大陸にて

朝の来ない夜はない。訪問ありがとうございます。

読書日記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全42ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 今朝は6時に起きた。昼飯を食べ、リスパドールを飲むと疲れと気持ちの悪さで思わず机の上に突っ伏して1時間くらい眠っていた。シャーデーの歌を子守歌代わりにして。起きたばかりだから頭が働かないがとにかく書いてみる。
 昨日は先生の診察日だった。朝緊張が高くて胸が圧迫されるようになり不安で一種パニック状態に陥った。病院に電話し看護師の話を聞くが埒が明かない。リスパドールを飲んだ。あら不思議。パニック状態が嘘のように消え、不安もどこかへ行ってしまった。その話をすると突然先生は、リスパドールコンスタをやめるか、その代わりリスパドールを4服から6服に渡すからそれを飲むようにしようと言った。コンスタをやめるというのである。2週間に一回毎回、毎回お尻に打ってもらっていたコンスタを。一も二もなく頷いていた。そして4週間ごとに来ていいか訊いた。すると先生はいいよと気軽に返事してしてくれるではないか。思わず飛び上がりたくなるくらいうれしくなった。それというのも足に胼胝が出来て長時間歩けず仕方なく病院へはタクシーで通っていたのである。往復3000円。2週間ごとだから月に2回、6000円になる。4千円足すと一万円になる。貯金ができなくなった理由は、それから生活が苦しくなった理由は大体そこにあると考えていたので、よろこぶのも無理はないのである。
 その後がいけなかった。何も言わなかったならいいのである。土曜日いのちの電話(自殺防止センター)ヘ10回ほどかけたと言ったのである。自殺衝動が出て狂ったように掛けていた。1回も掛からずにその後はなんとか過ごし夜も眠れた。
 そのことを言ったのである。それを聞くと4週間は今回は見送る、2週間にする、と先生はのたまうではないか。結局承諾し、2週間後に行き、その週から4週間ということになった。
 コンスタをやめる代わりにリスドールは6服必ず飲むようにということである。コンスタをやめるとさみしい気持ちになるのいささかである。身体が漲る感じ、あれが懐かしくなる。
 そんなわけで2週間後から4週間おきになる。万々歳である。自殺衝動に何度襲われようと今度の診察では万事調子よく過ごせましたというつもりである。
 *****
 このように時折り死の衝動にかられる私であるが、石牟礼道子が対話するというので『死を想う―われらも終には仏なり』という平凡社新書の石牟礼道子、伊藤比呂美の対話集を読んだ。
 なかなか飄々として面白かった。
 石牟礼道子と言えば『苦界浄土』である。読んで衝撃を受けながらく残った。文体がいい。隅から隅まで舐めるように読み、長く読まなかった名著を読む喜びを味わった。暗くて重い世界なのに、どこからか一隅の光が射して来るようにほのかに明るい。著者の石牟礼氏の人徳のなせるわざである。前書きに『苦界浄土・第二部・神々の村』を書きあげたとある。ぜひ読んでみたいものだ。
 石牟礼氏は最近パーキンソン症候群を患い、これがなかなか大変みたいである。リハビリに余念がない。
 もうすぐ80というから高齢ではあるが、まだ現役で書ける年齢である。大事にしたい人のひとりだ。
 聞き手の伊藤比呂美さんは詩人・作家で野間文芸新人賞や高見順賞を取った、私はもっぱら詩人の顔で知っていたひとだ。アメリカに夫と住んでいるが両親の介護に日本を行ったり来たりである。うってつけの人といえよう。
 飢えと空襲のなかで見た死、印象に残っている死と進み、石牟礼死は次のような述懐をする。
 石牟礼 (中略)死ぬというのはそのくらい寂しいと。
 伊藤  はあ、寂しいということですね。
 石牟礼 「連れに来る」というのは動詞でもあるけれど、「連れ」というのは名詞ですね。連れがい る。
 伊藤  死って、とっても寂しいものだというふうに、昔の人は思ったと思います?
 石牟礼 思ったでしょうね。
 伊藤  それが、死の一番の性格でしょうか、昔の人にとって、石牟礼さんのお話をうかがっていると、昔のことのような気もするんですよ。(中略)
 死は私にとってもっと荒々しいものである。否応なしに自分をまきこみ、かっさらっていくものである。血なまぐさい。たえず格闘すべきものであり、誘いにあらがわざるを得ないものである。
 その過程そのものがひょっとしたら寂しいものであるかもしれない。死は寂しい。こう口ずさんでみるとすべてが空しい、私の闘いであるような気もしてくるから不思議である。
 伊藤  あの人(宮沢賢治)は日蓮宗だけれども、究極的には同じ宗教ですね、石牟礼さんと(笑)
 石牟礼 ねえ。そらのみじん、宇宙の微塵、私は宇宙というよりも「浜辺の微塵」・・…。
