火山の独り言

時ならめ 風に挑みて 鯉のぼり

「『ダス・ゲマイネ』との再会」

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「ダスゲマイネ」のヴァイオリニストは火山の見るところ、かなりデフォルメされた虚構。ただ「親父は地主か何かで、かなりの金持ちであるらしく…様々に服装をかへたり…地主の倅の贅沢の一種…二人で飲み歩いてゐると勘定はすべて彼が払ふ…私との交際は、はじめっから旦那と家来の関係…その頃の私は金魚の糞…無意志の生活」というのは事実だろう。ダスゲマイネの世界は荒んだ青春。主人公の佐野次郎(太宰の分身)は事故で若死に。太宰も実名で登場するが、ヴァイオリニストも大学8年という放蕩ぶり。実像ではない。

太宰の生家は凄い金持ち。でも太宰の自堕落はもっと凄く、最初の「晩年」で「私はこの短編集一冊のために十箇年を棒に振った…数万円(今なら数億円)を浪費した…長兄(文治・後の県知事)の苦労に頭が下がる」とある。一年間で数千万円、十年間で数億円の浪費では勘当されて当然だろう。太宰の面倒を陰に陽にみた義弟の父。家内の話では正妻・美知子の著書に、その消息と感謝の言葉があるという。

太宰記念館の近くに銀行がある。運命の不思議、銀行マンの義弟は、ここの支店長で定年を迎えた。その妹夫婦と今回、青森で一夜、飲み語りあった。

ある時期を境に、火山は太宰を全く読まなくなった。嫌いになってしまったのだ。ただ太宰の生家・津軽から戻り、改めて「思い出」(全集第1巻)の<赤い糸>を思い出した。
<おわり>

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家内は「太宰治全集」(全12巻)を鬼気迫る勢いで読んだ。妹夫婦の上京前に、太宰の親友だった義弟の父親を探そうとしたのだ。義弟の父は地元の名門、青森中学(現青森高校)、弘前高等学校(現弘前大)と太宰と同じコースを辿る。太宰と親友の4人は、文学、絵画、音楽、金融とそれぞれ別の道を志したが、義弟の父は上野(芸大)でヴァイオリンを学ぶ。

「全集」第11巻(書簡集)の232頁に「日本浪漫派」の同人・中谷達雄に宛てた太宰の書簡を発見した。昭和15年10月11日、三鷹町下連雀113番地から出した葉書。太宰は義弟の両親の結婚式に出る予定だった。
「A(仮名)君の結婚式には私も亀井君も欣然参加のつもりで居りましたが、14日、甲府方面へ団体旅行…欠席せざるを得ない具合になり…中谷氏に出ていただき、Aにもよろしくと」。(Aとは仮名。全集はもちろん実名)。

亀井とは亀井勝一郎。太宰は昭和9年、檀一雄、中原中也らと「青い花」を創刊、翌10年3月、佐藤春夫、亀井勝一郎、萩原朔太郎、中谷孝雄、外村繁らの「日本浪漫派」と合流。心許した仲間に親友の結婚式へ代理出席を頼んだのだ。

太宰は昭和5年3月、弘前高等学校卒業、4月東京帝国大仏文科に入学。22歳。すぐ井伏鱒二に師事した。昭和14年1月、井伏鱒二夫妻の媒酌で石原美知子と結婚している。
義弟の両親の結婚式は昭和15年10月14日。この日、太宰は「佐藤春夫、井伏鱒二らと甲州に遊ぶ」と全集第12巻の「年譜」。師匠で媒酌人・井伏鱒二の誘い、太宰が断れるわけがない。

義弟の父親(ヴァイオリニスト)は太宰27歳の作品「ダスゲマイネ」に登場していた。全集第2巻。井伏鱒二が全集の月報に「ダスゲマイネの頃」を寄稿していた。
「なぜドイツ語の題をつけたんだろう、妙にハイカラな題をつけたものだと思った。本にする時に変えるんだろうと訊いたら、いや絶対に変えないと意外にも逞しい口吻で言った。先年、津軽へ行き、津軽の言葉にも通じていることを知った。ン・ダスケ・マイネ」――。

この程度の津軽弁なら火山も分る。「だから駄目」という意味。井伏鱒二は太宰の死後、「なぜあの時、太宰が説き明かさなかったのか」と不思議に思った。太宰が残した随想がある。人間は「人の性よりしてダス・ゲマイネ(卑属性)を駆逐し、ウールシュタンド(本然の状態)に帰」る必要がある。「そこにこそ、まことの自由がある」。だが「人の心の奥底に必ず巣食っている…ダス・ゲマイネという泥沼からなかなか抜け出せない」と嘆じている。
<つづく>

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高校3年の昭和30年10月。筑摩書房から「太宰治全集」が刊行された。全12巻を予約、毎月1冊、箱入り豪華装丁の新刊を読み始めた。我が青春の記念碑。大事業だった。ある作家の全作品を読んだのは太宰治ただ一人。最初の配本の「思い出」に国語教師から太宰が聞いた赤い糸の話があった。私たちの右足の小指には目に見えない赤い糸が結ばれていて長く伸び、もう一端がある女の子の同じ足指に結びつけられている。私たちはその女の子を嫁にもらうことに決まっているという。

今回、五所川原の家内の姉が太宰の生家に案内してくれた。車で20分、金木町が買い取り、今は太宰治記念館「斜陽館」。貴族院議員の父親が明治40年(1907年)に建てた。1階11室、2階8室、泉水を配した庭、敷地680坪の豪邸。小作300人以上を持つ大地主、金融業も営む大金持ちだったのだ。

家内は太宰と同じ津軽の人。案内の姉も太宰に深い愛着と誇りを持っている。太宰の長兄・津島文治は長く青森県知事を務めた。姉は自分の家族のように語る。家内が数年前、太宰の作品を夢中になって読み始めた。妹の伴侶(義弟)の父親が太宰の親友だったからだ。義弟の祖父の屋敷は太宰の生家の対面にあった。今はその一部が記念館の駐車場になっている。大地主で呉服商でもあった。

その義弟が上京する。家内は義弟が両親と過ごした新大久保の旧居の辺りを案内したい。義弟は一人っ子。両親を乳児の頃亡くし、伯母に育てられた。父親の記憶は全くない。幼時の頃のことは何も知らされていないのだ。家内は、そんな義弟(妹の伴侶)のために、太宰の作品から父親の足跡を探そうと思った。半狂乱のように「全集」全12巻を読み始めた。本来、無茶な話だ――。
<つづく>――。この作品、はるか昔に書いたもの。「書庫」に眠っていました。

(2009年8月5日)

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