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官邸主導

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<郵政解散>の「歴史的大勝利」――。結果の出た今は小泉純一郎の<決断>が当然に見える。だが<舞台裏>の<血みどろ>の<駆引き>は簡単なものではなかった。日経<編集委員>の清水真人「官邸主導(小泉純一郎の革命)」(日本経済新聞社)から手に汗握るドラマを描いてみたい。

「内閣総理大臣の権限が弱いといわれがちな日本の議院内閣制のシステムでもここまで『強い首相』は生まれうることを小泉は身を持って示した。強烈な個性が、憲法が与えた解散権と人事権という『内閣総理大臣の権力』を縦横に使いこなすことによってそれは可能になった。『やればできる』。孤高の宰相はたった一人の長き戦いで証明してみせた」(「官邸主導」353頁)。

<改革派の旗手>大前研一。「<勧善懲悪>を演じる小泉劇場」と皮肉りながらも<天才政治家>と絶賛している。近著「ロウアー・ミドルの衝撃」(講談社)の一節をご紹介しよう。

「道路公団が悪いとなればそれを懲らしめ、橋本派が利権政治をほしいままにしているといえば、その重鎮すべてに地雷を踏ませた。郵貯が金の流れを歪めているとなれば、国定忠治よろしく、カネが正しく流れるように道筋を作った。舞台上で繰り広げられる改革劇を止めるものがいれば、刺客を送って制裁し、四十七士ならぬ83人の<小泉チルドレン>と呼ばれる騎士(新人議員)を作った。今や族議員を根絶し、政府系金融機関を撲滅させ、甘い汁を吸ってきた官僚も5%は退治してしまう」。

「こうした一連の<事業>をことごとく成功に導いてきた小泉首相はたいしたもの。誰にもできなかった政治的手腕」(14頁)――。さすが大前研一、見事に要約している。火山が描きたいのは<舞台裏>の暗闘だ。

1992年暮れ、郵政相になった小泉は郵貯の非課税優遇<老人マル優>の見直しを口にした途端、郵政族から総攻撃を喰らった。郵政官僚も組織をあげて大臣を無視。サボタージュを決め込むという異常事態が半年以上も続いた。小泉はガランとした大臣室で一人、淡々とオペラに耳を傾けるだけ。
1995年秋、初めて名乗りを上げた総裁選では民営化論がネックとなり、30人の推薦人がギリギリまで集まらなかった。小泉はそんな危機を何回も体験している。

2005年7月5日の衆院本会議。自民党から綿貫民輔、亀井静香、野田聖子、藤井孝男ら37人もの大量の反対、古賀誠、高村正彦ら14人が棄権・欠席、5票差という薄氷だったが、民営化法案は通過した。10年前ならどう逆立ちしても不可能。しかし、反対派は勢いづいた。この僅差なら参院で葬れる。「小泉の求心力低下」「政権の終わりの始まり」――こんな論評が相次いだ。

参院では否決への流れが日々加速して行った。「参院で否決したから衆院を解散するのは筋が通らない」と感情的な反発も加わった。厳しい情勢。参院のドン青木幹雄は7月18日、赤坂プリンスホテルで森喜朗とともに密かに小泉に会った。青木が提示した妥協案は「継続審査」扱い。もう一つが最後の切り札――。「私が参院議員会長を辞め、あんたも首相を辞める。それと引換えに郵政法案を通す」。だが小泉はどちらもキッパリ拒否した。

「殺されてもいい」――。8月1日、小泉は反対派に「最後通告」をした。「小泉改革は支持するが、郵政民営化は反対でいいと勘違いしている人が随分いる」。「倒閣運動だということはハッキリしている。そういう小泉おろしには私は屈しない」。

2005年9月11日夜。開票作業が進み、自民党は地滑り的勝利が確定的になっていた。テレビ東京のテレビ番組。キャスター小谷真生子のインタビューに小泉は一気にまくしたてた。「私は党内の引きずり下ろしによって総辞職するということはまったく考えていませんでした。躊躇なくそれ(解散)を実行したんです」――。小泉のこの決断はどこから生まれたか。それを解明するのが火山の狙い。