 伊藤  じゃ、宇宙の微塵にとって、死とは何ですか、「死ぬ」ということは? 
 石牟礼 まあ微塵になって、あれは「蘇(よみがえ)る」という言葉はありますか、あの詩には? 
「ちらばれ」だから。
 伊藤  あの詩は確か散らばりっぱなし……。
 石牟礼 散らばるというよりか、私はどっかの葦(あし)の葉っぱかなんかに、ちょっと腰かけていたいような気がする(笑)。
 伊藤  それが死? 散らばって腰かけている状態ですか。
 石牟礼 そうですね。風にそよいで、草の葉っぱかなんかにね。
 石牟礼道子は詩人だ。何となく微笑ましい死のイメージだ。田舎に住んで浜辺で仙人生活をしている姿が彷彿とする。ここまで死のイメージを膨らませ、死を手ごろの物に、手中にしている姿は、よく歳を取った円熟した老婆の姿を想い起させる。
 ここまで、この境地まで来たら、私には死をどうこう言う気持ちはなくならざるを得ない。もう詩人の天の高みに登る境地なのだから。私が死を強いて言えば、死ねば死に切りとしか言わざるを得ない。私が詩人でないことを思い知らされるときだ。
 あとはひとつ引用する。
 伊藤  じゃあ「浄土」ってあると思います? 死んだ人はそこに行くと思います?
 石牟礼 それはね、私も思いますけど、あるんじゃないかという気がする。
 伊藤  そうですね。石牟礼さんは意識がなくなってしまったら、もうそれでお終い、とは思いませんよね、きっと。
 石牟礼 そう思わないこともないけれど、みなの願いがあるから、あれほど皆、先祖代々、「お浄土へ行かせてください」ってね、後生(ごしょう)を願うとかね。
 石牟礼氏も伊藤氏も人格が立派だから「死を想う」という対談でこれだけ飄々と気軽に含蓄のある対話ができたのだと思う。
 気軽に読み、読後感もさわやかな読書だった。 
                                      (完)
 とても学者にはなれなかっただろう。憧れていたに関わらずである。蔵書が簡単にどこかへ行ってしまう。あれほど敬愛している辺見庸氏も古本屋に打ったのか、それとも2段の本棚の片隅にかくれているのか、かろうじて残ったのは7,8冊に過ぎない。
 シモ―ヌ・ヴェイユは私にとって特別な響きを持った名前である。その特異な生涯。大学を出たに関わらず、工場に勤め労働者とつぶさに苦労を共にして、その恐ろしく詳細な記録を『工場生活の経験』にまとめている。『工場日記』というタイトルだったかと思っていたが違った。『重力と恩寵』は読んだが今残っているものはない。30数年前の青春の書である。例にもれず若気の至りで難解な名著を読むことに時間を費やした。あの時もっと深く、もっと広くあたう限りの力量で名著を読むことに時間を費やしたらよかった。カントにも手を出した。カントは難解だったが、デカルトはわかりやすかった。
 『重力と恩寵』の話だ。はっきりいってその2著作だけである。『根を持つこと』とか他にあるが、読んだのは二つだけである。解説書はかなり読んだ。分かったつもりになったのかもう遠い昔の話であるから覚えていない。
 神との神秘体験をしたり天啓を受けたりしたがそちらの方は理解の埒がいのまま、彼女が絶えず労働者の味方であったことに深い共感を覚えた。激しい頭痛持ちだったに関わらずまた小食のため体が思うように健康でなかったに関わらず、大学を確か首席で卒業し、すぐに工場に入った。共感を覚えず興味を引かれざるを得ないことがあろうか。
 「読書新聞」で現代詩手帖特集版『シモ―ヌ・ヴェイユ―詩を持つこと』を紹介していたので興味を引かれ、取り寄せてもらった。
 意外な事実が明らかになった。
 シモ―ヌ・ぺトルマンの証言では「あの人は何よりもまず、詩人でありたいと望んでいたと思います。あの人は、自分の書いた数篇の詩のためなら、全作品を捨て去ることも惜しいとは思わなかっただろうと信じています」というのだ。
 この本を責任編集した今村純子氏は言う。
 シモ―ヌ・ヴェイユ(1909〜43)は、一女工として工場で働く『工場生活の経験』(1934〜35)に象徴される数々の社会的実践を経て、労働者に必要なものは、パンでもバターでもなく美であり、詩であると述べている。
 絶望であれば絶望というそのリアリティをじっと見つめ、そのリアリティに対して「イエス」といい得るならば、すなわち、同意しうるならば、私たちは、それぞれの現場に根ざしつつ、「わたし」において「わたし」を離れ、それゆえにこそ「わたし」でありうる。このとき、もっとも自由で最も生き生きとした感情である「美の感情」がわたしたちのうちから溢れ出ている。このことを指してヴェイユは「詩を持つ」と述べるのであった。
 不幸の真っただ中で絶望する、そのことに対して「イエス」という。私たち自身の自性(じしょう)にかえるそのとき、絶望というリアリティに対して肯定したとき、詩が溢れる。

