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世をいとふ 名をだにもさは とどめおきて 数ならぬ身の 思ひ出にせむ(西行) |
花に狂ふ西行
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「西行ほど桜の歌を数多く、しかも生涯、歌い続けた歌人はいない。吉野の桜だけでも、六十余首を数えるが、古典和歌をざっと調べてみても、実際に吉野の山に踏み入り、そこに咲く桜を目のあたりにして詠んだ歌人は、西行以外にはほとんど無かったといってよいのではないか」(河野裕子<西行と桜花>・小松和彦ほか「西行と兼好」ウエッジ・53頁)。 |
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「西行ほど桜の歌を数多く、しかも生涯、歌い続けた歌人はいない。吉野の桜だけでも、六十余首を数えるが、古典和歌をざっと調べてみても、実際に吉野の山に踏み入り、そこに咲く桜を目のあたりにして詠んだ歌人は、西行以外にはほとんど無かったといってよいのではないか」(河野裕子<西行と桜花>・小松和彦ほか「西行と兼好」ウエッジ・53頁)。 |
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世をいとふ 名をだにもさは とどめおきて 数ならぬ身の 思ひ出にせむ(西行) |
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「中世における出家遁世者が数多(あまた)いる中で西行ほど際立って光を浴びてきた人はない。なぜそのように世に遇されてきたのか」―――。「西行と兼好」(ウエッジ)の中で<西行とは何者か>を分担した松永伍一(評論家・詩人)は問う。 |