解散に先立つ6月3日。衆院郵政特別委員会でこんな応酬があったという。小沢鋭仁(民主党)「あなたは空想と現実の区別が分からなくなったドン・キホーテだ」。小泉「私は実はドン・キホーテは好きなんです。ミュージカルなら<ラ・マンチャの男>。『夢みのりがたく、敵はあまたなりとも、我は勇みて行かん』」――。思い切り<揶揄>するつもりで意気込んでいた小沢。<大好きだ>と言われ面食らった。

小泉は「ここぞとばかり」切り替えした。「夢みのりがたく…」とは「ラ・マンチャの男」の劇中で歌われる名曲「見果てぬ夢」の一節だったのだ。「ラ・マンチャの男」には「最も憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」というセリフも出てくる。小泉は<あるべき姿>の<郵政民営化>は譲らない。自分は<狂気>どころか<正気>と言い切ったのだ。

++++++++続く+++++++++

清水真人「官邸主導・小泉純一郎の革命」(日本経済新聞社)を読み終わった。著者は日経・経済解説部編集委員。政治部、経済部、ジュネーブ支局長を経て現職。執筆の着想を得たのは2002年晩秋、支局長として赴任、2年が過ぎた頃。「レマン湖の静かな街での暮らしは日本の政治を相対化し、醒めた視点でじっくり考察する格好の機会となった」という。

「官邸主導」―――感激した。小泉純一郎(当時、厚相)は「総理大臣ならできる。総理がやると言えばできるんだ」と<確信>を持った。それが今回、亀井静香、綿貫民輔、野田聖子らが読み違えた<郵政解散>を小泉首相に決意させ<歴史的勝利>をもたらす原点。
1997年11月22日未明、山一証券、北拓などの連鎖倒産で日に日に追い込まれていく橋本総理。「総理ね。改革はできるよ」―――首相官邸を小泉厚相が不意に訪ね、激励した。

橋本龍太郎は1996年1月、村山富市の突然の退陣を受け、政権についた。だが村山政権の負の遺産、住宅金融専門会社(住専)へ6850億円の公的資金の投入で世論の激しい批判を受け、内閣支持率も低下の一途。国会は党首・小沢一郎が率いる新進党が委員会室にピケ、体を張って委員会開催を阻止、長期にわたって空転、政局は完全に行き詰まった。

「直ちに解散に打って出るべきだ」。自民党内でたった一人、主張したのが小泉。世論は住専問題で非難轟々、選挙恐怖症が蔓延していた。小泉は「決断を先送りすれば追い込まれるだけだ」と主戦論。「もし、自分が総理大臣だったら…」とつぶやいた。
「座して待てば総辞職。今なら解散の余力がある。勝てば続投。負けたら退陣すれば良い」―――今回の郵政解散。<国民に聞いてみたい>…まさにこれだった。

1997年11月22日未明、橋本が議長、陣頭指揮した「行政改革会議」が自民党と激論の上、中央省庁再編の最終報告案を打ち出した。9月の中間報告には<簡保>の<民営化>を明示、<郵貯>も<民営化>への条件整備を掲げていた。
だが最強に支持団体<特定郵便局長会>の働きかけで自民党は強く反発、この日、午前2時を過ぎて固まった最終報告案から郵政民営化は消えていた。<政府>の方針を<党>の<部会>や<族議員>が骨抜き。彼らは「これが議会制民主主義」と言った。総理の意向を派閥の領袖や無役の大物政治家が平気で覆した。代表は野中広務。

