後に言った。「天皇家には秘伝の<性技>があったらしい。天皇と一度でも寝た女性は<終生>忘れられない」。多くの女性が語り伝えているというのだ。

院の崩御を知った二条。せめて棺だけでも見ようと、二条富小路の御所の前をウロウロ。やがて夜、深草の御陵に向かう葬列が出発した。尼姿の二条、それを追いかけた。
「あわてて、履きたりし物もいづ方へ行きならん、はだしで走り降りたる」―――。裸足で走った。足も痛く、徐々に遅れる。でも足は走ることをやめない。
やがて<藤の森>が見えてきた。暗い暗い闇。迷いながらも一人で御陵に到着。涙に咽びながら「空しき煙の末」のみを拝した。当時の貴族の女性、決して走らなかったという。

JR東海の冊子「NAVIRET」には後深草院の肖像画がカラーで乗っている。普通の天皇より小さい。小柄だったらしいと注。だが講師の山折哲雄氏が最後にポツリと漏らした。後深草院は幼い頃<小児麻痺>を患った。―――足腰不自由な<不具>の身だったのだ。
+++++<完>+++++

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鎌倉後期の宮廷は熟れきった斜陽の世界。承久の乱(1221年)で後鳥羽院が敗北すると、政治の実権を鎌倉に奪われ、貴族は茫然自失、倦んだ目で九献(酒)に溺れ、女たちは漁色の危機にさらされていた。
14歳で後深草院の後宮に入った美少女・二条。養女から愛人へと扱いが変わり、酷薄な帝王から女官とも妃ともつかない立場で翻弄される。二条は文学や音楽、絵の才能もあり、宮廷のアイドルとして輝きに満ちていた。みずみずしい肉体から放たれる香気―――宮廷の男たちは次々と魅了され、その性愛生活も大胆になっていく。

講座「歴史の歩き方」(日本を見つける知の探訪)はJR東海の主催。<第33回)は<「とはずがたり」に問う―――後深草院二条、愛と漂白の日々>だった。会場の有楽町・よみうりホールは満席。火山、ずっと構想を温め、ワープロを打たなかった。
あまりにもショッキングな内容。講師の<宗教学者>山折哲雄。「どこまで具体的に語ってよいか。今日はご婦人も多いようですから(爆笑)。…といって語らなければ講師を果たせない。悩みました…」。満場がドッと湧いた。女性の方が大胆だ。火山、ドキッとした。

昭和13年(1938年)宮内省図書寮で御文庫の調査をしていた国文学者の山岸徳平は「地理部」の目録の中に、他と明らかに違う異色の書名を見つけた。―――「とはずがたり」。
ページを繰ると、それはセンセーショナルな猟奇譚。中世宮廷の秘められた色恋沙汰が<独白>の形で綴られていた。内容の過激さから禁裏の奥深く秘匿されてきたらしい。

「とはずがたり」は上流貴族の性愛が赤裸々に描いてあるだけで注目されるのではない。後の研究で南北朝期の史書「増鏡」に引用されていることも判明。記事には正確性があり、女性の手になるとは思えないほど、生々しい描写、感情に流されない冷静な視線があった。

筆者の二条は承久の乱から27年、鎌倉全盛期。1253年に鎌倉建長寺が創建され、日蓮は「立正安国論」を書き始めていた。
絶世の美少女だった二条の人生を最初に支配したのは帝王・後深草院。後嵯峨院の第二皇子。4歳で皇位につき、17歳で弟の亀山院に譲位、その後は上皇として酒色に溺れる。

「とはずがたり」は二条が14歳の時、29歳の後深草院が彼女の父に後宮入りを強引に求める場面から始まる。自分の実家で院と<新枕>を交わすことを強いられた若い二条は、思いがけないことにとまどい、泣き崩れる。実家は京都御所にほど近い河崎観音堂のあたり。「観音堂の鐘の音、ただ我が袖に響く心地して」とあるが、夜通し院に若い女体を責められ、鐘の音の中で泣き明かした。

若い愛人に執拗に執着する院は、彼女を強引に御所に伴う。院の御所は現在の京都府中京区庁舎あたり。実家のあった河崎からは歩いて10分程度。いわば幼いころから馴れ親しんだ場所だったが、愛人となった今は身の置き所もなく「恐ろしくつつましき心地」に震えた。院には11歳年上の正妃がいたからだ。院は気まぐれで、女性に対して酷薄、時には陰湿だった。

