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田原総一朗の「サンデープロジェクト」に東条英機元首相の孫娘・東条由布子さんが出演したことがあった。「太平洋戦争は自衛のための正義の戦い。東京裁判は戦勝国が一方的に敗者を裁いた。国際法上も根拠がなく、米国の政府要人の中にもあの裁判は誤りだったという見解がある。敗戦責任はあるかもしれないが、歴史の流れを一人の力で変えることはできない。祖父は尊敬できる立派な人だった」と言った。 |
山本五十六
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その人の話は、幼い頃から繰り返し聞かされてきた」と始まる。この<その人>が山本五十六。聞かせたのは著者の母。「何しろ海軍さんですもの。そりゃあスマートだったわよ。とにかくねぇ、あの人がいる限り、きっと日本をなんとかしてもらえるって、そんなふうに思っていたの。東条じゃダメよ。陸軍がダメだって、なんとなく日本人は知っていたわよ…」――。 |
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真珠湾攻撃の日、旗艦長門の作戦室は凄まじい緊張感。五十六は大机の折り椅子に深々と腰かけ、半眼を閉じ、彫像のように動かない。 |
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昭和15年1月16日、米内光政が総理大臣に任命された。昭和天皇の強い意向があったという。天皇は三国同盟に反対。阿部信行内閣が総辞職した時、後任には陸軍の畑俊六大将が有望視されていた。だが天皇は陸軍の独走を危惧した。五十六は米内の総理就任を複雑な気持ちで受け止めたと工藤美代子は「海燃ゆ」に書く。軍令部総長の伏見宮が辞任した場合、後任は米内と願っていた。米内が軍令部総長なら軽々に対米戦を始める心配はない。総理就任のため米内は現役を退いた。海軍の中には惜しむ声が多く、五十六も同じだった。だが米内が総理である限り三国同盟はない。期待があった。事実、在任中は凍結された。 |
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2・26事件の直前、ロンドン条約は決裂。無条約時代に突入した。日本は巨大戦艦「大和」「武蔵」の建造に邁進する。五十六は必死に反対したが、大艦巨砲主義の<艦隊派>に押し切られた。それでも五十六の提唱で新型高速空母「翔鶴」「瑞鶴」の建造は決まった。 |





