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「運は天に任せるしかありません。覚悟しました」。ここまで言い切ると大津皇子の迷いは去った。「決戦するしかありません」――。 |
悲劇の大津皇子
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大津皇子が捕らえられたという知らせはたちまち伝わった。大津皇子を尊敬する人々は心を痛めた。高市皇子、年若いが詩才にたけ人望があった弓削(ゆげ)皇子も大津が処刑されずに帰れることを祈っていた。皇子のために助命嘆願をしたいという動きも出た。 |
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天武天皇の殯宮(もがりのみや)の行事からまだ幾日のたっていないのに、大津皇子には幾年もの年月の苦労を背負ったかのような心重い時だった。誰の拒否よりも<莫逆の友>と信じ、心許しあった川島皇子の拒否が今の大津には痛手だった。 |
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うつそみの 人にあるわれや 明日よりは 二上山を 弟世(いろせ)と我が見む(大伯皇女・巻2−165) |
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「運は天に任せるしかありません。覚悟しました」。ここまで言い切ると大津皇子の迷いは去った。「決戦するしかありません」――。 |