美少女の二条、生涯を通じ多くの男から言い寄られた。18歳の春、院が熱に倒れた折、祈祷に訪れた僧。正体は院の一つ違いの異母弟。「とはずがたり」には<有明の月>という名で登場する。5歳で仁和寺に出家するが、兄の御所に出入り、二条に恋焦がれていたらしい。
準備のため二条が祈祷場所の隣室に入ると、有明が現われ、祈祷の始まるまで、ほんの僅かの時間に犯されてしまう。護摩壇の灯明の陰で怪しい恋の煉獄が展開される。

二条20歳の夏、院は近衛の大殿(摂政・鷹司兼平)に懇願され、伏見の離宮を訪れる。連夜の宴に院の側に仕えていた二条。宴も果て深夜一人屋外に出た二条。50歳を過ぎた近衛の大殿が襲ってきた。ムリヤリ御簾の陰に引き込まれ、レイプされてしまう。
味を占めた初老、なんと次の夜も言い寄ってきた。院の足を二条が揉んでいた。なんと、それと察した院、怒るどころか、抵抗する二条に「早く立て、差し支えあるまい」と一言。しかも「独り寝は寂しい」という院の床の隣で老境の男に犯される。それも連夜。次の夜も次の夜も…。「死ぬばかり哀しき」―――二条の手記だ。

宗教学者・山折哲雄。「とはずがたり」は「源氏物語」と並ぶ日本古典文学の世界的傑作。ひいてもう一つあげれば近松門左衛門の「好色一代男」…という。
「源氏」は一人の男を巡る女たちの恋物語。だが「とはずがたり」は一人の女を巡る多数の男の性愛物語。しかも全部、実体験。ノンフィクションだ。

二条は院の没後、出家を余儀なくされる。いつ出家したか、定かでないが、巻4でいきなり32歳の尼僧となって現れる。尼となった二条は「伊勢物語」の主人公や西行の足跡をなぞるように、東国に漂白の旅に出る。  +++続く+++

<JR東海>主催の講座「歴史の歩き方」(日本を見つける知の探訪)の<第33回>で聞いたのは<「とはずがたり」に問う―――後深草院二条、愛と漂白の日々>だった。会場の有楽町・よみうりホール。宗教学者・山折哲雄さんの講演からまずご紹介します。

「『とはずがたり』はもしかすると『源氏物語』に匹敵する偉大な13世紀の古典文学として評価される時代が来るのではないかと思う」―――というのが山折哲雄さんの第一声。
この二大文学に匹敵する傑作がもう一つある。江戸時代の井原西鶴「好色一代男」という。

「源氏物語」は一人の男巡る女たちの物語。世界の中心にいるのは源氏という男だ。だが「とはずがたり」は二条という絶世の美女を巡る男たちの<性生活>が描かれている。
鎌倉後期の宮廷は承久の乱(1221年)に破れ、政治の実権を鎌倉幕府に奪われたため、貴族の男たちは<酒色>以外に欲望を向ける対象を失っていた。「女たちは<漁色>の対象でしかなかった。

二条は権中納言正二位の源(久我)雅忠を父に、藤原氏四条家出身の女を母として、正嘉2年(1258年)に生まれた。文学や音楽、絵の才能もあり、宮廷のアイドルとして輝きに満ちていた。みずみずしい肉体から放たれる香気―――宮廷の男たちは次々と魅了される。勢い男たちの<漁色>から二条の性生活は若い彼女の意志を超え大胆にならざるをえない。

彼女の母も美女だった。「朝には鏡を見る折も、誰が影ならむと喜び」と二条は「とはずがたり」に書くが、匂い立つような美少女だった。
二条が14歳になると時の権力者・後深草院は彼女を強引に後宮に奪い去る。14歳の彼女の身も心も存分に支配したのは29歳、男盛りの帝王だった。新枕の初夜は彼女の実家。若い彼女は思いがけない体験を強いられ、戸惑い、夜通し河崎観音堂の鐘の音が哀切の響きを伝える中で、泣き明かす。

だが後深草院は並の男ではなかった。気まぐれで女には酷薄、陰湿だった。それを示す事件が起こる。異母妹の前斎宮を見初めたのだが、それを愛人のはずの二条に打ち明け、「いかがすべきや」と手引きを頼んできた。
斎宮は神に仕える身、酷く<情欲>をそそられたのだ。だが首尾よく思いを遂げてしまうと「折りやすき花である」と熱を冷ましてしまう。

