火山の独り言

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毎日モーツアルト

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「異性に対して求める心。『<好きになった人>には<信じて>もらいたい>。<好き>になった<真実>を。だが<女>から見て<理想の男>は存在しない。<男>から見ても<理想>の女は存在しない。男と女の宿命。でも好きになったことには<真実>がある。それは認めなさい』というのがこのオペラ。『<Cosi fan tutte>(女は皆、こうしたもの)』。そのテーマにぴったりの音楽ができた。面白い。でも内容は深い」――。

本日のゲストはイケメン指揮者の井上道義。だがこの解説、まさに<言いえて妙>。<老いも若き>も井上道義にワアワアキャアキャアという女性の気持ちも分かる。
昨日の錦織健(声楽家)も言っていたが、火山もモーツアルトのオペラでは「コシ・フアン・トゥッテ」が一番好きだ。心から笑える。楽しめる。モーツアルトは<恋愛遊び>の天才だ。音楽が実によくできている。オケやアリア、楽譜どおりに演奏すれば絶妙の<恋の駆け引き>が演技できてしまう。寸分の隙もなく、音楽が構成されている。

<若い士官>二人がお互いの<婚約者>である美しい<姉妹>に相手を<代えて><言い寄る>――。<貞節>を試すという大胆なストーリィが、初演当時(1790年1月)も人々の興味を集めた。

若い士官は二人ともガッカリ。<貞節>と信じていた自分たちの婚約者たちが、いとも簡単に<誘惑>に負けてしまった。ああ!!まさに<女は皆、こんなもの>なのだろうか。
「貞節そうに見えても1日で陥落する」――。そっちに賭けていた老哲学者ドン・アルフォンソの予言は的中した。だが老哲学者はそこから<愛の教訓>を引き出し、物語はフィナーレへ向かう。

テレビ画面に美しいナポリの海が映った。丘の上に聳え立つ<ヴィラ・カンポリエート>――。1775年に建てられた貴族の邸宅。海を眺める豪壮な庭園。美しいギャラリー(回廊)。当時の貴族の暮らしぶりを今に伝えているという。

婚約者フェルランドは出征したと思い込まされた妹のトラベッラ。姉の婚約者グリエルモが変装しているとは気づかず、誘いに心を許してしまう。姉のフィオルディリージも、相手が妹の婚約者フェルランドの変装がしていると気づかず、心を許してしまう。姉は妹の恋人に、妹は姉の恋人に<心>を<奪われて>しまったのだ。

姉のアリア<お願い、許して恋人よ>――。<恋する心の過ちを、この木立の闇が、おお、神よ。どうぞ、心の過ちを隠してください>――。結局、姉妹はお互いの婚約者に、そうとは知らずに心を許した、

青年士官二人は、自分たちの婚約者の<不実>を知り、ショックを受ける。姉妹のそんな姿に<失望>する。――だが、さすが<人生の年輪>を経た<老哲学者>。「女性の姿を<あるがままに>受け入れなさい」と若い二人に説く。

老哲学者ドン・アルフォンソのアンダンテ「男は皆、女を責める」――。<女性の『変心』は1日1000回。変わらないのはムリ。だが女性の誠実は信じてあげなさい。老いも若きも、美人でもそうでなくても、皆、恋する者は繰り返す>――。<女は皆、こうしたもの>――。

フィナーレ<早くしてね。さあ、みなさん>――。姉妹は婚約者たちが<変装>して自分たちの<貞節>を<試した>と知って驚く。そして<士官>二人は恋人の<不実>を嘆く――。
「しかし最後は、哲学者が、恋人たちに本当の愛を勉強させるための芝居だったことをあかす」(山田治生他編著「オペラガイド126選」成美堂出版・93頁)――。
人生の苦労人、老哲学者の<粋な計らい>で<婚約者><2組>は<元の鞘>に納まる。

<他の人なら泣くかもしれない。しかし理性あるものは幸せだ。嵐のような世の中でも落ち着いていられる>――。紆余曲折を経た<恋愛喜劇>は、こうして<大団円>を迎える。ブラーヴォ!!!ブラーヴォ!!
(平成18年11月14日)

「モーツアルト生誕250年」の昨年。BSの「毎日モーツアルト」を観た火山が書きためた投稿は195編。同名の<書庫>に揃っています。
写真はアロイジア・ウェーバー。モーツアルトの初恋の相手だ。

