大陸にて

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桜満開の公園に行って

 櫻の木の下に死体でも埋まっているのか、せっかくこの好天気に江坂公園まで遠出したのに、鬱鬱として気分が晴れなかったのです。
 としょかんにほんをかえしにいき、CDを返して新たなCDを借りるつもりで行ってついでに桜はどうか見てくるつもりでした。
 桜満開。人々の花見で足の踏み場がないほどの盛況です。ここまでは思わず笑顔が出て、そう落ち込んでいませんでした。しかし図書館に入り、予約応対の係員が態度が悪かったことや、思い通りの本がないために、徐々にテンションが下がってきました。
 ワイパックス、抗不安剤を飲んで出かけるべきだったなとちらっと思いました。
 昨日は鬱がもっとひどくて午後3時くらいから布団にもぐりこみ、じっと耐えていました。
 その時ちょっと敬遠していたエンヤノベストを聴くと癒されるというのはこういうことかという気持ちで音楽が沁み入ってきました。きのうCDを借りたのに、今日もまたCDです。
 今日は、ボズ・スキャッグス・アンソロジー、ポインター・シスターズ・ベスト、キキ、を借りてきました。昨日はちなみにエンヤ・ベスト、ザ・バングルズ、ベスト・オブ・モトリ―クル―です。
 このザ・バングルズがちょっと良くて女性ボーカリストの情感あふれるやや激しいロックも混じっているアルバムを何度も聴いていました。
 帰りは相変わらずお買い物。悪疾となっているコカコーラゼロを買い、たこ焼きを買ってきました。熱いうちに頬ばるつもりです。
 しょせん孤独の日曜日。本読みに疲れて気分晴らしをしに行ったのに、失敗した話。
 確定死刑囚の大道寺将司のことを辺見庸氏が書いている。
 すでに病気に入っているのだ。
 アクリル板ごしに男と目があった。どのように、ほんとにどのように底意地悪く眺めても、男の眼にはすさみの色がないのだった。いまとなってはひどい欠陥と言えるほど、あまりにもすさみがない。疲れは濃くあった。けれども、皮肉や虚無やアパティアの影が、ぎょっとするほどない。うすい砒素(ひそ)みたいなすさびやあくどい影をうまくかくしたり他者に声音をあわせたりする演技がない。私には眼にも声にもいく層もの悪意と翳(かげ)りがあるというのに。 
 
 私にはすさみがある。悪意がある。翳りがある。それは辺見庸氏と変わりない。最後に辺見庸氏は次のように言う。
 
 この世のすさみに染まることもなく、死んだ宇宙飛行士のように地球の外をまわらされているのだった。忘れられた、ひたすら忘れられるためにのみある、ひとつの白い花として。
 
 白い花に強く憧れる。しかし大道寺将司のおかれた状況を考えると私はそう思うだけで不遜だ。それにしてもすさみのない目を持ちたいものだ。
 私はすさみきって日々を送っている。何とかごまかしているだけだ。本質はそうだ。白い花よ。
 桜はそれに比べてみだらだった。すさみ切っていた。その下の人々も。そして私も。
                                                 (完)
 参考文献・辺見庸「だれも知らない花」(『水の透視画法』所収)
              
 
 
 

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散歩の途中に、書店で、大道寺将司の句集を見かけました。

図書館にはないよな(汗。

読まれましたか。俳句はわかりませんが、跋文と解説??を読んでみたい、と。

2012/4/16(月) 午後 7:10 after stroll 返信する

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前回の句集は買ったのですけど…。
跋文と解説は辺見庸氏ですが、『死と滅亡のパンセ』を発売予定でこれは買うつもりです。
図書館に句集ないかなあ。

2012/4/17(火) 午前 8:03 [ tairiku ] 返信する

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