こんな出来事もあった。雨の日だ。市井で探し求めた美しい女性を車中に待たせたまま、別の女性を寝所の引き入れ、明け方まで夢中、すっかり忘れてしまった。だが二条にとって残酷だったのは日夜、院の漁色の対象にされただけでなく、こうした院の乱脈な情事の寝所に<宿直>させられたこと。まだ14歳の少女なのに、獣まがいの男女の嬌声を聴かされ、時には生き地獄のような責め苦の現場を見せつけられる。たまらなかったろう。

「とはずがたり」は二条が50歳の頃の手記らしいが、多くの男たちの<好色>の<餌食>となった美少女・二条の「ささやかな<復讐>だったのではないか」という説もある。それはあまりに生々しい赤裸々な性生活の告白だった。

二条には後深草院に後宮に<拉致>される前。密かに文を交わす相手がいた。「とはずがたり」には<雪の曙>という名で登場する。本名は西園寺実兼。父の公相は後深草院を生んだ母(大宮院)の兄。
西園寺家は関東申次という要職にあったため権勢を誇り、曙も後に太政大臣となる。曙は
後深草院の深窓に奪われた二条を恋焦がれた。そして二条を溺愛した父・雅忠を失って心細かった二条に優しい言葉を贈り、二条の乳母の家でついに二条を手に入れる。

権力者・後深草院の目を盗んだ密会が続き、二条と秘密の子も生まれる。だが院の近くに仕える曙には次々と男の<漁色>の犠牲になる二条の激烈な男関係が耐えられない。やがて疎遠になったという。

14歳になった二条の身も心も思いのままにした帝王・後深草院。彼女にとってはどんな存在だったのだろうか。彼女の思いは後のお楽しみとして、実は院に性の手ほどきをしたのは二条の母だった。
当時の貴族社会。男が成人式<元服>を迎える直前、しかるべき美女を選び<添え寝>をさせる習慣があった。母の名は「大納言の典侍」―――。絶世の美女だった。

二条の母は若くして世を去った。それだけに院の思いは格別だった。院は2歳の二条を引き取って養女にした。そして14歳になると待ちきれずに後宮に迎え、夜となく昼となく、美少女を責めた。二条の亡き母への思いもある。その娘を自分の<性>の<傀儡>(クグツ)にしたのだ。抱くたびに<快感>に酔いしれたであろう。

だが院の<漁色>はそれで終らなかった。二条に言い寄る男を発見すると、自分の目の前で二条を抱かせ、見物した。美少女の<所有者>という特権も愉悦にした。二条は「死ぬばかりに哀しき」と手記に告白する。若い身空で地獄の<性生活>を強制されていた。

露消えし 後のみゆきの 悲しさに 昔にかへる わが袂かな(二条)

鎌倉後期の女性・二条が残した「とはずがたり」は後深草院の3回忌を書いて終っている。僅か14歳の美少女を養父が自分の情欲の餌食にした。下紐を結ぶ暇もないほど、日夜寵愛。<性の傀儡(くぐつ)>に仕立て、身も心も完全に支配した。

二条は高貴な出自、文学や音楽、絵の才能に優れ、快活の気性、宮廷のアイドルだった。
太政大臣家の御曹司と密かに文も交し、将来に夢も抱いていた。そんな二条を養女から愛人に変えた男。気まぐれで酷薄、陰湿でもあった。二条のみずみずしい女体を責めるだけでは飽き足らず、様々な男に抱かせ、眺めて楽しむ。「死ぬばかりに哀しき」と手記にある。

二条は26歳の若さで<御所追放>の憂き目にあう。後深草院の同母弟の亀山院が二条を「類稀れに寵愛、もう院には戻る気がないらしい」というウワサが原因。もともと弟を唆したのは自分なのに、実に身勝手な嫉妬。2歳で母を、15歳で父を失った二条、追放されても戻る家はない。出家するしかない。天涯孤独となった二条は<僧形>で<漂泊>する。

手記「とはずがたり」は昭和13年(1938年)、宮内省図書寮で国文学者・山岸徳平氏によって発見された。ページを繰った山岸氏は仰天した。上流貴族の性愛が赤裸々に綴られていたからだ。しかも女性の筆になるとは信じがたい生々しい描写。読み進むと鎌倉期の史書「増鏡」にも引用されるほどの正確性があることも分かってきた。