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「モーツアルトは生まれながらの天才。でも若い頃から晩年まで年を重ねるごとに音楽性が深まり、最後は「レクイエム」<ラクリモサ>(涙の日)に結晶して死んで行った。凄いと思います。創作力が高まり、完成度も高い。若い頃にはなかったものが晩年には感じられる。私生活では借金とか苦労を重ね、才能をすり減らしても不思議ではないのに、むしろ音楽を書く栄養に変えた。好んでそうしたわけではない。でもその辛さが、後年聴く人の幸せに変わる。若い頃から苦労を重ね、死を意識していた。だから残したと思わせるものがこの曲にはあります」――。

本日のゲストは小説家の赤川次郎。話題は本日も「レクイエム」<セクエンツィア>(続唱)――。

1791年12月4日、モーツアルトはすでにベッドに身を起こすこともできなかった。全身の熱は下がらず、カラダの腫れも引かない。モーツアルトはコンスタンツェの妹ゾフィーに次のように言ったという。「舌の上に、もう死人の味がする」――。モーツアルトは瀕死の病の床にあっても作曲途中の「レクイエム」のことが頭から離れなかった。この12月4日午後、見舞いに来た親しい歌手たちと「レクイエム」の完成部分を歌った。そして最後の<ラクリモサ>(涙の日)まで来ると、モーツアルトは人目も憚らず泣き崩れたという。

「コンスタンツェの妹ゾフィーの回想(1825)によれば、12月3日にはいくぶん調子が良かったが、この日の晩から再び容態が悪化し、12月4日に見舞った際には、モーツアルト本人から、自分の最後を看取り、残されたコンスタンツェを助けてくれるよう頼まれたという。またゾフィーは同じ日に、モーツアルトが弟子ジュスマイヤーに向かって、自分の死後<レクイエム>をどのように仕上げたらよいかを説明していた、とも述べている。夜になって呼ばれたクロセット医師(主治医)は、モーツアルトの高熱を発している頭を冷やすよう指示したが、この冷罨法が大きなショックを与え、二度と意識は戻らなかったという」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・199頁)。

「1791年12月5日、午前零時55分、愛する者に見守られながら、一人の天才音楽家が息を引き取った。ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト。35年と10ヶ月の人生だった」とBSのナレーション。
「臨終の床でも<レクイエム>を口ずさんでいたように思います。私にはそれが<レクイエム>のティンパニーの音のように聴こえました」。モーツアルトの死を看取ったゾフィーはそう回想したとBS――。

「葬儀はおそらく12月6日に執り行われた。モーツアルトの亡骸を納めた棺は、最後の住居となった旧市街ラウエンシュタイン通りのクラインカイザーハウスから、聖シュテファン大聖堂に運ばれ、ここで最後の祝福を受けた。参列者は親族のほか、ヴァン・スヴィーテン男爵、サリエリ、宮廷オルガニストのアルブレヒツベルガー、弟子のジュスマイヤーとフラインシュテットラー、シカネーダー一座のジャックとゲルルなどであった」(西川・199頁)。

スヴィーテン男爵は宮廷図書館長、モーツアルトの最大の理解者。生涯を通じ、モーツアルトを応援した。サリエリはよくモーツアルトの最大のライバルといわれるが、身分の高い宮廷楽師長。モーツアルトの2倍以上の年俸を得ていた。大先輩だ。シカネーダー一座はウィーン城外のヴィーテン劇場で「魔笛」を好評上演中の仲間――。だが火山がNHKラジオでドイツ語を学んだ田辺秀樹(一橋大大学院教授)は<怒りに震え>次のように書いている。

「モーツアルトの葬送――。それは後世の人間から見れば余りにも無残で慰めのないものだった。葬儀は第三等。聖マルクス墓地までだれひとりとして見送る者もなく、遺骸は共同の墓地に埋葬された。墓標はおろか十字架の一本も立てられなかった。亡骸が眠る正確な場所はだれも知らない。なんという痛恨の処遇だろうか」(田辺秀樹「モーツアルト」新潮文庫・172頁)。

田辺秀樹教授の痛憤は続く。「現に4年前に死んだグルックは、盛大な葬儀の末に立派な個墓に埋葬されているのだ。たしかに遺族の経済的負担を軽くする必要はあったろう。しかしそれなら、ヴァン・スヴィーテン男爵は自腹を切ってでも、もう少し故人にふさわしい処置を指示すべきではなかったのか……」(同)。

「要するに周囲の人々はモーツアルトのことをその程度にしかみていなかったということである。コンスタンツェも、ジュスマイヤーも、ヴァン・スヴィーテンも、リヒノフスキー侯爵も……。そしておそらくただひとりモーツアルトの真の偉大さを知っていたハイドンは遠いロンドンでこの若き友人の死を知らされたのだ」(田辺・174頁)。