小泉は猛反発。橋本総理に辞表を叩きつけようとした。だが橋本は<郵便事業への民間参入><郵貯資金の資金運用部への預託廃止>を決断。翌日の<閣議>で必死の形相で押し通した。案に相違して反対する閣僚は1人もいなかった。
これが小泉を<確信>させた。「俺が総理大臣にならない限り、郵政民営化はできない」。郵政民営化は自民党ほぼ全党が反対、野党も反対。だから実現は<政界の奇跡>と小泉は言った。断行するには閣僚や党三役の地位で奮闘してもパワーが足りない。自ら宰相の座に就き、総理大臣のあらん限りの<権力>を行使して挑戦する以外ない。

総理総裁の<権力>。それは<内閣改造・党役員人事>と<衆院解散>。小泉が実力者の青木幹雄、森喜朗、盟友の山崎拓にも相談せず、独断で決め、貫徹したのは<権力>を意識したから。<衆院解散>も一瞬にして<全議員>のクビを切る。<人事権>だ。
人事権を<武器>にするのは当然。<脅し>でも<独裁>でもない。憲法が認める総理の<権限>。今までは総理が派閥の領袖に<遠慮>、行使しなかっただけ。

小泉が<郵政民営化>を<踏み絵>にしたのも、<マニュアル>に盛り込んだのも、<経済財政諮問会議>を武器に<財務省>の<予算編成>の<官邸主導>を確立したのも、全部<戦略>。抵抗勢力を公認せず、全小選挙区に対立候補(刺客)を立てたのも当然の<戦術>―――<非情>でも<独裁>でもない。<人より政策>の<小選挙区制>の常識。

「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調、会長・亀井正夫社会経済生産性本部会長)が「政治主導を生かす共同作業」という緊急提言で「権力と政治責任を首相を中心とする内閣に一元化する」これが「議院内閣制」の基本原理だと指摘した。
「<与党主導>や<族議員>など個々の<政治家主導>を尊ぶような<解釈>は間違い」というのだ。<口利き>で<利益誘導>をバラマク古い自民党の否定。

今回の<郵政解散>の結果、総理に公然と反旗を翻した多くの大物政治家・族議員が<落選><引退><離党>した。小泉首相が人事を牛耳った結果、派閥・抵抗勢力・族議員は<脳死状態>になった。有力な選挙母体も同じ。特定郵便局長会も<有名無実>に近い。<医師会><農協>も観念し始めた。これこそ<政治>の構造改革>―――。

だが日経の<春秋>(1月22日)は「雪に不慣れな地域の積雪も油断ならない。<危ない。転ぶぞ>と見ていたら、やはり転んだ」。本能寺の変10年前、飛ぶ鳥を落とす勢いの信長を「高ころびにあをのけにころばれ候ずると見え」と手紙にした<安国寺恵けい>を<慧眼>と紹介、本論に入る。 

「今思い浮かぶ顔はホリエモンか。政敵なら昨年の余勢を駆り『最後の国会』に臨む小泉純一郎首相にそれを期待するのだろう。前からの『靖国』に耐震偽装、皇室典範の扱いと難題山積の今国会だが、ライブドアが加わり、米国産の牛肉輸入での拙速批判は免れまい。歌舞伎好きの小泉首相のこと、六方を踏み華麗に舞台を去りたいところだろうが、足元は花道ならぬ雪道で下手をすれば泥まみれの退陣になりかねない。後継者たちも器量を試されよう。同じ手紙で『藤吉郎さりとてはの者』と、後の天下人に二重丸をつけた<恵けい>にそっとポスト小泉名簿と赤鉛筆を渡してみたい」と終る。面白いといえば面白い。だがマンネリ、ピンボケだ。お粗末。

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3月7日の日経朝刊に火山<釘付け>になった。<歳出削減、分野別に明示><増税抑制へ『拘束』><諮問会議方針>とあったからだ。<民間議員>とは本間正明(阪大・経済学)、吉川洋(東大・財政学)、奥田碩(経団連)、牛尾治朗(経済同友会)の4人。