 生涯にヴェイユは9編の詩を書いた。哲学的断章のアンソロジーである『重力と恩寵』は詩的感性に満ちあふれていた。
 河津聖恵氏は「何よりもまず、詩人でありたい」という論考で、シモ―ヌ・ヴェイユが詩人であることについて次のように語る。
 詩とは、ヴェイユにとって、(いやだれしもにとって)世界から見捨てられ声を上げられない、傷ついた他者のために書かれるものである。本物の詩のことばは、祈るように他者の方へと注意をこらし、思考し尽くした果てにつかみ得る純白の高さから、降るように書かれるものだろう。
 (この考察の中で)、もっとも印象的なのは、「死者の山が築かれいるこの時代に、何かをつくりだすということ(あるいは、そのための準備をするということ)は、何というつぐないのわざになることでしょう。」という部分だろう。詩人が今このときに書く詩が、今このときに死にゆく人々の死をつぐない、あがなうという逆転の発想。それは、ひどく感動的ではないか。
 詩は、今死にゆく子どものために何も出来ないのではない。そうではなく、現実には何も出来ない詩は、誠実な非行為であれば、日々の無数の死者の死を「つぐない」「あがなう」ものでありうるのだ。
 それでは彼女の実際の詩はどうか。ヴァレリーに賞賛されたという「プロメテ」という大作を除き、比較的わかりやすく、主張通り苦しみと絶望にしいたげられた人々の「あがない」と「つぐない」を見事に表しているものになっている。少々長くなるが、「扉」という詩を引いて稿を終わりたい。
 さあ扉よ、開いてください、そうすれば私たちは果樹園を見るだろう
 月の傷が印された、凍える水を飲むだろう
 見知らぬものを憎しみ、燃え上がる長い道のり
 知らずにさまよい、どんな場所も見出せない

 花が見たい、渇きがのしかかる
 待ち望み、苦しみながら、わたしたちは扉の前にいる
 ならば一撃で、扉を壊しをもするものも
 押しても突いても、あまりにも壁は頑丈すぎる

 待ち焦がれ、虚しくじっと見つめなければならない
 これほど乞う視線にも、扉は閉じられたまま微動だにしない
 釘付けになり、苦しみの涙を流す
 じっと見つめ 時の重さに打ちのめされる

 扉は目の前にある。だがそれが何の役に立とう
 希望を捨て、立ち去るほうがましだ
 決して中に入れないだろう、扉を見ることに疲れてしまった
 と、そのとき扉が開き、多くの沈黙を招き入れた

