大陸にて

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 『西川徹郎青春歌集』を次の短歌誌のコラムにするつもりで読み上げたばかりだ(昨日だが)。
 この人は俳句にむしろ有名で文学館を持っていて、『無灯艦隊』が処女作で有名である。15万句の俳句を作り、『反結社、反季語、口語俳句』をモットーに制作をいまだに続けているとにかく現役で鼻息の荒い、あくの強い人である。それが短歌ではメロメロである。15歳から20歳までのひとりの初恋の人の交渉を描いた短歌ではあるが、前半では何とめそめそとしているものかとつい資料ノートに書き込んでしまった。困っているのは資料がないことで俳句では2冊見つけて取り寄せてもらい読むことにしているが、俳句を論ずるわけではないので、短歌集の資料書がないことに困っている。併載の解説書で間に合わす以外ないが、俳句の資料集を読むと詳しい生涯がわかるのでそれで補うつもりである。
 荒川洋治の『黙独の山』を拾い読みする。大概が2,3ページのエッセイになっていて読みやすい。この人は詩集出版社をやっていて(零細だが)自分で取次店に汽車を乗り継いで出来上がった本を持っていくような人である。詩人として有名で読んだことがあるが、よくわからなかった。辛口のところもあり、茨木のり子という大変老若男女に人気がある詩人の欠点をやんわりとしかし鋭く突いて同感の感動を覚えた。「依りかからず」という詩集についての指摘だと思う。依りかからず、の依が確か違うはずだが、今思いあたらない。
 どんな作品を書く人か、紹介した方がはやいだろう。
 「二人」というタイトルで世界文学で有名な、オブローモフについて書いた3ページほどの小文だ。
 青年オブローモフは怠け者の代名詞となっているほどの世界文学で紹介されている主人公で日がな一日ベッドで暮らしている。大地主の家の生まれだが、今は都会の片隅で暮らし、遠い田舎からの収入をあてにして、全く働かない。
 窓を閉め切り、寝てばかり。どんどん太る。家のなかでも動けないほど。それでも夜中に起きて台所でむしゃむしゃ食べる。見つけた老僕ザハ―ルに「それはいけません」ととがめられるが、オブローモフの怠惰な生活は一向に改善されない。
 知的な友人シュトリッツは努力するがうまくいかない。でもいいところを知っているので彼を支え続ける。
 オブローモフの、子供の時からの友達アレクセーエフが荒川氏には印象的だ。
 従順な聞き手であり、何にでも服従し、何にでも賛成。子供と子供の間に挟まるものはないほど二人はぴったりと寄り添い合っている。これから先もずっと何もない、といった感じで二人は結ばれているのである。えがたい。
 次の文章にオッと耳を傾けた。
 自分の意志を持って生きる、近代人の世界はここにはない。それとまったく反対の人生を生きる人の姿だ。アレクセーエフもまた、そのひとりである。でも彼らがときおり浮かべる穏やかで、素直な表情は、ぼくをつよくゆさぶる。そして、こんなことを思う。
 自分というものを持って生きようとすることは、ある意味でむなしいこと。もしかしたら徒労ではないか。自分というものを持って生きることよりも、それをもたないで、生きることの方に、しあわせがあるのではないかと。
 そうかもしれないと思う。
 対極にシベリアで自分を見失い、釈放後生涯自分というものを持つことにこだわった石原吉郎の姿。半ば自殺に近い死を選んだ彼を考えると、自分というものをもたないほうが確かにしあわせだ。
 私自身を考えても、自分というものをもたないで生きれたら、しあわせだと思う。
 自分はついてくる。どうしても。どんな場面にも。
 それを忘れるにはどうしたらいいか。
 音楽の忘我の域に入ること。本を耽読して自分自身をすっかり忘れること。
 考えて見れば、現代人は、みな同じ感想を抱いているのではなかろうか。
 自己責任論が流行ったり、心理学カウンセラーがもてはやされたり、世の中は自分を見つめようとする風潮が蔓延している。
 1日に何度でもと言わない。それにずっと続いてくれとは望まない。
 それでも、自分をもたないで生きることの生活に強い憧れを感ずる。
 荒川洋治はいつも短い文のなかで温かく、ほっとするアドバイスをしてくれる。
 だから新刊が出るたびについ読んでしまう作家のひとりなのである。 
                                        (完)
  

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