<民間議員>の真の<狙い>は「<増税>なき<財政再建>」。景気の足を引っ張る<増税>…。官僚の数字合わせに乗らないという覚悟だ。火山、徹底的に応援したい。
政府は<一律>カットで歳出削減を進めてきた。だが省庁の<壁>に阻まれ、リーダーシップを発揮できなかった。これを「社会保障」「地方財政支出」「公共事業」「ODA」など主要分野別に<優先順位>を明確化、ムダを省き、財政再建を軌道に乗せるのが狙い。

政府は2011年度に国・地方合わせたプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を黒字にするシナリオを描いている。実際は竹中平蔵と4人の民間議員が描いた。
現行のまま放置すれば2011年度の歳出額は<116兆2000億円>(2006年度は<79兆7000億円>)に膨らむ。増税しない場合は<20兆円>の削減が必要。民間議員は必死だ。

竹中平蔵が<諮問会議>担当大臣に指名された時、真っ先に手がけたのが、マクロ経済(国内総生産)と財政収支をバランスさせることだった。
従来、大蔵省が強力な権力を振るっていながら、この視点のリーダーシップが欠落していた。この結果、小渕内閣で膨らんだ公共事業費を小泉内閣が<半減>しても、米国のGDP比の公共事業費と比較すると<3倍>も過大というイビツな財政になっていた。

<改革>したい。竹中平蔵は諮問会議に<予算方針>を審議する権限を移そうとした。強硬に抵抗したのが財務省(旧大蔵省)と族議員たち。
亀井静香は「国民が選んだわけでもない<民間議員>が勝手に決める。党の事前審査も受けない。これは<議員内閣制>ではない」と息巻いた。これは英国流とは違う<世界>の<非常識>だ。前回ご紹介したとおり。(「官邸主導」13)ご参照。

諮問会議で<予算方針>を議論するなど、従来の常識では不可能だった。そこを突破したのが竹中平蔵と4人の民間議員の知恵だ。小泉純一郎はこれに断固たる決意で<お墨付き>を与えた。詳しくは過去の「官邸主導」をご覧ください。
諮問会議の「議題発議権」を握った竹中平蔵は「権威(authority)は著作者(author)にある」とまで言い切った。「民間議員ペーパー」はほとんど全部、実際は竹中ペーパーだった。清水真人「官邸主導(小泉純一郎の革命)」(日本経済新聞社)にはそう書いてある。

凄いのはそれだけではない。その壁を突破するための手法も確立した。後でご紹介する。小泉首相への<事前レクチャー>だ。これで抵抗を少しずつ突破してきた。
歳出カットに抵抗する巨悪は<厚生><文教><建設>の<ご三家>。<族議員>と省庁。<厚生労働省><文部科学省><国土交通省>だ。巨額な補助金を握り、族議員と自分たちの<利権>を維持してきた。その弊害は元大蔵官僚の<ミスター円>榊原英資氏が指摘したとおり。(「官邸主導」11)ご参照。<事前レクチャー>の仕掛けは次のとおり―――。

事前レクチャーで竹中は<人払い>を求める。首相秘書官の中で、小泉の信任が抜群に厚い財務省出身の<T>さえ密談に同席させない。首相官邸に送り込まれた官僚を通じ出身官庁に情報が漏れることが日常茶飯事だったから。それこそが彼らの仕事だった。
少しでも利権に関わる動きが漏れると官僚たちが<ご説明>と称して殺到、その案は潰される。竹中は終始一貫、民間議員とともに<警戒心>は捨てなかった。

「民間議員ペーパー」→「竹中とりまとめ」→「首相指示」という流れが諮問会議を舞台にして「官邸主導で経済政策決定プロセスを動かす生命線となった。竹中はそのシナリオを描く脚本家であり、主役の小泉や脇役の民間議員を含めて時にはセリフまでつける演出家でもあり、自らも毎回の舞台で重要な役どころを演じてきた」(「官邸主導」265頁)。

民間議員は族議員や省庁が飲めない<高めのボール>を投げる。飲めないから拒否しようと<土俵>に上がると竹中が「待ってました」と<取りまとめ>。いつの間にか主導権を握られる。頃合を見て「首相指示」―――。これで<決まり>。
一見、結論は<玉虫色>だが、しっかり<骨太>…。この成果が<GDP比>という<新指標>を生んだり、今回の<分野別削減目標>を設定させた。