テレビにモーツアルトの立派な<墓碑>が映った。現在、聖マルクス墓地にある。生花が華やかに手向けられている。妻のコンスタンツェはモーツアルトが愛用していたノートに次のように書き残したという。「愛しい夫よ。忘れることのできないモーツアルト。8年もの間、優しい絆で愛情を尽くしてくれましたね。やがて来る永遠の世界でも再びあなたと結ばれる日が参りますように―――」。
(平成18年12月22日)

「ハープでもムリなく奏ける曲。音楽に深いものがある。途中で出てくる短調には心を打たれます。シンプルだが美しいメロディー。最後に再び長調になる。6分位の短い曲だが、いろいろ場面が変わって新しい風景がぱっと出てくる。様々な感情が表現されている」―――。本日のゲストはハープ奏者の吉野直子。

本日の一曲は「幻想曲」ニ短調(K397)―――。即興演奏のように自由に構成され、憂いを秘めた美しい旋律。現存する楽譜は97小節までがモーツアルト。「以降の10小節は偽作」と西川尚生「モーツアルト」(音楽之友社)はいう。

1783年夏。モーツアルトは貴族の子女のピアノ教師を務め落ち着いた暮らしを立てていた。
長男もスクスクと育っていた。モーツアルトは愛する妻や息子を父レオポルトと姉ナンネルに引き合わせたいと考えるようになった。初めての里帰りだ。

だがモーツアルトには大きな不安があった。3年前、激しい衝突をした大司教コロレド。昔の君主から厳しい咎めを受けるのではないか。それを恐れていた。ウィーンの友人たちも皆、モーツアルトに忠告をしたという。

「愛するお父さん、そしてお姉さん。最愛のお二人がいらっしゃるのでザルツブルグへの帰郷を考えています。もしお二人がいなければ、わざわざ旅をしようとは思いません。多くの人たちがボクを不安に陥れています。あの大司教が何をしでかすか…」(1783年7月5日の父への手紙)―――。

父親からは帰郷を促す返事が来た。モーツアルトはそれでも不安だった。「妻は美人ではないので、お父さんに気に入ってもらえないのではないかと心配しています。どうか外面ではなく美しい内面を見てやってください」―――。

コンスタンツェもモーツアルトの姉ナンネルに手紙を書いた。「尊敬するお姉さま。―――あなたの<忠実な義妹>コンスタンツェ・モーツアルト」(1783年7月19日)。
モーツアルトの最愛の妻コンスタンツェ。彼女が初めてモーツアルトの姓を名乗った手紙という。―――久々の帰郷。父と姉との再会が迫ってきた。

「モーツアルト生誕250年」の昨年、3月から10ヶ月書き溜めた「毎日モーツアルト」(BS)。今となっては貴重な記録。同名の書庫に195編が眠っています。
(平成18年6月9日)

「モーツアルト教というものが存在するのであれば、私は強い信者です」と作詞家なかにし礼。「若い頃からずいぶん聴いてきたが、モーツアルトには『こういう人間が世の中には存在するのか』と驚き、勇気づけられてきた」と語る。

4月17日(月)のBS「毎日モーツアルト」。「あの哀しい第二楽章。ヴァイオリンとヴィオラがオーケストラを背景に<二重奏>を繰り広げる。いかにもモーツアルトらしい。そして第三楽章は<転調>して、新たに移っていく」―――。

なかにし礼が絶賛しているのは、モーツアルト23歳が1779年夏、ザルツブルグの宮廷楽団のために作曲した「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」変ホ長調(K364)だ。
<協奏交響曲>は当時、パリやマンハイムで流行していた新しいスタイル。複数の楽器がオーケストラを背景に<対話>を繰り返す。

モーツアルトはこの前年、パリで協奏交響曲を作曲していたが、この曲はついに演奏されなかった。それだけにモーツアルトは協奏交響曲の作曲を長い間、熱望していたという。
マンハイム、パリ、ミュンヘン旅行で母を失い、失恋を経験したモーツアルト。その体験が哀しく美しい旋律に結晶した。第二楽章が特に素晴らしい。

仕事を得られず、心ならずも生まれ故郷に戻ったモーツアルト。ザルツブルグ宮廷楽団のオルガン奏者として宮仕えを続ける。だがミラベル宮殿の主コロレド大司教はイタリア音楽家を尊重、モーツアルトには冷たかった。宮廷楽団でもイタリア系音楽家が重きをなしていた。