宗教学者の山折哲雄氏は「源氏物語」と並ぶ世界的な2大古典と評価する。実際、瀬戸内晴美(寂聴)や杉本苑子が小説にしている。米国、ドイツ、ロシア、イタリア、ブルガリアで翻訳、出版されてもいる。

承久の乱(1221年)に敗れた朝廷。政治の実権は鎌倉に移り、貴族の男たちは酒色に溺れる以外、やるべきことがない。勢い退廃した宮廷にあった美女たちは<漁色>の対象とされ、苦悩の日々を強いられていた。「うら若い二条は、彼女なりに必死に役目を勤め、中世の宮廷という淀んだ海を泳がねばならなかった」とJR東海の<NAVIRET>にある。

西行を慕い、東国から西国を漂泊した二条。旅の空で遊女に会うと、言葉を交わし、その様子を手記に残した。高貴な出自とはいえ、自分の境遇に似ていると思ったのだ。
そんな二条が奈良からの帰路に立ち寄った石清水八幡宮。社前で偶然、後深草院と出会う。。二条は村上源氏の一員。氏寺での8年ぶり、劇的な再会。

「忘れざりつる心の色は思ひ知れ」という後深草院の情け深い言葉に思わず涙。だが「近いうちにまた会おう」と言われると「昔から他の女性より厚遇することもなかったくせに…」と恨み言を言いたくなる。

空白の時間が流れ、<巻5>に45歳の二条が登場する。また旅姿。今度は秋の厳島神社へ。
旅から戻った二条は奈良に住む。翌年、後深草院の病のウワサを聞く。いてもたってもいられず石清水八幡宮に参籠、院の本復を祈願する。どうしても一目会いたい。かつての恋人(初恋の相手)「雪の曙」(太政大臣に出世)に懇願、<夢のような拝顔>を得る。
次の日、後深草院は崩御―――。何とも劇的な別れだ。

二条は泣き崩れたりしなかった。本来、憎んでも憎みきれない。一生を台無しにさせた男。
院の愛人として誇り高い日も確かにあった。あの<粥杖事件>―――。女官を指揮、院と亀山院を<粥杖>で袋叩きにした。女官らは追放。だが首謀者の二条は<お咎め>なし。
亀山院に小弓競技に負けた院。女房猿樂で「源氏物語」を上演する。だが席次争いから二条がボイコット、オジャンだ。だがこれも<お咎め>なし。院第一の愛人の権勢だ。

だが屈辱も多い。初老の男に二条を抱かせた。<近衛の大殿>の名で「とはずがたり」に登場する。時の摂政。初老が20歳の二条に横恋慕。院を招待、連夜の宴で院を酔い潰させ、深夜に二条を襲ってきた。御簾の陰で執拗にレイプ。だが院にばれた。興を覚えた院、この初老にも夜な夜な二条を抱かせ、自分も側に寝た。「独り寝は寂しい」というのが口実。

宗教学者の山折哲雄氏が最後に言った。「天皇家には秘伝の<性技>があったらしい。天皇と一度でも寝た女性は<終生>忘れられない」。多くの女性が語り伝えているというのだ。

院の崩御を知った二条。せめて棺だけでも見ようと、二条富小路の御所の前をウロウロ。やがて夜、深草の御陵に向かう葬列が出発した。尼姿の二条、それを追いかけた。
「あわてて、履きたりし物もいづ方へ行きならん、はだしで走り降りたる」―――。裸足で走った。足も痛く、徐々に遅れる。でも足は走ることをやめない。
やがて<藤の森>が見えてきた。暗い暗い闇。迷いながらも一人で御陵に到着。涙に咽びながら「空しき煙の末」のみを拝した。当時の貴族の女性、決して走らなかったという。

JR東海の冊子「NAVIRET」には後深草院の肖像画がカラーで乗っている。普通の天皇より小さい。小柄だったらしいと注。だが講師の山折哲雄氏が最後にポツリと漏らした。後深草院は幼い頃<小児麻痺>を患った。―――足腰不自由な<不具>の身だったのだ。
+++++<完>+++++