 何ということ、果樹園も花もどこにもない
 光あふれる膨大な真空が
 突然あちこちにあらわれ、心を満たし
 盲(めし)いた目の塵を洗い流す
                                   (完)     


















































 





















 
   
 雨が激しく降っている。音を立てて降っている。せっかくの土曜日だと言うのに。もっとも私にはあまり関係ない雨だ。どうせ今日は一日家にいる予定だった。明日雨が降ると困る。図書館へ行けない。予約したCDが取りに行けない。バングルズのベスト、シックスティ’ズ・ベストもう一枚。
 平和だ。つくづく平和だ。神坂次郎の「今日われ生きてあり」の特攻隊員の現実が夢のようだ。250キロ爆弾を抱え、行きの燃料しか積まず、粗末な戦闘機で米国艦隊に体当たりしていった若者たち。
 でも彼らが身じかに思えるのはなぜだろう。肩を組んで軍歌を一緒に歌いたいと思わせるくらい、彼らが底抜けに純粋で明るく笑いかつ軍隊の青春を一途に謳歌してきたからだ。
 彼らがやったことは現実にこう
 デニス・ウォーナー(オーストラリアの新聞特派員)の記録
 <・・・そのパイロットは左舷すれすれに降下したあと、急上昇反転して二番煙突の真上を通り過ぎた。私は彼がこのとき体当たりしようとしているのだと考えたが、彼は体当たりしなかった。彼はわが艦に体当たりするのをミスして海中に突入するように見受けられた。彼の飛行機は機体から煙を出していたが、彼は間もなく海中に突入しそうな姿勢を立てなおした。わが艦右翼の20ミリ機銃がこの特攻機に対して再び射撃を開始した。(中略)その特攻機は一まわりすると、本艦の真正面から突進してきた。彼は再び艦橋に体当たりしているように見受けられた。この特攻機は旗信号の揚旗線を引きちぎり、マストをこすり、二番煙突の付け根の上部構造物甲板、むしろ艦の中央通路と言った方がわかりやすい場所にまともに激突した。
 駆逐艦「ドレックスラ―」の大半の乗組員は、爆発の衝撃で甲板に叩きつけられた。爆発により破壊された船体の破片があらゆる方向に向かって何百メートルも飛び散り、油による大火災が発生した。「ドレックスラ―」に体当たりした特攻機は、時代遅れの旧式機であったにせよ、あるいはそうでなかったにせよ、肝をつぶすような損害を与えた。特攻機が命中して50秒足らずで「ドレックスラ―」は転覆して甘美から沈んでいった>
 私自身彼らのしてやったことを肝をつぶすような気持ちでこのくだりを読んだ。どこにもおもちゃ話やごまかしや大言壮語や冗談はなかった。いつも明るく、時に従容、時にはしゃぐ彼ら若者が目指していたものは、嘘偽りもなくこのような戦闘であった。
 たまたま横の頁にあった千田孝正の遺書ー
  <孝正、明日愈々出陣。7時半空母突入の予定であります。莞爾として出撃いたします。もう23時。明日は0時起き出かければならぬ。月の明かりで書く、字がはっきりと読めないためこんなになりました。
 ご両親、皆様の健闘を。
 孝正は此歳(このとし)20年、じつに幸福すぎるほど幸福に育ちました。神機到来、必沈を期す。明日の出撃のため今晩は早く失礼いたします。兄上たちによろしく。見よ孝正の腕を。
 わが法名には「純」を忘れないように願う。「ああ悲しいかな」は必要なし。何も僕は哀しいわけはひとつもない。唯、よろこびで一杯なり。それから俺には遺骨なんぞない。大体、おれには墓地なんぞもったいない。おれはむしろ墓地より拍手の方が好きだ。
 福山さんのところへ行ってください。遺書も置いてありますから。
 飛龍送の麗子さんに写真送ってやってください>
 読みとおしてきた限りではこのように、若者たちは毅然として、むしろ喜びを持って戦闘に向かう心境をつづっている。どの遺書も手紙も昂然と死に向かう決意を示して例外はない。
 