その中でモーツアルトが<乾坤一擲>作曲したのが、このヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲。その深い感情表現で異彩を放っている。パリ、マンハイム旅行の辛い体験が、この曲の哀しい旋律に生きた。
「毎日モーツアルト」―――第56回「哀しい旋律」。ザルツブルグの古風な商店街がテレビに映った。かつて火山もこの道を歩いた。ヘルベルト・フォン・カラヤンがよく通ったという高級レストランから「サウンド・オブ・ミュージック」に登場する僧院へ通じる道だ。

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「モーツアルトと声楽曲」第3回の本日はカノン。「プラター公園へ行こう」(K558)、「わたしゃマルスとイオニア人になるのはむずかしい」(K559)、「おお、お前はバカのマルティンよ」(K560)の3曲。

「なんといってもこれだけの素晴らしい曲。モーツアルトのカノンには<遊び心>が散りばめられている。メロディだけでも綺麗なのに歌詞がまた実に見事。『ウンコまみれのパン。香しい匂いをオナラで吹き飛ばせ』―――。カノンというのは『カエルの歌』のように輪唱でメロディを重ねていく。素晴らしいメロディに下世話な歌詞を入れている。『世の中は善ばかりではない。悪だけでもない。善と悪が織り成す世界だ』というメッセージが込められているようです」―――。本日のゲストは慶大でのインテリ落語家、桂小米朝。

<オペラとカンツォーネの国>イタリアへの旅行で、<人の声>に魅せられたモーツアルト。教会音楽、オペラ、劇音楽以外にも素晴らしい声楽曲を残している。オーケストラ付のアリア、木管伴奏付の三重唱曲、デュエット・ノットゥルノなど…。

「もう一つの声楽ジャンルはカノンである。ウィーン時代に作曲された多くのカノンの中で特に興味深いのは、モーツアルトが友人や家族と楽しむために書かれた作品であろう。そこには言葉遊びを駆使した歌詞やウィーン訛りを使った歌詞が頻繁に見られ、<おれの尻をなめろ>(K231)のような卑俗な歌詞をもった作品もある。また周囲の人々をからかった歌詞も多く…」(西川尚生「モーツアルト」音楽之友社・221頁)―――。

「モーツアルトは<卑猥>の言葉を好んだ」という俗説が流布している。モーツアルトは
<下品>だというのだ。だが最近の研究では<言葉遊び>は当時の流行で、ウィーンの人々、特に貴族の間では<卑猥>のものが好まれたというのが定説になって来ている。

モーツアルトが美人で可愛い従姉妹<ベーズレ>と交わした手紙は特に有名だ。1779年5月10日、23歳のモーツアルトが21歳のベーズレに宛てた手紙が現存している。そこにはモーツアルトが描いたベーズレの似顔絵も添えられている。
「文面はひたすらお道化た上機嫌なおしゃべり、語呂合わせで悪ノリすると『ぼくのお尻のアナをお知りのアナた、どうかそこに息を吹き込んで下さい』といったあんばい」(田辺秀樹「モーツアルト」・69頁)。淑女のベーズレも似たような言葉遊びを楽しんでいたのだ。

モーツアルトは30曲以上のカノンを残しているが、旅先でもジョークを盛り込んでカノンを書いていたという。「世界を渡り歩いていても淋しいフトコロ具合はオナラのモト。ああ、香しや、蜂蜜の匂い…」というかノンもあるとBS。

「プラター公園へ行こう」(K558)は友人たちへの親愛の情を表したカノン。プラター公園はウィーン郊外にある。当時も今も市民の憩いの場、モーツアルトも愛妻のコンスタンツェや友人たちとよく散歩に出かけた。カノンを歌って思い切り<解放感>を楽しんだ。
ウィーンの流行言葉もふんだんに入れた歌詞というが、<カスパールのところへ行こう。蚊はブンブン、ウンチもウントコさ…>といったあんばい―――。

「わたしゃマルスとイオニア人になるのはむずかしい」(K559)は芸術性の高い宗教音楽。
1788年、22歳のモーツアルトがラテン語で歌詞を書いたもの。ユーモラスな表現をいれ、笑い飛ばしているという。

「おお、お前はバカのマルティンよ」(K560)――――。<どうしようもないヤセ馬よ。
ホントのロクデナシ。もっと目を覚ませ。急いでぼくのお尻にキスしておくれ。でないとお前のお尻を封印するぞ>―――。
マルティンとはモーツアルトの友人。モーツアルトの演奏会をウィーンで主催してくれていた。これも1788年、モーツアルト22歳の作品。友人をからかい、親愛の情を表現しているのだ。
(平成18年8月23日)

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