<分野別削減額>はレールが敷かれただけ。<増税>抑制にどこまで前進できるか今後の課題だ。特に竹中を総務相に転出させ、与謝野馨を担当大臣に起用した。この結果は未知数。だからこそ私たちは、しっかり<監視>すべき。

民間議員は3月7日、地方向け財政支出、社会保障費抑制に向けた基本的考え方を示す。地方向けは地方交付税交付金(来年度<14兆6000億円>)と補助金を足した財政移転額(2004年度<33兆円>)を減らすことを目指す。
日経は既に「地方交付金の中には民間に比べ高すぎる公務員給与など<7〜8兆円>のムダがある」と指摘している。<官邸主導>だけが省庁や族議員の壁は突破できる。頑張ってほしい。

日本の「議院内閣制」は英国を源流とする議会制民主主義とは異質。実際は<官僚主導>。首相は<閣議>への<発議権>さえ持たず、<閣議>は<事務次官会議>の決定を追認するだけ。<官邸主導>など想像もできない実態だった。

大蔵省の元高官で「ミスター円」の異名を持つ榊原英資氏は近著「分権国家への決断」で興味深い<官僚>論を展開している。正直に書くと火山は彼を大嫌いだった。さぞかし猛烈な<官僚>擁護論を書いていると思った。だが違った。中央集権にアグラをかく官僚を痛烈に批判している。だから<分権国家>論を書いたのだ。

榊原氏は長野県民が「議会がクビにした田中康夫知事を再選した」ことから話を始めている。「長野県は他の多くの地域と同様、公共事業の受益者だった。県や市町村の政治は公共事業を中心に、ここ数十年、いや明治以来展開してきたのだ。しかし、多くの県民は、実は主たる受益者は既存の政治家や建設業者たちであって、自分たちではなさそうだいうことに気づき始めたのだ」(12頁)と鋭く指摘している。

「この現象(知事をリコールした議会に長野県民のノー)は比較的新しい展開である。『土建国家』的地方利益論は、明治以来の日本の政治の中心イデオロギーであり、少なくとも1970年代までは、そこそこ成功してきたパラダイムだった」(12頁)。面白い指摘だ。

榊原氏は「明治の『革命』の二つの柱は、廃藩置県と新しい学制の創設」と説く。そして「廃藩置県は、県知事を任命制とする等、東京をハブとする独自の中央集権システムを確立する」「明治のリーダーたちが工夫したのが、律令時代以来存在してきた官僚機構を政治から中立化すると同時に社会全体から遮断し、超然化させて、目標達成のための具体的手段の行政システムに大幅に委任することであった」(16頁)と進める。官への<丸投げ>。総理以下、大臣は官僚の<傀儡>となる。

「日本型中央集権システムを背後から支えてきたのが、新しい教育制度の確立とそれと平行して一般庶民まで拡がっていった『立身出世』のイデオロギー」(17頁)。これも鋭い。「末は博士か大臣か」―――という話だ。
「『立身出世』の基本的前提は学問であり、学問の有無が社会的地位の上下を決める。門閥や志ではなく学問的能力が人材の社会的選抜の基本」だった。明治の新しい意味だ。
だが戦後もずっと続き、高度成長を支えた後、<腐敗>してきたところに問題が起きた。

「日本型中央集権は極端な型の東京一極集中現象を生む」「東京に政治・行政権力が集中しているだけでなく、民間企業の本社も集中しており、大きく欧米先進国とは異なっている」「東京に相当するニューヨークには金融機関の本社こそ存在するが、製造業、サービス業の本社は各州に分散」「ロンドン、パリ、ベルリン等にも東京型集中は見られない」と続く。