 一昨日、夕方、激しい絶望感に襲われリスパドールを飲んだ。そのとき辛くて辛くてたまらずふとこの本を想い出し、彼らと何と違うんだろう、この違いはなんだろう? と疑問がふっとよぎった。
 彼らにも絶望が襲わなかったわけはない。しかしこの本には微塵もそんなことは書いていない。ではこの本がでたらめかと言うとそうではない。
 次のようなシーンも出てくる。
 松本ヒミ子(女子青年団員)の語る― 
 <中略>38年経った今も、そのときの土ほこりのように心の裡(なか)にこびりついているのは、朗らかで歌の上手な19歳の少年航空兵出の人が、出撃の前の日の夕方「お母さん、お母さん」と薄暗い竹林のなかで、日本刀を振りまわしていた姿です。<以下略>
 こらえきれないものがあったのだろう。
 ただ次のような事情があったからこそ、彼らは内にこもることもなく、絶望にやすやすと身をゆだねたりはしなかったのだろう。
 特別攻撃体と言うのは、一般の軍隊組織の様に隊名や隊長が定められてはいるものの、厳密に言えばそれは先導者(リーダー)を持つ殉国の同志の集団といったほどの意味でしかない。隊長であっても人事や賞罰などの統率権はなかった。それゆえに<特別>・…なのである。階級の上下はあっても、すべてが同志なのだ。その同志愛がなければ、連帯感の昇華がなければ、特攻(死)の決意など、長く持ち続けていけようはずがなかった。 
 一般の人以外の学徒兵はひたすらに日誌をつづった。その格調の高さは福島泰樹に次のように言わせているほどのものである。
 ゲーテ「フアウスト」を引き彼は言う。
 戦争とは「肉体を無料で提供する」ばかりでなく、「人間そのものをもぎ取らしてやる」ことである。
この世で思想上最も下劣な敵は軍部である、と言い放ち、さらに21世紀を見透かすように「いつの日にかは、漢民族の復讐にわれわれの子孫は泣くようなことになるであろう」と予言している。(売国奴的な官僚や政治家が跋扈(ばっこ)し、戦後という長大な時代を目先の利益しか考えないで歩んできた日本人たち。ましてや本さえも読まなくなくなってしまった今の若者(学生)の現状を考えるなら、アジアにおける日本の立場は、遅かれ逆転するであろう。改めて彼ら戦前の学生のレベルの高さを思う)。
 上原良司、大正11年、長野に生まれ、慶応義塾大学にまなび、昭和20年5月、特攻隊員として米機動部隊に突入。22歳。
 時代を見透かしつつも従容として彼は任務に就いた。時世の歌は以下のとおりである。
  人の世は別れるものと知りながら別れはなどてかくも悲しき
 愛する日本を偉大ならしめられんことを国民の方々にお願いするのみです。こう遺書にはあった。
 フランクフルトの『夜と霧』にあるように「もっとも良きものは帰ってこなかった」。日本はそれが大規模過ぎる。
 特攻は戦術ではない。指揮官の無能、堕落を示す“統率の下道“である。と神坂次郎氏も言っている。
 指揮官は早々と見切りをつけ逃げ、いまも老醜を晒している。
 特攻で散った若者たちよ。この戦争で命を落とした私たち団塊の世代の親父たちの若い頃の青年たちよ。
 日本はいま未曽有の危機に陥っています。しかし心ある人、つまりあなた方を支え続けた周りの村民、有志、庶民の人たちは一貫してその頃から変わらずに、暖かい心の輪をつなぎ、なんとかせねばと頑張っております。
 あるいは第2次大戦以来の国難とでも言うべきこの時期に、私たちにご加護をいのりつ、あなたたち特攻隊員の純粋な若者に鎮魂の意を表し、この稿を終わります。
                                    激しき雨中記す












 