「朝には鏡を見る折も、誰が影ならむと喜び」―――。自分でも見惚れるほどの美少女。その美しさゆえに、僅か14歳の若さで養父に犯されてしまう。それも男は酒色に溺れる以外に欲望を満たすものがなくなった鎌倉後期の退廃した宮廷の帝王だ。
明け方まで男は漁色、変態の限りを尽くして楽しんだ。美少女を一夜にして<性の傀儡(くぐつ)>に変える。乱れに乱れる美少女を眺めるのも愉悦のうち…。残酷だ。

帝王の情欲はそれでも満たされない。美少女を別の男に抱かせ、「死ぬばかりに哀しき」思いをさせて飽きない。ついに僧形の男に抱かせる。男はかねて二条に思いを寄せていた。恋焦がれ、脅迫状(起請文)まで書く。二条は脅迫状の「生まれ変わったら、そなたとともに悪道で生き続けよう」という文言に震え上がり、鼻血を出して寝込んでしまう。
だがこの悪僧、祈祷前の隙を盗み、美女を護摩壇の脇で抱く。激情の赴く存分のレイプ。

この悪僧、後深草院の異母弟・性助法親王。5歳で出家していたが、院の御所に出入り、美少女・二条に恋情を抱く。長い間、思いを貯めていた。
二条はレイプの翌朝から21日間、自分の方から男の部屋に通う。連夜。「よほど熱情にほだされたのか、それとも<法力>か」―――。JR東海の「NAVIRET」の解説は書く。

宗教学者の山折哲雄氏は言った。性助法親王は密教を極めていた。弘法大師が日本に伝えた密教。曼荼羅など法具も華麗を極めていた。それも法力を高める。
曼荼羅の描く<金剛界>。じつは男が女に没入、性の快楽が絶頂を極める瞬間という。そしてもう一つの<胎蔵界>。女が男を受け入れ、悦楽を極める境地を描いているという。男女一体の<没我>の世界。「エロスが宗教と美を結びつける」―――。それが<曼荼羅>と宗教学者はいう。

性助法親王、曼荼羅を眺め、二条を抱ける日をずっと夢見ていた。その念力が二条を激情に駆り立てる。二条は悪僧を<有明の月>と名付け、「とはずがたり」に登場させている。
不思議なことに激情の<21日>が過ぎると、二条は<有明の月>に<つれない>態度をとりつづけた。それでも院にばれる日が来る。<有明>が二条に言い寄っている現場を見てしまった。だが院、今度も怒らなかった。むしろ有明を唆した。恐るべし。

多くの男を狂わせ、多くの男から<漁色>の対象にされた二条。宗教学者の山折哲雄氏は、二条の似姿をマリリン・モンローに見出したという。
<性のシンボル>と言われた<世紀の美女>―――。マリリン・モンローも数奇な運命を辿った女性だ。最後は<自殺>―――。そう言われているが、実は<謎>だ。ロバート・ケネディが<知りすぎた女>として暗殺させたという風説は消えない。

マリリン・モンローの最初の結婚相手は大リーグの星ジョー・ディマジオ。世界中の話題をさらった。だが離婚。次は有名作家のアーサー・ミラー。これも離婚。
さらにイブ・モンタン。シャンソンの大スター。ケネディ大統領との浮名。最後が彼の弟のロバート司法長官。超有名人ばかり。多くの男が美女の体を通り抜けた。だが彼女は幸福だったろうか。山折哲雄氏は考え込むという。

「とはずがたり」の後半は紀行文。西行を慕っていた二条。旅の空で多くの歌を詠んだ。また遊女に出会うと、自分も<同類>と思い、涙で<袖>を濡らす。
そんな旅の二条が奈良からの旅の帰路、石清水八幡に立ち寄った。ここは源氏の氏神として崇められ、村上源氏の一門に属する二条は在俗のころからよく詣でていた。この時、偶然にも後深草院も来ていて、人混みの社前で二条を見出したという。劇的な<再会>だ。

「忘れざりつる心の色を思ひ知れ」と院は二条に情け深い言葉をかけた。思わず二条は泣いた。お互いに既に<僧形>―――。その姿が感情の角を丸くしたのだろうか。
「近いうちにまた会おう」と院は言った。だが「昔から他の女性より厚遇するということもなかったくせに…」と手記には書いてあるという。「本音を書くあたり、まだ生身の女性を感じさせる」とJR東海の<NAVIRET>。正応4年(1291年)、二条34歳だった。

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