「猛烈なスピードで『近代化』、産業化を達成し、植民地化を逃れ、キャッチアップして行くためには、この異常な東京一極集中は有効であったし、やむをえなかったのかも知れない」―――。
火山も同感。東アジア諸国はこれを<開発型独裁>と称し、見習って急速に発展してきた。
中国は<開発型独裁>の急進する経済地域が珠江デルタ、長江デルタなど<6つ>あり、大前研一はこれを<中華連邦>と名付け、底知れない中国発展の原動力と見ている。

だが日本の場合、<東京一極集中>は官僚が企んだもの。「そのプロセスで地方の活力が奪われ、地方の制度的中央依存体質がつくられていった」「主要地方都市でも、地方財界の中心がほとんど、電力、ガス、地方銀行という姿は異常である」。
「公選によって大統領型の強い行政権限を持つ地方自治体も、地方交付税交付金、あるいは国庫支出金(補助金)によって、財政的に中央に強く依存し、自主性を大きく中央官庁によって制約されている」(19頁)と鋭い指摘が続く。―――同感だ。

「長野県知事選が象徴的意味を持つのは、長野県民、そして恐らくは日本国民が、実感としてこのこと(中央集権の弊害・腐敗・機能不全)に気づきだしたことだろう。地方政治家、県庁・建設会社の間に典型的に見られる政官業の複合体は、腐敗し、汚職事件が相次いでいる」―――。凄い。
田中角栄が「列島改造」でトコトン追及した「土建国家」―――。世界一の国家の借金をつくり、国民は<増税>や<年金・福祉高負担>を強いられ始めた。これを「少子高齢化」や「人口減」にスリカエさせてはダメ。

「世界に誇ることができた能力主義的日本の学制も、戦後の悪平等主義、経営能力の欠如から音を立てて崩れつつある。残されたのは、肥大化し、機能麻痺を起こしつつあるアグリーな巨大都市東京と、中央政府に「おんぶにだっこで依存している、あるいはせざるを得ない地方。東京と地方、先進輸出関連産業と規制と補助金漬けの国内製造、サービス産業(農業を追加すべき…火山)の二重構造の中で『近代』を越えるエネルギー、新しい時代への活力もなく閉塞する日本」(20頁)。これがエリート官僚だった榊原英資氏の言葉。
次回は<補助金>漬けがいかに有害か、榊原氏の言葉で語らせたい。+++続く+++

2005年4月27日、総務会長の久間章が異例の<討議打ち切り>で<郵政法案>の<国会提出>を押し切った。反対派は<独裁者><ヒトラー>呼ばわり。<党議拘束>がかかったのかというのも議論を呼んだ。
だが「<衆院解散>も辞せず」という小泉の<強硬>姿勢が、またもや与党の<事前審査>システムを揺るがしたのは隠れもない事実。<官邸主導>への新しい一歩だ。

5月連休明け、小泉は立て続けの<人事権>行使で、重要なメッセージを放った。内閣の方針に反したとして郵政担当(総務省)の幹部キャリア二人をバッサリ更迭、物議を醸した。だがこの二人、党内反対派に内通、政府の情報を自民党に流しただけではなく、国会審議の<質問から答弁まで>を代筆、郵政法案を葬ろうとしていたのだ。

二人とは次官候補の総務省審議官・松井浩と郵政行政局長の清水英雄。霞ヶ関が息をひそめた。さらに追い討ちをかけるような郵政民営化法案を審議する衆院特別委員会の人事が内外を驚かせた。委員長に党総務局長の二階俊博、筆頭理事に前副総裁で4月選挙で復活当選を果たしたばかりの盟友・山崎拓を起用した。

「腹の据わった人」「ぐらぐらしない」と小泉は二階を高く評価してみせたが、これも尋常でない人事だった。小泉はこれもまた誰にも相談せず、たった一人で想を練った。
何が<尋常>でないか。二階が務める総務局長とは幹事長を補佐し<選挙対策>の実務を取り仕切る役回り。小泉は<兼務>のまま特別委員長に指名した。つまり選挙の<公認>など実権は事実上、二階が握っている。その人物が特別委員長として<反対派>に<睨み>を利かせる。反対派は<衆院解散><総選挙>を意識せざるを得ない。げっ!