 
 柳美里さんは2008年10月、2010年4月、2010年8月子供を今回は連れて北朝鮮に出かけている。其れをまとめたのが「私が見た『北朝鮮』」という副題を持つ今回の紀行文である。
 私がこの本を読んで受け取った印象は次のようなことに尽きる。
 人間はみな同じなのだ。体制が違うとも、その体制が最悪のものであるにせよ、人間はこの際庶民と言う言葉を使いたいが一介の庶民として生きている。日本と敵対する北朝鮮にも無数の庶民がいるのだ。このとき私は庶民と言う言葉に生きる古き佳き響きを含ませている。
 みんなおんなじなんだよ。過酷な歴史を持つ北朝鮮でさえ、庶民は今も笑い、語り合っている。
 著者自身に語らせよう。
 チョンサラム(朝鮮人)も、イルボンサラム(日本人)と同じように、ひとりひとり顔を持っていて、体温を持っていて、親からさずけられた名前を持っていて、家族を持っていて、恋人や友人を持っていて、  たった一人の母親が産み落とした一つの命を持っていて、二つの足で歩み、二つの腕で抱きしめ、ひとつの唇で愛や夢を語り、笑い、泣き、食べ、飲み、咳をし、欠伸をする―――
 イルボンサラム(日本人)の多くは「北朝鮮」と言う敵意で固められた一つの大きな集合体だと思っている。
 私はこの感想に同調する。
 基本的に私は日本が北朝鮮と韓国にひどいことをしたと思っている。無数のそういった文献を見聞きしてきたからだ。基本的インフラを整えてやったといった妄言は事実であるにせよ、日本は他国を侵略し、支配し、圧制をふるったのだ。特に創氏改名は祖国を持つ国民の一人一人のアイデンティティを根こそぎもぎ取る許しがたい、肉体的処罰よりひどい悪政である。今読んでいる柳美里氏の『夏の果て』にも同じような感想を持つ朝鮮の主人公が出てくる。確かに拉致問題は追及するべきだが、戦争中日本が幾千、幾万と言う朝鮮人を強制的に日本に連行し、使役し、命まで奪った所行は忘れてはいけないと思っている。
北朝鮮は悲しい歴史を背負っている。『ピョンヤンの夏休み』にも出てくるが、朝鮮戦争で被った北朝鮮のアメリカによる蛮行は目を覆わんばかりである。
 話が逸れたかもしれない。
 朝鮮問題の私のスタンスを述べただけであるが、また本から引用しよう。
  夕暮れ時の大同江のほとりを歩くと、荷台に横座りした若い妻を乗せ、時折り後ろに語りかけながら自転車をこぐ若い男、右手にはピンクのアイスキャンデーの棒、左手には赤紫の躑躅の枝を大事そうに握りしめて歩く5,6歳の女の子、教科書を読みながら歩く学生たち、よちよち歩きの孫と手をつなぎ、孫が眼をとめるものの名前を優しいしゃがれ声で教える中折れ帽の老人―ー、ひとりひとりの姿が、小津安二郎の初期のサイレント映画のような美しさで胸に迫ってくる。
 この本で一番印象に残ったシーン、個所である。
 美しい光景である。
 マスコミで垂れ流される北朝鮮の国民は飢えている、一致団結して敵国に対する用意を日常的に行っているといった偏向したデマを一撃のもとに一掃する光景である。
 柳美里氏は役者であった。そのとき徹底的に演出家の東由多加に、街に出て人を視て人の生活、性格、背後関係を推察する訓練をさせられた。それは今でも続く重要な柳美里の習慣となった。
 人を見ることには自負を持っている。もしかしたら書くこと以上に―。
 昨年8月末、新潮ドキュメント賞でともに選考委員を務める関係で毎年必ず一度お会いする櫻井よし子さんに「柳さん、その国の人が幸せか不幸せかっていうのは、大体街を歩けばわかるでしょう? いかがでしたか?」と訊ねられた。
 私は「朝鮮全土を歩いて隅々見たわけではないけれど、行った場所に限って言えば、驚くほどみんな明るくて、ゆったりとしていました。笑顔の人が多かったです」と答えた。
 この本は政治的ドキュメントを試みた本ではない。だから柳氏も政治のことを声高に主張していない。紀行文である。そしてその国の人を見てきた体験を淡々とつづった本である。
 タイトルには予想外の国、と書いたが、私はむしろ自分の予想を上回ることはなかった、予想外ではなかった。
 だってどんな体制のもとでも人間に変わりはしないし、そうである以上人間は庶民として日々を楽しんでいるのはどんな国でも変わりはないという確信があるからだ。
 かっての戦時下にさえ、日本には古き佳き庶民生活があったくらいだ。
 楽しく読めた。
 一読をお勧めする。


























