大陸にて

朝の来ない夜はない。訪問ありがとうございます。

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 簡便に話を済まそうと思っています。疲れているし昨日の今日だからまだショックは抜け切れていないので。
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 朝の辺に煙草吹かしつ満つ気配ひそやかにして夜は明けにけり
 という何の変哲もない平凡な歌を歌った後、突然、もうごめんだ、もう限界だ、もう沢山だという脱力感に襲われたのです。抜けた、おれはもうつくらない、何をどう強弁しようともうたくさんだ、短歌はやめだ、短歌にはもう俺はついていく気力がない、だめだ。
 それが8時、短歌をやめて朝飯を取って、突然、死のう、死にたい、死のうと思うと思ったのです。死への願望がこれほど強いとは思えないほどの突然の強い、鋭い欲望でした。
 弟にメールを送りました。電話がかかって来て「冷静になって」と「生きて欲しい」といいました。
 病院に電話しました。すぐ病院に来なさいと言われました。親身になって心配してくれているのがわかります。私の電話の声の調子がそれほど切迫していたからにほかありません。先生も出て来て来なさいと言われました。私は話をいくつか交わし、とにかく今から布団を敷いて横になる、それからじっと堪えてみると言いました。いまは行く元気もないとも言いました。正直なところでした。
 それから布団を敷いて横になりました。青酸カリのないのが忌々しかったです。部屋に首をつる頑丈な梁がないかきょろきょろと天井を見上げました。何もありません。それから12時まで何を考えどう考えを散らしたものか、いつの間にか2時間ほど眠っていました。2時に起きて煙草がないのに気付き外に出てついでに吉野家で豚丼を食べました。アイスクリームを買い食べて峠を越えたことを知りました。
 ******
 6時に起きて9時まで3時間、苦しむ短歌制作、これを4年間続けてきました。もう限界がきていたのかも知りません。つくる短歌、つくる短歌、愚劣で、下手で、水準以下です。短歌も私を見放したのかもしれません
 抽出された言葉がもしも蘇生ガラスのようなまがいであったなら、句作者がどこのだれであれ、私は何の関心も持てなかったに違いない。そして、おそらく句作以外の思想と行動をも、せいぜいそのような安い言葉に見合った内実に過ぎまいとして不当に軽視したであろう。言葉と行動は決して融合一体のものではないのに、行為者の言葉の質から行為全体の深さや浅さを判じようとする悪い性癖が私にはあるからだ。だが、私には今悪癖を急いで直す気もない。放たれた言葉は、しばしばそれを放ったものの出自や生い立ち、人となりのいかんよりも、人の真実に近いのである。これに対抗しうる磁場は、多分、放たれた言葉とは別の言葉の深みか、絶対の沈黙にしか生じえない。
 言われる通りです。悪しき例の私がいます。
 おそらく教育テレビで放映された大道寺将司の句に言い難き美を見つけて以来、自信を失ったのです。
死のうという気持ちと短歌への絶望が関係あるかどうかわかりません。
 ただ決めたことがあります。
 これから1カ月短歌をつくるのをやめます。
 すっかり頭の中から追い払います。短歌など何だったったけと思うほど短歌を忘れ、朝を過ごします。無理をし過ぎたと思いませんが負担でした。走り続けたことにブレーキをかけて反作用で、死のうという気持ちが出て来たのかもしれません。
 短歌にリハビリをしてやるつもりです。と同時に私にリハビリを施さなければなりません。私自身今もなお、喉に刺さったとげのように、死にたいという気持ちがあり、すっかり消えたわけではありません。
 脳も筋肉です。走らせているとオーバーランをして突然の厭世に襲われることが深い疲れのなかであったのかもしれません。短歌はオーバーランでした。しょっちゅう休んでいましたが、1週間たつとまた取り組んでいました。それを今度は1カ月すっかりやめようというのです。朝も少しはゆっくりできるでしょう。
 これはお願いでも何でもないです。もう自分のなかで決めたことです。6月一杯やめます。
 7月からまた始めます。
 *****
 死の問題は死の問題として解決してゆきます。多分短歌のやり過ぎのせいでしょう。そう考えるのは浅い、皮相的な解決とはわかっています。ひとつの一因だということです。
 この深い解放感。1カ月短歌から離れられるという安堵。これは死への私へのリハビリとしてはひとつの策です。
 もっと他に問題があるからこそ死のうという気持ちが出て来たのですが、ひとつの刺を抜いておくことは大事です。
 吐く息は重く、ため息が深いです。
 私自身に失望を感じていること、しかし死の前ではそんなささいなことは問題ではありません。
 まず、死なないこと。
 これを考えること。
 胸が圧迫されそうです。歯を思わず食いしばります。
 生き抜くことではなく、死なないでいること。
 受け身の態勢でも何でもいいから、その日を食べ、出し、眠る(訪問看護者の弁)ことに終始すること。
 死なない。
                                (完)              

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わざわざご足労いただき申し訳ありません。ご心配おかけしてすまないと思っています。
健康と生きざまと金につまったというのが当たらざるに遠からずというのが原因の一つでしょうか。自分でもよくわからないうちにあれよあれよという魔に強い厭世感にとらわれている自分に気付きました。書いてある通りです。何とかやって行くことにします。いま生きています。年金生活者らしくつましくいきていくことに目標を見い出しやって行きます。
今回はご心配くださり励ましてもらいありがとうございました。そちらの方も健康に留意しご自愛ください。

2012/5/20(日) 午前 9:27 [ tairiku ]


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