小泉は<人事権>と<解散権>をセットに<内閣総理大臣の権力>をフルに活用した。これは憲法が認めた<宰相の特権>だが、小泉登場以前の自民党は派閥<連合体>で運営してきたため、派閥領袖ら実力者との<談合>と<合意形成>がないと行使できなかった。
「小泉はしばしば『変人変人というけど俺は結構、正統派なんだよな。穏やかな常識人だ』と不服そうにつぶやくのは、あながち的はずれではない」(清水真人「官邸主導」327頁)。

2005年6月28日、自民党は総務会で郵政法案の修正案の了承手続きを取った。久間章はこの総務会で自民党史上初めての<多数決>を強行した。実は党則41条は「総務会の議事は出席者の過半数で決し、可否同数の時は美長の決するところによる」ともともとルールとして明記している。<全会一致>は<和をもって尊し>という<慣行>に過ぎない。

この<全会一致>がクセモノ。実際は<少数意見尊重>の場。<族議員>の<利益誘導>の<温床>だ。<郵政、建設、厚生>の<ご三家>。これに<農林、文教>を加えた<五族協和>が幅をきかせ、<地元>や<団体>へのバラマキ<談合>の<場>になった。

談合とは<少数>の<譲り合い>による<共存光栄>。見せかけの<全会一致>!!
これを見破った経済同友会の代表幹事・北城格太郎や早大大学院教授で道路公団民営化推進委員会の委員を務めた川本裕子は「全会一致は要注意」と警告している。火山は講演会で<生の声>を聞いている。

6月28日の総務会で反対の挙手をしたのは元外相・高村正彦、野田毅、藤井孝男、村井仁、後に衆院本会議で賛成に転じ自殺した長岡洋治の5人。亀井静香は採決に抗議、棄権と見做された。
党執行部は<討議拘束>は完全にかかったという論法で採決(本会議)の決戦場に向かう。反対派は猛反発で<荷崩れ>は決定的。だが事前審査システムは一段とガタガタになった。

7月5日、決戦の衆院本会議。「否決なら衆院解散だ。それでもいいか」と執行部は反対派を説得。「そんな脅しの強権政治に屈するわけにいかない」と反発を強める反対派。ギリギリの攻防が続いたが、決戦の朝、小泉は「俺はどっちでもいいんだよ」とつぶやいていた。
実は既に「政務担当の首相秘書官・飯島勲を中心に首相官邸では法案否決の事態に備え、解散・総選挙の準備が始まっていた。反対票を投じた議員は公認せず、選挙後も復党を認めないという超強硬方針も固まり、郵政民営化に賛成する候補者探しもひそかに動き出していた」(「官邸主導」349頁)。

結果は自民党から綿貫、亀井、野田聖子、藤井ら37人もの大量の反対。古賀、高村ら14人が棄権、欠席。5票差という薄氷の可決だった。
反対派は勢いづいた。「小泉の求心力低下」「政権の終わりの始まり」―――。こんな論調が相次いだ。だが首相官邸から見た風景はまるで違っていた。解散・総選挙を睨み「どっちでもよかった」のだ。衆院は薄氷の可決。運命の参院本会議は8月8日に設定された。

8月6日、否決の公算が高くなった。<野党転落>の引き金となりかねない<解散>阻止に向け、最後の<説得>に押しかけたのは<後見人>を自認する前首相・森喜朗だった。
握りつぶしたタイ製ビールの空き缶と<干からびたチーズ>フランス産ミモレットを両手に出てきた森は待ち受けた記者団に打ち明けた。
(森)「あなたの意見に賛成し、努力した人たちを苦しめて何の意味があるのか。みんなが路頭に迷うことになったらどう責任をとるのか」。(小泉)「信念だ。俺は非常だ。殺されてもいい。それくらいの気構えでやっている」―――。凄い!!!

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