 


    

読書近況

イメージ 1
 柳美里の『ピョンヤンの夏休み』―私が見た北朝鮮、は読了しました。いずれ感想を書きたいと思います。同じ柳の『夏の果て』830ページ以上ある大冊の小説を450ページくらいまで読み切ったところです。これは柳美里の代表作であることは間違いありません。日本統治下の朝鮮を舞台にした本格的な、恋あり政治あり愛憎ありの大河小説です。問題の多い作品ですがリーダりビティは中に頻出する韓国語に関わらず比較的問題はなく、ぐいぐいと読者を引っ張っていきます。朝日新聞に連載されていた小説で朝鮮人慰安婦を取り上げたことによって右翼に朝日新聞社に爆弾予告が届いたりして騒がせ、途中降板しその後「新潮」紙上で完成させたものです。筆者の意気込みがひしひしと伝わってくる面白い(暗いですがこれは一番の感想でしょう)小説です。これも読後感想を書きます。
 並行して読んでいるのが『今野雄二音楽評論集・無限の歓喜』です。今野雄二は私の年頃の世代ではおなじみの(とくに11PMというお色気深夜マンモス番組のゲストして)映画評論、音楽評論家で、ベストドレッサー賞を取ったこともあるダンディーで、2010年に遺書もなく独身のまま縊死してしまいました。渋澤龍彦を好きそうなマニエリズム趣味の人で、とにかく有名なロック・スターたちと幅広い交友関係を持っているだけに、アルバム紹介は詳細で華麗で、マニアックと言っていいかもしれません。オルタナティブには全く縁がないので、延々とオルタナティブ音楽を論じた文章で投げ出そうとしましたが、プリンス、デヴィッド・ボゥイが出て来たので息をつきました。取り上げているミュージシャンは、今のところ、ピンク・フロイド、レオン・ラッセル、サンタナ、ロキシー・ミュージック、ルー・リード、イーノ、トッド・ラングレン、ダイアー・ストレイツ、トーキング・へッズと知った名ばかりなのでたのしく読み進めています。
 これは三分の二くらいまで読み進めました。
 あと控えているのが、60年、70年を通過した者にとっては興味をそそられる樋口良澄『唐十郎論―逆襲することばと肉体』、シュルレアリスムに興味があるので『シュルレアリスムの25時』シリーズ『マクシム・アレクサンドル』、私の尊敬する福島泰樹の『悲しみのエナジー友よ、私が死んだからとて』夭逝した文学者、特攻隊手記を取り上げた本があります。
 最後の本に興味があるので今の本を読み上げたら早速かかろうと思います。
 
 本ってなんでしょうか? 読書って何でしょうか?
 自問する前に本は私の手元にありました。とにかく本好きの子で、学校の行き帰り本をひろげながら読みつつ歩くと言う少年でした。小学校の低学年でパール・バックの『大地』など大人の本を読み漁り、小学6年でカミユの『異邦人』を読んで何がしかの感想を抱いて父にあきれられたことがあります。
 ミステリ・SFには一貫してお世話になり頭を潰しました。いかんせん、時間がありません。血湧き、肉躍るスカダ―・シリーズやクールなリチャード・スタークなど読みたいとは思いますが、それほどの情熱ではありません。時間が惜しいのです。もう63です。上記のような本しか私の食指をそそりません。ミステリ・SF読むくらいならその手の映像を楽しみたいと望む口です。 
 本はそこにあるもの。そして取り上げて読むもの。
 これが自問の自明の回答です。
 これからも読み続けるでしょう。
 金のない私にとって、本は一番の時間つぶしであり、楽しみなのです。
 そうなのです。
 上記の本は『夏の果て』『ピョンヤンの夏休み』を除いてすべて図書館で借りて来たものなのです。
 読まない人をどうとも思いません。賞賛したいくらいです。本はそれほどありふれた趣味ですから。
 でも、私にとっては一番の趣味なのです。
 これからも読み続けるでしょう。眼がついてゆくまで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

全42ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
tairiku
tairiku
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • zoromoln
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事